リエンとガラン王国間の約束
目を覚ましたら、立派な天井が見えた。
ふわふわなベッドに俺は寝ていたらしい。
「あ、起きたわね」
「しゃるろっほ?」
まだ舌がピリピリと痛むせいで、うまく話せない。どうやら俺は激辛パムレットを食べて気を失っていたみたいだ。
……なんか変な夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
「ここは?」
「私の父上の部屋だった場所よ」
「だった?」
「去年、祖母が亡くなったんだけど、実は事故なの。馬車が魔獣に襲われたんだけど、同じ馬車に父も乗っていたのよ」
そういえば『シャーリー女王』という人はいたけど、男の王様という存在は見かけなかった。
もしかして今事実上ガラン王国の代表はシャーリー女王なのかな。だとすればあの謁見の間で姫と女王と前女王の三人が一つの場所に揃ったということは、結構凄い事なんじゃないかな。
「はい水。それとリエンが目を覚ましたら呼んでと言われていたから、一度部屋を出るわね」
「わかった」
そう言ってシャルロットは部屋を出た。それにしても立派なベッドにきめ細かい装飾が施された部屋だ。こういうところに住むのをあこがれる人もいるんじゃないかな。
周りを見渡していたらドアから『コンコン』と鳴り響いた。
「どうぞ?」
『俺っす』
その声は……若い兵士さん?
ガチャと扉が開き、若い兵士が入ってくる。兜のせいで表情しかわからないけど、目や口だけで『若い』と思わせるのは凄いよね。俺も将来こうなりたいものだ。
「調子はいかがっすか?」
「心配してくれてありがとう……えっと」
……あれ、この人の名前……そういえば聞いてなかった。
「おっと、その目は『この人の名前知らない』って感じの目っすね」
「ん、『心情読破』を使った?」
「いえいえ、俺には魔術の類の才能はありませんよ。ただ、相手のちょっとした行動や動きに敏感なだけっす」
なんか怪しい。一体何者?
「俺は『イガグリ』っす。実はこう見えてガラン王国軍の副長補佐をしているっす」
「え、実はすごい人だった?」
人は見かけによらずとは言うが、この若い兵士がそれほど強いようには見えなかった。
「それにしても、まさかリエン殿が激辛パムレットを食べるとは思わなかったっす」
「何故それを?」
「本当はリエン殿の皿に激辛パムレットが置かれてたっすが、こっそりすり替えたっす」
どういう……ことだ?
つまり、この男はシャルロットに激辛パムレットを?
「あ、勘違いしないで欲しいっす。俺はシャル様に魔術を勉強してほしい側っす」
「シャルロットに?」
「そうっす。リエン殿があのまま甘いパムレットを食べきれば一件落着。シャル様は別に出された菓子を全て食べろとは言われていないから、そのまま残せば良し。そういう作戦っす」
「結果、俺は余計なことをしたんだね」
「それが……」
ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「めっちゃ好評だったっす。何なら多分おまけが付いてくるっすよ」
ま、まあ、結果が良ければそれで良いか。
ん? おまけ?
再度『コンコン』とドアが鳴った。
「入るわよ。って、イガグリ補佐?」
「大切なお客様が暇を持て余さないようお話をしてたっす」
「そう。ありがとう。もう下がってて良いわよ」
そう言って後ろに下がっていった。
代わりにシャルロットとシャムロエ様と……シャーリー女王が俺の前に現れた。
待って、目の前にガラン王国の重要人物の三名揃っちゃったよ!
「リエン」
「は、はい!」
シャムロエ様が話しかけてきた。
「シャルロットの魔術の勉強は私が許可するわ。これは約束だからね」
まあ、激辛パムレット食べたしね。
「それと、魔術を貴方だけから学ぶのも心苦しいから、『ゲイルド魔術国家』の魔術研究所で短期間学ぶよう申請するわ」
ゲイルド魔術国家の魔術研究所と言ったら、このミルダ大陸一の魔術に関する知恵が集っている場所だ。
ガラン王国の上層部ともなると他国に向けてのそういう申請も可能なんだなーと今更ながら凄さを思い知らされた気分だ。
「ただし、そこへ行くには危険も伴う。そこでリエンには護衛をお願いしたいのよ」
「俺に? でも、俺はそれほど強くは」
「一目見ればわかります。『一目見ればわかります』」
何で今二回言った!? 傷つくよ!
「そこで、数日間ガラン王国の兵士に稽古をつけてもらいます」
「けい……こ?」
「そう。その『ガラン王国の秘宝である短剣』を持つにふさわしくなるためにも、付け焼刃でも少しは強くなってもらうわ」
え、今何て?
「シャルロット、貴女の希望では今すぐ魔術について勉強したいだろうけど、少しだけ待ってくれるかしら?」
「一つ確認をしても」
「何かしら?」
そう言うと、シャルロットは一歩下がって頭を下げた。
「その、私が魔術について勉強することについてお許しくださるという認識でよろしいのでしょうか?」
その質問にシャーリー女王が答えた。
「それについては期限付きですが、許します」
「母上!?」
「一国の姫が国を離れるのはそれなりに危険を伴います。期間については後程話します」
「あ、ありがとうございます!」
よほどうれしかったのか、シャルロットは目に涙を浮かべていた。
とはいえ、やはり一国の王女と姫。それなりに大変なんだなー。
……どんなことを考えているのかなー。
「これから私はその手続きをします。シャムロエ様、恐れ入りますがリエン殿への説明をお願いします(あのシャルロットが初めてわがままを言ってお願いしたから、これだけは絶対にかなえてあげないと絶対にひどい母親として一生恨まれるわ。そもそも剣や花だけをずっと教えていたけど、文句ひとつ言わないあの子が初めて何かに興味を持って、真剣に向き合うなんて……もしこれが数年先だったら貿易や国事でできなかっただろうけど、今だったらまだ間に合うわ。でも絶対表には出さないわ。私はいつも冷静で……ん? 何でリエン殿は私をジッと見ているのかしら?)」
ニコッと笑う俺。
額に汗を流して、耳を赤くするシャーリー女王。
「こ、こほん。では、私はこれで」
「ええ」
パタリと扉が閉じる。
うん、俺はきっとそのうちご飯に毒とか盛られるんじゃないかな!
この国の重要な情報『シャーリー女王は実は娘想い』という事実を知ってしまった第一人者なんじゃないかな!
「さて、リエン」
「はい!」
「悪いんだけど、リエンには毎日城に通ってもらい、ガラン王国軍の戦闘訓練に混ざってもらうわ」
「通う……でも、毎日は難しいかと」
タプル村からここまで結構な距離がある。それに、馬を持っていない俺は歩くだけでも数日。絶対に無理である。
「それは安心して。ガラン王国の城下町の宿屋に連絡したわ」
「え! でも俺、お金は」
「特別にガラン王国が支払うわ。もちろん朝と夜のご飯もある宿よ」
「それは」
これには驚いた。
田舎育ちの人間にここまでするとは思わなかった。それも城下町の宿って、どれくらいの規模かわからないけど、国が手配したということは良い宿だろう。ちょっと楽しみだ。
「あ、ありがとうございます!」
「代わりにお願いがあるわ」
そう言いだしたのはシャルロットだった。
「例の『お楽しみ料理制度』について、力を貸してほしいの」
「定食の?」
「そう。リエンは訓練に参加。そして宿を国から手配してもらう代償として、私に魔術。そして料理について……その……」
大体理解した。
兵たちが『国が亡ぶ』なんて言っていたから、シャルロットも自分の料理スキルがどれくらいか知っているのだろう。
と言うか、自分の料理スキルを知っててあんな事を言ったの?
「わかった。むしろ宿も手配してくれて、断る理由が無いよ」
「ふふ、交渉成立ね」
そう言ってシャムロエ様は俺に地図を渡した。
「ここに泊まる宿があるわ」
「えっと、予約者の名前とかは?」
俺はこう見えて宿屋兼食堂の店主の息子だ。違う宿でも泊まるときの最低限の情報のやり取りは一緒だろう。
「あー、多分行けばわかるわ」
え、どういうこと?
俺の顔がもうその宿に知られているの?
☆
城を出てシャルロットと一緒に渡された地図の場所へ歩いていた。
シャルロットは金髪を帽子で隠し、鎧も今は着ていない。なんというか、普通に可愛い女の子だ。
「どうしたの?」
「いや、何でも。あはは」
タプル村では同世代の女の子がいなかったから、少し照れてしまう。そういえばピーター君の筋肉痛は治ったかな。
「ここね」
「そうだね。えっと、店の名前……は……」
俺は絶句した。
外観はさすが国が手配してくれた物件というだけあって立派だった。
問題はそこでは無い。
何故シャムロエ様が『その名』を知っていたか、もっと疑問に思うべきだった。
ガチャリと扉が開いた。
そして俺はこの短時間で二回驚いた。
「あ、『おかえりなさい』」
店の名前は『寒がり店主の休憩所ーガラン王国城下町店ー』。
そこに立っていたのは、長い布を何枚も巻き、唯一見える部分は目だけだが、俺はその姿を見たことがある。
そこに立っていたのは
『母さん』だった。




