王位継承権
「ここがリエン兄さんの部屋ですね」
「いや、宿泊部屋ってだけだから。実家はタプル村だからね」
布団を一つ持ってきて、床に敷いて椅子に座ってほっと一息。
「リエン兄さん。改めてご迷惑かけてしまい、本当にごめんなさい」
「本当に改まってだね。いや、もう終わった話だし重い話はやめにしよう」
「じゃあ少し明るい話題を」
お、何か面白い話があるのかな?
「王位継承権一位の座につきませんか?」
「激重すぎるよ!」
王族とか三大魔術師って冗談の規模が大きすぎてわからないんだよね。もう問答無用で返却返却ー。
「えー。姉上は弟の僕から見ても綺麗だよ? それに僕が義理の弟になったらできることは何でもするよ? 僕はリエン兄さんの右腕になるよ? リエン兄さんは僕が嫌い?」
「怖い怖い怖い! え、カッシュってそんな性格だったっけ!?」
すげー攻めてくるんだけど!
「やっぱりシャルロットさんなのかな? それともマオ様? いや、ミルダ様なのかな? リエン兄さんの周りは凄い方しかいないし、僕の力がどこまで及ぶか」
「『リエンチョップ』」
「あいた!」
とりあえず暴走しているカッシュを止める。
「あのねリエン兄さん。物理攻撃に自分の名前をいれるってなかなかの思考だと思うよ?」
「うるせー! さっきまで暴走してた人に言われたくないわ!」
そこは冷静に分析するなよ!
「村を出る前にピーター君と似た会話をしたことがあるけど、正直恋愛とかにはまだ興味が湧かないんだよね」
「嘘でしょ!? え、マオ様は置いといて、シャルロットさんは大陸中でも有名な美少女って言われてるよ!?」
「いや、確かに可愛いよ? 一緒に歩く時とか結構周囲の視線を気にするくらい綺麗だとは思う」
「だったら」
「両肩に精霊を乗っけて、膝にパムレを置かれたら、なんというか……うん、恋愛的な感情よりもその光景にほっこりして終わるんだよね」
「シャルロットさんはある意味一番最大の壁だと思ってましたが、あえて言わせてもらいましょう。『シャルロットさんの馬鹿―!』」
何でカッシュが机に顔をうずめて叫んでいるかわからないけど、まあ良いか。
「それに、ポーラは地位とか関係なく好きな相手を選びたいんでしょ? まだ時間はたっぷりあるしね」
「いやまあそうですけど……はあ、とりあえず今はリエン兄さんに何を言ってもダメな気がするよ」
ため息をつくカッシュ。うーん、何故だろう。
「そういうカッシュは将来どうするの? ポーラの相手はともかく他人事じゃなくね?」
と、俺にはまだ早い話題だが無理やり切り出してみた。王族の事情なんてよくわからないし、そういう意味も込めての質問。
「そっか。僕がリエン兄さんと結婚すれば」
「おいふざけんなよこれ以上俺の思う王族の考えを捻じ曲げんな!」
王族って美形揃いだけど、どこか残念だよね。
「あはは、さすがに冗談だよリエン兄さん。強いて言えば父上がリエン兄さんを養子に向えて、血の繋がりが無い状態でゲイルド魔術国家に入れば王位継承権第一位はリエン兄さんの物。僕はリエン兄さんの紙面上弟で、姉上は兄妹となる。つまりリエン兄さんの一番望む状態となるわけです」
「『リエンチョップ』」
「あいた! えっと、一応言うけど僕王子だよ?」
「うるせー! この部屋だけは俺が王だ!」
「うわ! 何それ!」
☆
翌日、朝食を食べ終えてゲイルド魔術国家の城へ向かう途中、せっかくだから町を見ることにした。
『カッシュ様じゃない?』
『え!? 本当だ、挨拶の日以外で来るなんて何かあるのかしら?』
『声をかけても良いのかしら?』
朝の商店街は軽く騒ぎになってしまった。
「え、カッシュってそんなに町に出ないの?」
「姉様は結構出るけど僕はそんなに出ないかな。王位継承権があると外に出るのも護衛が必要になるんです」
「え、じゃあ今この状態って」
「リエン兄さんがいるから大丈夫ですよね?」
えー。すげー圧なんだけど。
『カッシュ様が笑ったぞ』
『キャー! カッコ良い!』
『あんな表情をするのかー』
笑顔で住民が喜ぶってカッシュの人気って実はすごい?
「カッシュ様!? どうしてここに!?」
と、突然俺と同じくらいのこれまた格好良い青年が目の前に現れた。
「彼は学友のガイス。ゲイルド家とは親しい貴族だよ」
「そうなんだ」
「愚か者! 何気安く話しかけている! 見知らぬ平民が!」
おう。ちょっと傷ついたぞ。
「護衛もつけずに何をしているんですか! さあこちらに来てください。今すぐ私の家の兵を呼びますので」
「兵は必要ない。今必要なのは君の謝罪だ」
「何を?」
「『僕の』リエン兄さんを侮辱した罪は死罪より重い。君がそういう事を言う人間だとは思わなかったよ」
「死ざ……ちょっと待ってください。そいつは平民で」
周囲の様子を見る。
先ほどまでカッシュを見て喜んでいた女性は少し悲しい表情を浮かべていた。
カッシュは俺を見る。多分『母さん』について話して欲しいのだろうか。
確かに母さんは三大魔術師だし、貴族ではないがそれ以上の存在感はある。
でもそれで良いのかな?
ここは一つ賭けに出よう。
「確かに君の言う通り俺は一般人だ」
「リエン兄さん!?」
カッシュは予想していない答えに驚いたのだろう。
「そうだろう! だったら早く王子をこっちに」
「いや、俺は『寒がり店主の休憩所』の店主の子だ」
「何……あの大衆食堂の?」
「最近カッシュはこっそり町を見に遊びに来て、俺の家で飯を食べていくんだ。今まで布団の中にいたからこそ気になる外の世界。そして王子なら民が気になる……なんて毎日聞かされたものだな」
「カッシュ様、彼の言葉は本当ですか!?」
「え!? あ、うん」
ヤバイ。ちょっとカッシュが動揺してしまった。
と、そこへ正面から見覚えのある集団がやってきた。
「あらリエン。ちょうどよかった」
「見送りに来ましたわ」
「……ふぁー。ねむ」
良いタイミングでの登場。その集団に周囲は驚いていた。
『あ、ポーラ様? と、隣にいるのは三大魔術師の……』
『あの金髪の子は誰だ?』
『あの人も私達と同じ平民かしら?』
それを見たガイスがさらに叫んだ。
「ポーラ様まで!? それに貴女は……いくらマオ様が隣にいるからって護衛無しで『平民』と一緒に歩くなんて」
「は? 貴方何を……リエン?」
ポーラは周囲を見て、最後に俺を見た。
「今の発言は撤回しなさい!」
「なっ!」
強い口調でガイスに話しかけた。
「はあ、ワタシとしてはもう少し民からは気軽に話しかけて欲しいのだけど、まあこればかりはもう少し時間がかかりそうよね。ねえカッシュ」
「はい。姉上。それよりも少し小腹が空きました」
そのやり取りに商店街の店のうち一人の店員が声をかけた。
「で、でしたらこの店自慢の野菜の串焼きを食べてみませんか? 朝で売り切れるんですが、お口に合えば」
「あら! いただくわ。ねえカッシュ、二人で一緒に買いましょう!」
「はい!」
「お代は別に」
「いえ、払いますよ。あ、おつりはくださいな。魔術研究所でお手伝いしたときのお駄賃くらいしか自由に使えないので」
「は、はい!」
そのやり取りを見てポーラとカッシュの周りには人が集まってきた。
「美味しいわね!」
「はい!」
「でしたらウチの店も!」
「うちも!」
集まる人だかりにガイスは呆然と立っていた。
「馬鹿な。貴族としての尊厳が」
「貴族としての尊厳を守るなら、後で『平民』がいない場所でポーラに謝罪することをお勧めするよ」
強く俺をにらむガイス。
「平民風情が俺に指図か?」
「あー、まあ俺の事は別にそう思ってもらって良いけど……」
ポーラの隣に立つシャルロットを見る。
「さすがに他国の貴族が『他国の姫を平民扱い』するのは国際問題になるんじゃね? しかも自国の姫と王子がいる場でやらかしたならなおさらね」
「え……」




