間違った悪魔術
空腹の小悪魔自体は見慣れているが、なんとなく色が違っていた。
母さんの出す空腹の小悪魔は黒く、目は赤く光っている。
一方目の前の空腹の小悪魔は少し青く、そして目が白い。
「僕は先日の事件から学び、一番の問題である僕の魔力について考えました」
「カッシュの魔力?」
「はい。あの時パムレ様と全力で戦い、確かにシグレット先生を大怪我させたかもしれないという状況は今でも嫌な記憶として頭に残っています。同時に、あの時体の魔力を全て出し切ったことで少し身が軽くなったのです」
カッシュの魔力の回復量は尋常ではないらしい。実際治療してから先日までそれほど時間が経って無かったのに、すでに魔力は許容量を超えかけていた。
「そこで思ったのです。定期的に魔力を放出すれば問題ないかなと」
「それは……正解だと思うけど」
「ただ、それでは勿体ないじゃないですか。集まるお金をすぐに散財するようなものです。そこで考えたのが、魔力の貯蔵です」
「魔力の貯蔵?」
「はい。この『空腹の小悪魔』は魔力を吸い取る性質があります。よって僕の魔力を定期的に吸い取ってもらうのです」
カッシュは空腹の小悪魔を優しくなでた。心なしか少し喜んでいるようにも思えるが……。
「カッシュ、ちょっと良いかしら?」
「なんですか? シャルロットさん」
「ミルダ大陸は『悪魔召喚』を禁じているはず。貴方のやっていることは禁止行為だと思うわよ?」
「もちろんそれは考えました。王族が犯罪を犯したらいけません。なので、きちんと『脱法的』な召喚術を使っただけです」
そう言ってカッシュは鞄から一つの筆を出した。
先端が少し輝いており、とても古い筆。まさか?
「これは特別な魔力が込められた筆で、これを使って陣を描くのです。悪魔召喚は人の血を必要としますが、これは魔力。正式な悪魔召喚ではありません」
「屁理屈ね。血が魔力に変わっただけで、悪魔を召喚したことに違いは無いと思うけど?」
「もちろん他にも理由はありますよ? この子は悪魔ではありません。悪魔の魔力は持っていますが、同時に対となる聖の魔力を持っている。そして悪魔召喚に必要な契約を僕はしていません。ただ悪魔のような生き物に魔力を吸ってもらうだけです」
悪魔召喚には絶対に『悪魔召喚』が必要となる。
母さんが悪魔召喚をする際は前払いで血を代償に召喚をしている。
カッシュはそれをしないでやったということ?
「はあ、何を言っても言い返せる自信がありそうね。じゃあ質問を変えるわ」
「どうぞ?」
「どうして『空腹の小悪魔』の召喚方法を知っているの?」
その質問にカッシュは……普通に答えた。
「へ? そこにいるリエンさんに『心情読破』を使えばわかりますよ? 『魔術研究所の館長の息子』と聞いて、どんな顔か気になったので、何度か使っていたら知っちゃいました。本来の目的とは異なりましたが結果的に良かったと思ってます」
「なっ!」
迂闊だった。
どうして今まで気が付かなかったのかが不思議なくらいだ。
母さんの正体を知った以上、それは『頭の中に記憶されている』。だから不意に母さんの事を想像したり、空腹の小悪魔を召喚する光景を思い浮かべれば答えは出てくる!
「まさか『心情読破』で悪魔術を覚えるなんてね。そしてそれが悪魔術と知った上でその『蛍光の筆』で召喚したということね」
「さすがシャルロットさん。この筆について知っているんだ。これは僕の宝物で、夜に勉強する際は照明にもなるし文字も永遠と書ける道具なんです。まあ、最近はちょっと使ってなかったですが」
「じゃあ最後の質問。その空腹の小悪魔は安全なのかしら?」
「多分大丈夫です。最初は手のひらの大きさだったけど、今では頭一つ分。まあ、僕の魔力を吸い取るためだけの存在だから心配しないでください」
「いずれ大きくなってこの部屋に収まらなくなっても? 万が一暴走して城下町の人間を襲ったらどうするの? もし」
そこでカッシュはシャルロットに思いっきり叫んだ。
「じゃあどうすればいいのですか!?」
「っ!」
「僕の魔力については僕が一番知っている。定期的に魔力を放出すると住民から恐れられてしまう。何もしなければ魔力過多で僕が死ぬんだよ!」
「それは」
「今までは布団の中でしか生活できなかった。今ではこうして自由になれたと思ったら魔力の回復力が体の許容量を超えているなんて言われて、僕はどうすれば良い? 誰を信じればいい? 誰に相談すればいい? ねえ、教えてよ。『ガラン王国の姫シャルロット』!」
カッシュが初めてシャルロット……いや、『王子』としての立場で他国の姫のシャルロットに問いかけた。
カッシュを最初に助けた時は俺も嬉しく思った。一人の少年を助けたと思い、そして弟のような存在ができたと思った。
けど、実際はその後大きな問題を抱えることになり、相当悩んだだろう。
悩んだあげくの行動が悪魔召喚により魔力の吸収。そして禁止行為には触れない合法……いや、脱法と言える方法。
カッシュは誰も助けられない状況に一人で戦っていたんだ。
だからこそ。やばい。
この状況で何とかできるのはおそらく……パムレしかいない。
パムレに視線を送ると、ゆっくりと頷き、そして無意識に呼吸を合わせる。
「……リエン、頼んだ。アレはパムレが何とかする!」
「分かった! 『プル・グラビティ』!」
「ぐうあ!」
パムレの合図でカッシュを思いっきり引っ張った。同時に。
ばあああああああああああああん!
カッシュの後ろに浮かんでいた空腹の小悪魔はカッシュのいた場所に顔をつけている。もし引っ張っていなかったらカッシュは『食われていた』。
「なっ! そんな、あの悪魔は安全じゃ」
「あれは紛れもない『悪魔』だよ! 悪魔は臆病だけど賢い。悪魔は契約をすることで十分すぎる報酬を得られる変わりに、悪魔はその契約を遂行しないといけない。それら二つが無いこの無法地帯においてあの空腹の小悪魔は……何でもやり放題なんだよ!」
『ギャギャギャギャ! アトスコシデオナカイッパイダッタノニナー!』
不気味な声が鳴り響く。
『魔力ガ食べ放題。モシキガツカレタラ、ソノ人間ヲタベル。契約ガ無イ僕ハ悪魔デモ天使デモ無イ常識外ノ存在ダ!』
「『光球』!、駄目よ。つるっと弾かれる!」
「僕は何て生物を」
カッシュは俺の近くまで引っ張った。あとはパムレが何とかすると言っていた。一体何を。
「……フーリエに怒られちゃうかな。でも……まあ、後で謝ろう」
いつの間にかパムレは俺の腰からガラン王国の秘宝の短剣を取り出し、人差し指を短剣出でつついた。
そこから一滴の血が流れ始める。
「……リエンの記憶に悪魔召喚の方法があるとは『予想外』。でも今は手段を選んでられない。『空腹の小悪魔』には『空腹の小悪魔』。突貫術式だけどこれで『対』になる!」
パムレの足元からは赤い空腹の小悪魔が現れた。
『魔力お化けめ……一体どこまで無理を通すのじゃ』
「セシリー? というか、こんな近くに空腹の小悪魔が現れて、精霊達は大丈夫なの?」
『うむ……悔しいが、ここにいる空腹の小悪魔は悪魔ではあるが同時に光の魔力を宿しておる。調和されているからか、影響はない』
カッシュの空腹の小悪魔はわかるけど、パムレの空腹の小悪魔も?
「もしかして『二つ同時に魔術を使える』パムレちゃんは、それすらも?」
『うむ……そして今あのカッシュとやらの悪魔を倒せる唯一無二の存在をこの場で作りおった』
パムレの空腹の小悪魔がカッシュの空腹の小悪魔に突っ込む。先ほど光球を放っても何も反応が無かったのに、今度はかなり痛がっている。
『ギャアアアアアアア! 一体ナニヲシタ!』
「……悪魔の対処方法は対になる術式しか現状対応できない。『悪魔の魔力を持つ光の悪魔』の対になる存在の『光の魔力を持つ闇の悪魔』をぶつけただけ」
『ギャギャギャギャ! アト少シデ、オナカイッパイニナッタ……ノニ』
シュウっと音を立てて二つの空腹の小悪魔は消えていった。
「ああ、僕の生きる希望が……」
「諦めなさい。それとこれは没収よ」
「ああ」
シャルロットはカッシュから『蛍光の筆』を取り上げた。
「返してくださいガラン王国の姫。それが無いと僕は生きていけない!」
パチーン。
シャルロットはカッシュの頬を叩いた。
「ある人は言ったわ。『正しい使い方をすれば悪魔も無害』だと。貴方のやったことは間違った使い方よ」
「でも、これ以外に僕が生きる術は」
「あるわよ。というか、この方法を思いつかないなんて、皆私よりも魔術についてまだまだみたいね」
一体どうやって?
☆
リーンと鳴り響く教会。
カッシュは大広間の中心に立っており、その後ろで『静寂の鈴の巫女』のミルダ様が鈴を鳴らしていた。
「調子はどうですか?」
「かなり……いえ、完全に落ち着きました」
静寂の鈴。一説では魔力を音によって消し去る効果があったり、魔力を抑え込んだりする効果がある。
代償としてその鈴の音が鳴っている間は体内の時計が止まる。つまり寿命が延びてしまい、常にその音を聞いているミルダ様は半永久的な命を持っていると言われている。
『リエン様よ。ちょっと辛いぞ』
『多少の音は大丈夫だけどー、この音量は辛いー』
魔力の塊りである精霊達はこの音で存在が消えてしまうらしい。ちょっと離れておこうかな。
教会から出ると、目を真っ赤にしたポーラが外で立っていた。
「ポーラ?」
「リエン。その、また弟を助けていただきましたね」
「今回は俺は何もしていないよ。むしろ俺の記憶がカッシュにヒントを与えてしまった。申し訳ないと思っている」
「いえ。元々カッシュがリエンの心を見たのが原因。でも、凄く身勝手だとは思うけど弟も生きるために頑張っていたの。どうかそれはわかってくれないかしら?」
深々と頭を下げるポーラ。
実際カッシュは空腹の小悪魔を召喚できなければ今頃どうなっていたか分からない。そしてカッシュは『生きたい』と思い頑張っていた。それを否定することは相手に死ねと言っていることと同じだろう。
「俺は今回の件、カッシュを責めるつもりも無いし、怒らないよ」
「リエン……」
ポーラはほっとした表情で俺を見た。
「そうです。カッシュ様は『間違った悪魔術を知った』だけにすぎません。『母親』としてゲイルド魔術国家および関係者各位には『三大魔術師の魔術研究所の館長』として謝罪させていただきます」
教会から母さんが現れた。
「そしてリエン。ワタチの部屋に来てください。説教の時間です」
うん……そうかなーとは思っていた。




