ゲイルド魔術国家2回目8
終わった。
せめて音の魔力を持つシャルロットに全てを託すためにも、シャルロットの前に一歩出て、目を閉じた。
「諦めるのは早いぞ馬鹿者」
目を閉じても分かる。禍々しい魔力が徐々に薄れていく気がする。
目を開けると、レイジの表情は青ざめていた。
「おかしいですね……どうやって入ったのですか?」
「考えがちと足りぬ。儂は元々いたぞ?」
「っぐ! ワタクシから離れなさい!」
「おっと、その本は危ういと見た。ちょっともらうぞ」
目にも止まらぬ速さで『カタナ』を扱い、レイジの右腕が切断される。
「ふ……フブキ!」
「言うたはずじゃ。おまけで守るとな」
「小癪……『空腹の小悪魔』!」
レイジの周囲に『空腹の小悪魔』が三体召喚される……が、同時に消滅した。
「馬鹿な! 術式は間違っていない!」
「じゃから考えが足りぬ。出た瞬間切っただけじゃ」
え、フブキ強すぎない? あのレイジが手も足も出ていないよ?
「ぼさっとするでないぞリエン殿。手伝え」
「言われなくても『光球』!」
放った光球はレイジに飛んでいく。
「そんな単調な聖術なんて避けますよ!」
瞬時に避け、光球はフブキに飛んでいく。
「ならこれじゃな。ほれ」
その光球をフブキは『カタナ』で弾き飛ばした。
そして。
ぎゃああああああああああああああああああ!
耳障りな悲鳴が耳に入る。
「が……ぐ……まだです。まだワタクシはこの世界に」
ばああああああああああああああん!
そんな轟音が鉄の扉から鳴り響き、扉は吹っ飛んだ。
「絶対に許しませんレイジ。リエンやシャルロット様を狙うなんて、絶対に許しません!『冥界の巨神』!」
突如地面に巨大な扉が生成された。そしてそこから禍々しい人型の何かが出てきた。
「あっはっは! プルートですか!? 素晴らしいです。やはり貴女はすべてを知っている。貴女こそこの世界の神にふさわしい!」
「ワタチはただの店主でありリエンの母です。貴方の野望には一切賛同しないですよ」
母さんの召喚した悪魔……なのかな? は、レイジを一瞬で掴み、そして強く握り閉め始めた。
「ふふふ、ネクロノミコンはしばし預けましょう。ですがまだワタクシは存在します。いつでも首を差し出せるように準備をお願いしますね」
「消えてください!」
シュウ……。
そんな音を立ててレイジは消滅した。
「はあ、はあ、リエン、大丈夫ですか?」
母さんが走ってこっちに向って……来る途中で転んだ。
「母さん!?」
駆け寄ろうとした瞬間、何かに引っ張られた。
『待ってくれリエン様。これ以上は我達が消える。それくらい悪魔の魔力を宿している』
『川が……見えるよ……』
見る限りではすさまじい悪魔術。というか、まだ大きな人型の何かがいるんだけど。
『契約者フーリエよ』
しゃべった!?
『我を呼び出したからにはそれなりの代償を支払うのだろうな?』
母さんに近づいていく人型の何か。その姿はとても禍々しい。
「ねえリエン、今の言葉変じゃない?」
「え、何が?」
「店主殿って悪魔術を使う前に代償を支払うのよね? 大量の血とか魔力とか」
「そう……そうだ。え、今あいつって」
代償の交渉をした?
つまり、これから何かを支払わないといけないということ!?
「ワタチとしたことが、後払い召喚をしてしまいました。ガフッ」
口から血を出す母さん。よく見たら外には『深海の怪物』がいるし、相当無理をしてこじ開けたに違いない。
「ここでは無いどこかハザマの空間『冥界』ですか。ワタチがそこへ行くのが代償でどうでしょうか」
『良かろう。来るが良い』
「そんな、母さん!」
「大丈夫です。あっちの世界で『寒がり店主の休憩所』を作るだけです」
「でも」
「じゃあ行きますよ」
そう言って母さんは。
この世界では無い、別の世界とやらに。
行ってしまった。
☆
「よーしよしよし、怖かったですかリエンー」
「恐れ入りますがあれは店主殿が悪い」
「……フーリエ、悪魔」
「ちょ、パムレ様。いくら個室とはいえ名前は呼ばないでください」
あー、すげー恥ずかしー。
今俺は母さんの膝に顔をうずめてめっちゃ泣いてます。はい。
「こうなるなら先に言ってくだされば良かったのに」
「それを言ったら駄目なのです。代償をワタチ一体だけで済ませるように、さっさと『冥界』の扉に入って契約を成立させないと、あの悪魔がどんな条件を追加してくるかわかりませんから」
完全に母さんの手のひらの上で踊らされたよ。
「ちなみに店主殿、その『冥界』って言うのは?」
「正直わからないことだらけですね。死者の魂が眠る場所ーなんて教えられましたが、その魂とやらはぼんやりと光る球にしか見えませんし、正直赤字続きでしょうね」
よくわからない世界でも宿屋経営を考えるって、どんな頭をしているんだか。
「そういうわけですから、ワタチが沢山いることはリエンが一番知っているでしょう。だから安心して」
「五月蠅い母さんの馬鹿! 母さんなんて嫌いだ!!!!」
もうどれだけ怖かったか。
確かにあれは最善の手かもしれないけど、それでも俺にとってはどんな魔術よりもつらい場面を見せられたことに変わりはない。
確かに俺は親離れがまだできていないかもしれないけど、仮に親離れができていても親が危険な目に合うのは嫌だよ。
シャンシャンシャン。
ん?
色々と頭がゴチャゴチャしているなか、遠くから鈴のような音がこっちに近づいてきている?
シャンシャンシャンシャン。バン!
扉が強く開いた。そこには大きな杖を持った少女……静寂の鈴の巫女ミルダ様が息を切らして立っていた。
「ちょうどよかったです。緊急事態です! フーリエさんが突然白目になって気を失ったみたいなんですが、心当たりはありませんか!? そちらのフーリエさんも白目状態なのですが」
え?
「……いや、うん。多分大丈夫。リエンの『口撃』で気絶しただけ」
「正直これは店主殿が悪いって言っても過言じゃないわね。うん」
「え? え?」




