ゲイルド魔術国家2回目9
「ああああああああああああああ! ゆるじでぐだざいりえええええん!」
「はいはい。許す。許すから」
今度は母さんが俺の膝の上で泣いているよ。
「そういう事でしたか。もう驚きましたよ。突然白目状態になりましたから」
「あはは。ミルダ様はどうして咄嗟の判断でここへ?」
「人間のフーリエさんの身に何かあったなら共同体であるこっちのフーリエさんを尋ねればわかるかなと思いました。あ、ちなみに教会の人達に無断で外出したので説教確定です。すみませんが一緒にごめんなさいしてくださる方はいますか?」
「「「……」」」
「血も涙も無いですね。自分を棚に上げるわけじゃありませんが、一応大陸の名前にもなったミルダのお願いなのですけど」
めっちゃ自分を棚に上げてきたよこの人!
「……いや、普通そうでしょ。理由が『リエンがフーリエに嫌いって言ったから倒れたフーリエを心配しにフーリエを見に行った』って意味が分からないでしょ」
こればっかりはパムレの言う通りである。
「友を心配して駆け寄ったのに、この後に訪れるのは説教ですか。ぐすん」
「でしたら私が行きましょうかミルダ様?」
シャルロットが突然手を挙げた。
「本当ですか? さすがシャルロットさんです」
「その代わり、一言だけ説教中に言わせてください。『まあ私は全然関係ないですけど』って」
「そうなんでしょうけど! その通りなんでしょうけど!」
うん。全体を通せば全く関係ないわけじゃないけど、今回ばかりはシャルロットは関係ないかもね。
「うぬ。じゃあ儂が行こう」
「フブキ?」
「本当ですか!?」
「じゃが儂もこう言うぞ。『あ、遅れましたが初めまして静寂の鈴の巫女殿』と」
「いや確かに初めましてなのでシャルロットさんよりも状況が悪化しますよ!」
まあ、しょうがないよね。ここは俺が行くしか。
「ぐすん、今回の事件は半分ほどワタチの所為でもありますので、一緒にあやまりますよ。『元後輩』の不始末は『元先輩』の責任ですからね」
「優しい先輩に恵まれてミルダは幸せ者です」
実際母さんが倒れてすぐに駆け付けてくれたんだから、よっぽど心配してくれたのかなーと思いつつ、せっかくミルダ様が来てくれたので軽く挨拶しておこう。
「遅れましたがミルダ様久しぶりです。あ、こっちの黒髪の女性はフブキと言って、護衛をしてくれています」
「改めてお初にお目にかかる。『元』影の者の頭首フブキじゃ」
「ああ、『イガグリさん』の地元の方でしたか。ミルダはミルダです」
ぎゅっと握手をする。
「え、儂の集落って一部しか知られていないのじゃが」
「それは光栄です。ミルダもその一部の中に入っているという事ですね」
すげー。なんか強者二人が言葉で戦っている感じ。若干フブキが負けてるけど。
「元ということは誰か雇い主が?」
「ええ、私です。『影の者』全員を私の配下となりましたが、まだ団体名も決めていないので、とりあえず仮名として『フブちゃん軍団』と呼んでます」
「待て雇い主。一回も呼ばれた覚えはないぞ!?」
「そうですか。ではミルダも親しみを込めて『フブちゃん』と呼びますね」
「静寂の鈴の巫女殿!? え、儂の想像する巫女はもっと常識人だと思っていたのじゃが」
そう言ってフブキは俺を見る。
「三大魔術師の中では一番常識人だよ?」
「「(……)ちょっと待って」」
母さんとパムレが俺のほっぺたをつねった。痛い。
よくよく考えたらここにまた三人揃っちゃったんだな。
リーンと心地よい音も聞こえ、無意識にその音のなる場所を見る。そこには小さな鈴があった。
「シャムロエさんから話は聞いています。これをお渡しすることはできませんが、ミルダと一緒という条件で来る日に出発する予定です」
「そうですか。その、ゲイルド魔術国家にもレイジがいたわけですし気を付けてください」
「はい。報告によると魔術研究所の守衛さんに変装していたそうですね」
ミルダ様がニコッと笑って母さんを見た。
「魔術研究所の館長たる人が敵の侵入を簡単に許してしまうとは。最近毎日『リエンは今日お皿洗いを手伝ってくれたのですよー』とか『リエンの料理に少し変化が出てきたのですが、子の成長は早いですねー』と毎日聞かされる身としてはもう少し本業に目を傾けていただければもっと安心できるのですが」
「ミルダ!? 唐突にワタチに矛先を向けないでください! というかそれは秘密だと言っていたのに!」
いや心配してくれてるのは嬉しいけど、実際事実を聞かされると照れると言うか、恥ずかしいな。
「秘宝関連の話を知っているという事は俺たちがここに来た理由もすでに?」
「はい。すでにフーリエさんから話は聞いていました。どこかで時間が取れたら会えるとは思っていましたし、ミルダの持つ情報網も使って『蛍光の筆』も探していました」
それはありがたい。
「とは言え、残念ですがミルダの力も及ばず。可能性が高い場所はいくつかありますが、確信は得られていません」
「それだけでもありがたいです。ちなみに場所は?」
聞くとミルダ様は鈴を握り始めた。
「マオさん、すみませんが『認識阻害』を」
「……ん」
どういうことだろう?
「ねえリエン。もしかして鈴の音が鳴っている時って魔術が使えないんじゃない?」
「そういうこと?」
「音の大きさにもよりますが、より確実なものにするためです。ちなみに猛吹雪の中ではミルダとマオさんは会話ができないのですよ?」
「……何度も聞きなおしたりしてたね。あ、『認識阻害』中はパムレは会話できないから、そこんとこよろしく」
一度に二つ異なる術を使えるパムレ。つまり一つは『認識阻害』で、もう一つは『心情読破』を使うのだろう。
「……(こくり)」
「ありがとうございます。さて、一番可能性の高い場所ですが、おそらくゲイルド魔術国家の城かと」
城に?
「ここ最近、ゲイルド魔術国家の城から微かですが変わった魔力を確認しました。まるで闇と光が混ざったような、『あってはならない魔力』です」
それって、以前聞いた『蛍光の筆』を使った悪魔召喚をした時に発生する魔力の事だろうか。
「今は小規模なので大丈夫ですけど、大事になれば過去に訪れたミルダ大陸最大の災厄と呼ばれたあの悲劇がまた訪れるかもしれません」
初めて聞く単語だけど、一体何の事だろうか。
「恐れ入りますが、ガラン王国にも伝わる『災厄』の事でしょうか? 大陸全土で魔獣が現れ、どこも混乱を招いたという」
「やはり王家の人間は知っていますか。リエンさんが知らないのは仕方ありません。これは『知らない方が幸せな事実』ですから」
知らない方が幸せ? どういうことだろう。
「ちょっと昔話をしましょう。これは誰にも言ってはいけませんよ?」
★
ミルダ歴が制定される前。
まだ国と言う概念が定まっていない時でした。
人々は平和に暮らし、それぞれの土地でそれぞれの幸せを過ごしていました。
そんなある日、一匹の魔獣が瀕死の状態で見つかりました。
危害を加えるわけもなく、周囲の住民はその魔獣を保護したそうです。
それから数日後、悲劇は起こりました。
魔獣は突然自我を失い、周囲の住人に襲い掛かりました。
住人はあらゆる手段を使いました。武器を使った攻撃、魔術を使った攻撃。そして周囲の精霊に協力を依頼し精霊術での攻撃。
それが……後に『ミルダ大陸の大災厄』と呼ばれる最初の一歩でした。
それらの攻撃は全て吸収され、魔獣の体内には人間の魔力や精霊の魔力が混ざり合い、そして人間の魔力を駆使して人間を魔獣にする術まで使ってきました。
やがて、魔獣と魔獣になった人間は一つの集団となり、ミルダ大陸の人類を滅ぼそうとしたのです。
対策を練るためにそれぞれの分野に特化した人物を集めました。
一人は体術に関して優れた『ガラン』という男。一人は様々な人材とのつながりを持つ『ミッド』という男。そして魔術に関して特化した女性『ゲイルド』。
彼らは代々親から名を受け継ぎ、その能力を高めていたおかげか、魔獣に対抗できる可能性を持っていました。
そして、後に『初代三大魔術師』と呼ばれる三名が登場し、災厄は消え去りました。
高い能力を持つ三名はそれぞれ国を作り、そして『最初の三大魔術師』は代表としてミルダだけが介入できる形を作り、全ての責任や功績をミルダが行ったということにして、幕を閉じました。
★
「なんというか、凄いお話ね。ミルダ歴ができる前って相当前よね」
「千年以上前ですね。落ち着いた後にこの大陸を『ミルダ大陸』という名前にして、ミルダ歴が制定されました」
ミルダ大陸の大災厄。どうしてそんなすさまじい歴史が一部の人間しか知らないのだろう。
「ちょっと気になったんだけど、『初代三大魔術師』ってことは、今とは違うんですか?」
「はい。と言っても一人しか変わっていません。一人はミルダ、二人目はフーリエさん。そして三人目は『カンパネ』様です。今はトスカさんが新たに作った『三大魔術師』が有名になりましたが、名前や由来は過去の『初代三大魔術師』から取ったものですね」
!?
「神々が住む世界から降臨し、そして手を貸してくださった。いえ、手を貸さないといけないほどこの世界は大変なくらい危機的状況になったのです」
あの夢に時々出てくるカンパネが?
「これらの話はどの書物にも無いミルダやフーリエさんしか知らない『御伽噺』です。ですが、これを知ると悪い人は一つの可能性に気が付いてしまうのです」
「可能性?」
「魔獣が精霊術や『神術』を使うことができるという可能性です」
確かにそうだけど……。それを実行するにはそれこそ命を賭ける必要が出てくるんじゃ。
「なるほどのう。力を得るための可能性の一つか。そしてこの話を知った上で『お手軽に原初の魔力とやらを扱える道具』も駆使した場合どうなるのかのう」
「やはり賢い方は気が付きますね」
「まあ、儂は刀に自信がある故、そんな遠回りはしないがな」
「ふふ。そうしていただけると助かります。あ、マオさんそろそろ良いですよ」
「……(こくり)」
そう言って認識阻害の術式を解いた。
「ミルダ歴の前の話を聞けたり、私のご先祖様のお話だったりで全然理解が追い付かないけれど、とにかくその秘宝でおかしな使い方をされたら大変なことが起こるというのは分かったわ」
すげー。全く理解していないのに、簡潔にまとめた内容ががっつりと当たってるよ。
「え、ええ。とにかく『聖術が使える悪魔』や『凍る炎』など、ありえない現象がこの大陸では禁忌とされています。『蛍光の筆』で悪魔が召喚されてしまったら、世界の魔力の調和が乱れるので、是非探していただければと」
と、ミルダ様が話し終えた瞬間外から少し騒がしい声が聞こえた。
「そろそろ迎えが来たみたいです。あ、一緒にごめんなさいをしてくれる方募集しますよ?」
「「「「「……」」」」」
誰も目を合わせない。あ、ミルダ様がだんだん涙目になってきた。
仕方がない。ここは俺が。
「リエンにシャルロットー。いるかしら? って、ミルダ様!? 外に教会の兵達がいたから何事とは思いましたが、ここにいらっしゃったのですね」
「さすがポーラね。これからミルダ様が大事な打合せを行うらしく、護衛が必要らしいわ。私達が行こうと思ったのだけど、ちょっと手が離せなくて。優秀なポーラなら私達も安心してミルダ様を送り出せるんだけど、どうかしら?」
「へ!? あ、わ、ワタシでいいのでしたら」
そう言ってミルダ様はポーラを連れて教会へ行きました。
シャルロット……母さん以上に悪魔だね。




