波乱な船出
ガラン王国城を出て東に進み、ガラン王国港へ到着。現在ゲイルド魔術国家との交易を行っているため毎日大きな船が出ている。今回はその船に一緒に乗せてもらう形になった。
「……船」
まあ一名船をじっと見て絶望しているわけだが。
「パムレちゃんって揺れる乗り物とか本当に弱いわよね。馬車とかもそうだっけ」
「……ん。パムレは皆と少しだけ違う。ざっくり言うと物事を同時に二つ考えることができる。だから魔術を二つ同時に唱えられる。その分感覚も人より二倍影響を受けるから、特に上下の揺れは効果抜群」
二つ同時に魔術を唱えることができる秘密をサラッと言われた気がするよ!
「あ、リエン。これがお弁当です。多分この船ならこの量で大丈夫だと思います」
「ありがとう母さん」
いやー、毎度ながら母さんってすごいなー。どこにでもいるんだもんなー。
『リエン様よ。普通の人間はそういう感想は出ないと思うぞ? まあ人間事情は詳しく知らぬが』
『ご主人も結構特殊だよねー』
色々と家庭の事情を知った後だし仕方が無いよね。
「そういえば今日からイガグリさんからフブキに裏方の護衛が変わったんだっけ?」
「そうよ」
「その割にはどこにもいないけど……」
まあイガグリさんも隠れていたし、基本姿を出さないのかな?
「ふふふ。ちゃんと打合せをしたから」
「打合せ?」
そう言ってシャルロットは地面に『光球』を放った。
「召喚!『フブちゃん』!」
「フブちゃん言うでない」
おおー。登場した。というか若干むっとしているけどね。
「シャルロット様……『聖術』を放つときは一言言っていただければと」
「ああ! 店主殿! すみません!」
フブキの登場前に目くらましをして、その隙を攻撃という意味では有効かもしれないけど、母さんに対しては『光球』だけで直撃すれば致命傷だからね。幸い『光球』を見ただけだから怪我は無いみたい。
「ところでそこで口を開けているポーラはどうしたの?」
「い、いえ、船はその……ちょっと苦手でして」
「……パムレと仲間。一緒に乗り切ろう」
「恐れ多いですわ。よろしくお願い致します」
なぜか友情が生まれる二人。それを羨ましそうに見るシャルロット。
「わ、私だって苦手だからパムレちゃん抱っこしながら「……勘弁。船で抱っこはマジで辛い」船にって、尋常じゃない拒否反応なんだけど!」
まあ、今回ばかりは仕方が無いよね。
☆
「左異常なし!」
「右異常なし!」
「このまま待機!」
「了解!」
船は動き出し、交易船は慌ただしく声が響いていた。
「ゲイルド魔術国家の兵達はここの線の中には入らないでいただきたい。緊急時に船を曲げたりできないからな」
「承知した。全兵達に通達しよう」
「助かる」
交易船の乗組員とポーラの護衛の兵達がやり取りを行う中。
「……あと何分? もうパムレ終わるかも」
「まだ一日以上は……ぐ、今の揺れは危険ですね」
うん。色々な意味で慌ただしいね。
「あはは、というかパムレちゃんは辛いなら『浮けば』良いんじゃない?」
「サラッと言ってるけど、浮遊ってすごい術だけどね」
「……船の上は無理。あれは地面と自分をあれこれして浮いてるから、仮にここでそのあれこれをすると船に大穴が空く。もう一つ言うと今この状態で魔術を発動すると船が『ポン』する」
そんなすごい術だったの!? じゃあ仮にパムレが浮いていた時に間違って足を下に潜り込ませたらどうなってたんだろう……。
「というか二人はこんなにも不安定な状況でよく剣の稽古ができますわね」
「いや、暇だし」
「暇だもんね。空き時間は稽古にもってこいだし」
船の少し広い空間を借りてそこで俺とシャルロットは剣の稽古をしていた。時間が空いているときはこうして稽古の時間に割かないとなかなか学ぶ時間って無いんだよね。
「ほほう、ガラン王国剣術かのう」
と、そこへフブキが登場。
「ちょっと、召喚して無いわよ?」
そもそもフブキを精霊みたいに扱ってない?
「いや、今は良いじゃろうて。海の上では隠れる意味もないからのう」
まあ大きい船と言っても大きな家くらいだしね。
「儂と戦った時は守りに徹しておったが、何じゃ、剣術をシャルロット殿に習っておったか」
しばらく休んじゃってたけどね。
「そうだ。ガラン剣術を見せたいからフブちゃん相手してくれない? そこの木の棒を使って」
「良かろう。どうせ待っている間は暇じゃからな」
そしてシャルロットとフブキは木の棒を持って構えた。
「まずガラン王国剣術の攻撃は相手の武器の持ち方を見て形を変えるの。今のフブちゃんの武器の持ち方はちょうど体の真ん中に武器があるから、肩付近を攻撃できる構えね」
そう言ってシャルロットは少し武器を上に持ち上げた。
「そしてできれば相手よりも早く攻撃をするのがガラン剣術。ただ、フブちゃんの剣術は間合いを見切ってからの素早い速さでの返し打ちだから、正直普通にフブちゃんと戦ったら負けちゃうわね」
「ほう」
シャルロットが困った表情をする。
「今回は儂を一般兵だと思って打って良いぞ。受け流す程度造作も無い」
「ありがとう。じゃあ今回は普通に……てえい!」
なかなかの速さの攻撃。でもさすがフブキ。それをしっかり防御した。
「ここからは経験の差になるんだけど、フブちゃんの武器の持ち方を見て『死角』を判断するの。これを……こう!」
さっきは右肩を狙ったが、今度は左肩を狙った攻撃。
「ほっ!」
「あはは、フブちゃんは簡単に防御されるわね。とまあ、こうして相手の体制を見て次の攻撃をする。できれば相手に攻撃されないようにするのがガラン王国剣術ね」
「おおー」
思わず拍手。ポーラとシャルロットも真っ青な顔色をしているけどパチパチと拍手していた。
「ふむ、筋は良い。故にガラン王国剣術の色が強いのう。これを極めればいずれ儂の対策の一つや二つ思いつくじゃろうて」
「あはは。まあ私は魔術を極めたいから、これ以上剣術を鍛えるつもりはないけれどね」
「逆にリエン殿は魔術色が強いのに剣術を極めておるし、なかなか難しい二人じゃ」
ニコッと笑いフブキは木の棒を元の位置に戻した。
「そういう意味ではフブキは『刀』を極めたんだよね。凄い速さで切ったりとか、間合いを見極めたりするのって、相当鍛えたんじゃない?」
「そうじゃな。鍛え方は十人十色。儂の場合は落ちてくる木葉を切るなどして鍛えたが……ふふ、山を上りきったと思ったが、シャムロエ殿と出会い認識が変わったのう。儂の登った山は小さな山だったということじゃな」
一瞬フブキの手が動いた気がした。
見間違いかもしれないけど、フブキの足元にはとても小さな水玉が二つ落ちた。もしかして『雨』を切った?
「気を付けられよ。嵐が来るかものう」
☆
「……無理無理無理無理、もう三大魔術師とかどうでも良い。パムレはパムレらしくここで『ゲー』する!」
「ゲイルド魔術国家の姫として、哀れな姿は見せられませ……うっぷ、訂正します。この部屋から出していただきたいですわ。そして『解放』させて欲しいですわ」
「大嵐と大雨で今外に出たら危険だから! パムレも無理せずこの壺に出していいから!」
凄い大嵐。時々すさまじい揺れに体が宙に浮くことすらある。
「船自体は大丈夫なの?」
シャルロットが船員と話していた。というかシャルロットは全然大丈夫なんだね。
「これ以上の嵐をいくつか経験はしているので大丈夫ですが、『お二人』が危険なのでここは一つ『孤島』へ一度行きましょう」
「悪いわね。運搬途中なのに」
「いえいえ、このくらいの大嵐だと荷物の確認も必要なので、どの道上陸していますよ」
そう言ってシャルロットはこっちに歩いてきた。
「さすがの俺も少し気分が悪くなる揺れだけど、シャルロットは大丈夫なの?」
「うーん、馬に乗ってる感じだと思えばそれほどって感じね」
時々シャルロットってたくましい一面を見せてくるのがズルいよね。王族と話しているときとか今みたいな時とか。
『のうリエン様よ』
と、そこへセシリーが俺を呼んだ。
「どした?」
『あっちで『影の者』が脱落したぞ?』
「ちょっとフブキ―! 今まで我慢してたの!?」
セシリーが指を刺した場所を見ると、フブキがあお向けで倒れていた。
というか何が「嵐が来るかものう」ってキメ顔で言ったからてっきり大丈夫だと思ったよ!
「いや無理じゃて。そもそもこんな沖まで行かぬ儂らはこの揺れに耐性が無い。あ、シャルロット殿、今『フブちゃん召喚』は無理じゃ」
とうとうかすれた声で自分で『フブちゃん召喚』って言っちゃったよ! そうとう限界じゃん!
「……最終手段を使う。幸いシャルロットとリエンは大丈夫そうだから二人にお願い」
「何?」
「……これからパムレを含めた『ヤバイ三人』に術をかける。直後気を失うから、体を支えて欲しい。……じゃ!」
じゃってもうやるの!? 同意してないんだけど!
「「「ぐー」」」
「ちょっとリエン! フブちゃんをお願い! というかポーラがこの揺れで頭ガツガツぶつけてるのに起きないんだけど!」
国際問題になりかねない発言はとりあえず置いといて、フブキの体を抑える。
あとどれくらい耐えればこの嵐は収まるのだろうか……。




