孤島の休憩所
孤島。
精霊が住むと言われている場所で、お宝が埋まっているとも言われている場所でもある。
波が大きい所為もあって普通は大きい船が必要だが、命知らずや宝に目が無い人は関係なくここへと向かうらしい。
と言ってもそれは割と昔の話。今では孤島と国の往復だけなら何とか行けるくらいの船の建築技術があり、孤島にも小さな港があるくらいには栄えていた。
「んぐ!? ここはどこじゃ?」
俺の背中でぐっすり眠る黒装束の少女が起き上がり周囲を見渡す。
「孤島の港町らしいよ」
「ふぉ! リエン殿。すまぬのう。おぶってもらって」
「まあ、むしろ俺はシャルロットに申し訳ないよ」
前を歩くシャルロットは、背中にパムレを布で巻いて背負い、ポーラを両手で持っていた。あれって王子様がお姫様にする持ち方だよね?
「何と言うか勇ましいのう。儂の主故に粗末な表現はできぬが」
「あはは。俺が二人を持てれば良かったんだけどね」
正直船の揺れは結構大変で、三人ほどじゃないけど俺も少しクラクラする。
「シャルロット様、申し訳ございません。我が国の姫を」
「友達だからこれくらい良いわよ。それよりも船員の手伝いをしてもらっても良いかしら? 他国の兵士にお願いするのは申し訳ないのだけど」
「いえ、ポーラ様がお世話になっている以上、こちらもご協力させていただきます」
どうやら嵐は予想を超えて大きく、荷物を入れていた倉庫に固定していた箱が壊れてしまい、中で作物等が散らかったらしい。
幸いにも海に落ちなかったらしいけど、箱の修理と船の確認等で少し時間がかかるとか。
船を見ていたら船員の一人がシャルロットに駆け寄った。
「この先に小さな休憩所もありますので、そちらで待機していただければと思います」
「わかった。ありがとう」
すごく丁寧に返事をするシャルロットだけど、やっぱり背中にパムレと両手にポーラという状況に圧を感じさせる。なんというか、『強い人』みたいな?
☆
「ここかしら?」
少し進むと木々が生い茂った場所に小さな小屋があった。看板もあり、どうやらここが休憩所らしい。
「あ、途中で降りたのですね。お帰りなさいませシャルロット様にリエン。『寒がり店主の休憩所ー孤島店ー』へようこそです!」
そうだったね! 孤島にも店があるって言ってたね!『休憩所』だからもっと警戒するべきだったよ!
と、そこへ少女……いや、少年のような子が店の中から現れた。
銀髪……いや、光の角度次第では金髪に見える不思議な色をした髪と、白い肌。なんとなくゴルドさんにも似ているような……って!
「貴方がガナリちゃんね!」
ごっ!
「り、リエン殿よ。手に持っていたゲイルドの姫を地面に叩きつけたが」
「どちらかと言うと落としたに近いよ! というか大丈夫!? 国際問題にならない!?」
ポーラが白目になってるよ! ゲイルド魔術国家の兵士がこの場にいたら大変だったよ!
「貴女がシャルロットですか。ガナリはガナリです。父様がお世話になってるです」
「初めまして。声は聞いたことがあるけど、こうして会えてうれしいわ。私がシャルロット。こっちはパムレ。こっちはリエンのその後ろがフブキ……間違えた『フブちゃん』」
「おおおお! 間違えておらぬぞ!」
「諸々含めて知ってます。全て『聞こえてます』から」
ゴルドさんが地面に棒を突き刺してガナリと話をしたように、ガナリもまた何かの方法を使って色々な場所の情報を聴いているのだろうか。
「ささ、今日はガナリ様特製のパムレットです。休憩にはちょうど良いですよ」
「……何立ってる。早く入る」
さっきまでシャルロットの背中で寝ていたパムレがいつの間にか店の入り口に立っていた。
☆
「……クリームの中に小さなつぶつぶがあって、それがしょっぱいのと甘いのが合わさって今までにない味になっている。ミッドガルフ貿易国では無かった全く新しいパムレット。感動」
「ガナリの好奇心に底はありません。パムレットはガナリにとっても興味をそそる分野で、それと鉱石精霊であるガナリの力が合わされば特別なパムレットが生まれるのですよ」
「……? 鉱石精霊とパムレットの関係がわからない」
「このパムレットには『岩塩』という塩が含まれています。岩塩は立派な鉱石で、それをパムレット用に生成しました」
奥の机でパムレとガナリが楽しくパムレット談義をしている中、ようやく椅子に座りながら気を失っていたポーラが目覚めた。
「ここは……あ、到着したのですか?」
「ここは孤島よ」
「そうでしたか。はあ、ということはまだ半分ですね。いてて」
体のあちこちが痛むのか治癒術を使い始めた。というかポーラって自分で自分の怪我を治せるから良いよね。
『にしても、鉱石精霊ゴルド様の子……なかなか興味深いところではあるが』
『妖精ではないねー。魔力量は精霊だねー』
シャルロットの両肩に乗っている精霊ズはガナリに興味津々。
「そういえばここに『精霊の鐘』があるんだっけ? 探さなくて良いって言われてたけど、せっかく来たし見てもいいかな?」
「あ、でしたらガナリ様に言ってください。ガナリ様ー良いですかー?」
「仕方がないですね。でも、案内するのは少年とガラン王国の姫だけです。ゲイルド魔術国家の姫と氷と火の精霊とマオと『フブちゃん』は待機です」
「おどれまで言うか! 泣くぞ!? 儂大泣きするぞ!」
☆
店の裏口を出ると一本だけ道があった。そこを歩き続けると、何か金色の物が見えてきた……って。
「でか!?」
俺の身長の五倍くらいはあるぞ!
一階建ての家一軒くらいの高さと広さの『鐘』があった。
「はえー、これが秘宝の」
「人間が勝手に秘宝と言っているだけです。ガナリはこれを守る精霊であり、こっちとしては迷惑しているのですよ」
何か意味ありげな模様が描かれてあり、そして神秘的な建造物を思わせる光景。誰でも一目見たら秘宝と言いたくなるだろう。
「あ、この模様はガナリの落書きです。気にしないで下さい」
「意味ないのかよ! 感動してたのに!」
何なの!? こんな立派な鐘を見て感動すらさせてくれないの?
「ふふ、精霊の書いた絵は時が経てば意味があるものに変わるものよ。仮にこれが千年前に描かれた物だったら、何かが宿るんじゃないかしら」
おお! シャルロットがそれっぽい事を言ってくれたぞ!
「あ、すみません。ここの部分は昨日描いたもので、実は何度も修正しているのですよね」
「所詮精霊の落書きは落書きに過ぎないという事ね。負けたわ」
負けないで!
「というかどうして俺たちだけなの?」
「単純に関係者だけを集めただけです。あとはマオはすでにこれを見ています。ゲイルド魔術国家の姫や精霊は見ても『大きな鐘』くらいの印象を受けるだけでしょう」
凄い合理的だけど、なんだか寂しいな。
「なるほど、この鐘からは色々な音が聞こえるのね」
「さすがは『音操人』の子孫。ガナリの共感覚を理解できるのですね」
「まあ、一応はね」
え、どういう事?
「ガナリはこの世の全ての音を聞いています。誰かの噂話や物を落とした音も全て聞こえています。この鐘はガナリの耳でもあるのですよ」
なるほど。だからさっき『聞こえている』って言ったのか。
「じゃあガナリも母さんやパムレみたいに『世界の理』とかを知ってたりするの?」
あまり俺は深く考えずに質問をしたが、ガナリはゆっくりと目を閉じて答えた。
「確かにマオやフーリエは色々と知っています。それこそ知りすぎています。が、『全てではありません』」
「そうなの?」
「人間の言う世界の理は、このミルダ大陸がどのような原理で生まれて、どのような歴史を辿ったか……『まで』です。ガナリや父様はその先をすでに知っていて、それは『教えることができません』」
「母さんも同じことを言ってたけど」
「それはあくまでリエンの将来を考えた人間の『都合』ですよ。ガナリたちが知る知識は人間が踏み入れてはいけない領域と言うのがあって、それはまるで呪いのようにかき消されるモノなのです」
なんだか難しいけど、俺たちが簡単に踏み入れて良い場所では無いのかな?
「と、偉そうなことは言いましたが、恥ずかしい事にこの世界はその『人間』に精霊は支えられている状態でもあります」
「え?」
「静寂の鈴の巫女ミルダに魔術研究所館長のフーリエに魔術師マオ。この『人間』三名がいなかったらすでにこの世界は消滅していました。故にガナリはフーリエに敵わないのです。まあ、悪魔と精霊で相性的にもガナリは負けるんですけどね」
最後は悲壮感すらあるけど……。
「うーん、難しいことはよくわからないけど、とりあえず『一緒にこれからも頑張りましょう』ってことよね。とりあえず抱っこするわね」
「ぎゃ!」
あ、いつものシャルロットさんの癖が始まった。
って、あれ?
「すり抜けた?」
小さな粒となって、それが移動してまた実態となった。
「ガナリは精霊と妖精の中間。一部を実体化して料理等はできますが、体全部を実体化するほど強い精霊では無いのですよ」
そう言ってニコッとするガナリにシャルロットは。
「そんなああああ」
よっぽど抱っこしたかったのか、凄い悔しそうだった。




