原初の魔力
⭐︎
原初の魔力。
それはこの世界が誕生した時から存在する特別な魔力であり、それらを原点に色々な魔力や術が生まれたとされている。
種類は全部で五種類で、『音』『時間』『光』『鉱石』そして『神』。
それらを保持する精霊や人間は、その属性の術以外にも特別な能力を所持していて、それ以上の情報は謎とされている。
「くらいしか俺にはわかりませんよ」
「まあ、それくらいがちょうど良いのかもしれないわね」
シャムロエ様がふふっと笑って答えた。シャルロットはさらに深い話が聞けると思ったのか、少し残念そうな表情を浮かべた。
同時にドアから軽く『コンコン』と鳴り響く。
『シャムロエ様。お茶と『パムレット』をお持ちしました』
「五秒後入って良いわよ」
そう言ってシャムロエ様は仮面をつけた。さっきのシャルロットの反応を見る限り、素顔を知る人ってもしかして相当限られているのだろうか?
「失礼します」
ガラン王国の城の使用人が入ってきてお茶と丸いお菓子が三つ運ばれてきた。
シャムロエ様と俺とシャルロットにお菓子とお茶を配って使用人は去っていく。もしかしてこの丸いふわっとしたお菓子が『パムレット』という名前の食べ物だろうか?
「大叔母様、一つ質問をしてもよろしいですか?」
「何?」
「最初、私が魔術の勉強をしたいと言った時、相当お怒りでした。ですが、今は……その、そう見えない様子。もう一度お伺いしますが、私が魔術について勉強することは反対なのでしょうか?」
そういえばそもそもシャルロットが魔術について勉強するのを反対したのは、目の前のシャムロエ様だ。それなのに俺に『原初の魔力』について話させたり、部屋に招いてお菓子まで準備をして、一体何を企んでいるのだろう。
「正直迷っているわ。そもそもガラン王国には、この城にいるゲイルド魔術国家の魔術師が数名しか在籍していないから、きちんとした魔術の訓練もできないと思っていたし……でもね」
仮面をつけたまま俺を見た。
「『寒がり店主の休憩所』の息子なら……まあ、大丈夫かなとも思ったのよ」
……いや、だから母さんの店ってただの宿屋兼食堂だよ!?
「じゃあ!」
「でも」
シャルロットが身を乗り出して何を言おうとした瞬間、それをシャムロエ様は遮った。
「リエン、まさか貴方の知識を『ただ』でシャルロットに教えようとは思っていないわよね?」
「まあ……」
そう言って、俺はシャルロットから借りている短剣を腰から外し、シャルロット様に見せた。
「その短剣は……」
「俺は一目見て思いました。剣士になりたいと」
「ふふ、じゃあシャルロットには剣技を。貴方は魔術を双方に教えあうということね?」
「はい」
嘘偽りも無い反応に、シャムロエ様はため息をついた。
「わかった。あ、お茶やできたてのお菓子が冷めないうちに食べて。我が国名産の茶とお菓子の『パムレット』よ」
「恐れ入ります」
会話がひと段落したのか、お茶とお菓子を勧めてきた。正直王族のしきたりとか知らないからこの場でお茶に口をつけて良いのかわからないけれど、シャルロットもお茶とお菓子に口をつけているから良いのだろう。
お茶を一口。少し苦みがあるが、口に広がる香りがとても良い。これはゆっくりと味わって楽しみたい。これが王族御用達のお茶!
そして『パムレット』というお菓子。持ってみると薄いパン生地に中には何かクリームのようなものが入っている。
一口食べると、お茶の苦みと反してこっちはすごく甘い。それがまた絶妙な合わせ技を繰り広げている。
「リエン」
突然シャムロエ様に呼ばれた。
「はい、とてもー」
美味しいです。と、答えようと思った。
「シャルロットから剣技を習うなら、このお菓子の『辛み』に耐えて全部食べてみなさい。これに耐えれたらシャルロットの魔術勉強を特例で許してあげるわ」
「え」
辛み……え?
「正直なところ、私はまだ許していないわ。ただ、貴方だったら正しい魔術をシャルロットに教えてくれると思っている。けれど、同時に貴方はガラン王国の剣技を習得しようとしている。それは相当な覚悟が必要よ」
「その」
「さあ、その『超激辛パムレット』を食べて、貴方の覚悟を見せてごらんなさい! 辛味に耐えることができたら認めてあげましょう!」
凄く甘いんだけど!!!
え、俺の舌がおかしくなったのかな?
それとも、この美味しいお茶のおかげで何かしらの作用が生まれて、凄く甘く感じるとか?
不穏に感じて俺はシャルロットを見た。
「…………むぐっ!!!!(なにこれええええええええええ!)」
お隣さん緊急事態発生だよ!
これ絶対俺とシャルロットのお菓子の配置を間違えたやつだよ!
「……!」
シャルロットが俺の顔を見て何かを察したようだ。おそらく俺の目の輝きから『心情読破』を使っていると思ったのだろう。
「(そのままパムレットを食べなさい!)」
え!
「(この辛みは貴方には絶対無理! そのままちょっと演技をしつつ食べなさい!)」
今にもシャルロットは泣きそうだった。
「どうしたの? もしかしてもう無理なのかしら? だったらこの話は白紙ね」
「なっ!」
そうか、そもそもシャムロエ様はシャルロットに魔術を覚えさせることに反対していた。
寒がり店主の休憩所の息子なら……なんて言っていたけど、あれは本心で言ったかもわからない。
パムレットが準備されていた時点で俺がガラン王国の剣技を習うことなんてどうでも良い。問題はシャルロットが魔術の修行をさせない『言い訳』を無理やり作ろうとしていたんだ。
そしてシャルロットの表情を見る限り、相当辛い『パムレット』なのだろうなー。
……なら、やることは一つだ。
「シャルロット、一口つけたものを食べることを許してほしい」
「へ?」
俺はシャルロットの持つ『パムレット』を取り、それを一口で食べた。
っっっっっっっっかっらあああああああああああああ!
いや、でもこれはもしかして試されているのかもしれない。
シャムロエ女王が『覚悟を見せろ』と言った。つまり、俺の前に出されたパムレットは偽物で、これを食べきって『できました』と言ったら不合格という類だろう。
辛い、正直目眩までしてきた。しかし、俺は……絶対に剣士になる!
「……これが、俺の……覚悟です」
食べきった。そしてシャムロエ様の前で口を開けた。
「……え、何をしているの?」
「え?」
一瞬時間が止まったように思えた。
「あの……おおおばひゃま」
「はい……って、シャルロット? どうしてそんな涙目なの?」
「あの、げひかはのはふへっとは私のほうへひた(あの、激辛のパムレットは私の方でした)」
「「……」」
シャムロエ様はスーッと息を深く吸い、そして吐く。
そして一言。
「その覚悟に免じて魔術の修行と剣術の取得を許してあげるわ(え! シャルロットに間違って渡したの!? ちょっとあの使用人なにやっちゃってるの!!)」
仮面越しだけどすっごい真剣な口調と真顔で言ってるけど、その心の声は真逆の事を言ってるよ!
そう心の中で突っ込んだ後、俺の意識はぷつんと切れた。
相当な辛みが今になってさらに遅いかかり、やがて周りが真っ白に……。
☆
真っ白な部屋。
遠くを見ても何も見えず、いるのは俺一人。
「ここは」
そうつぶやいた瞬間、後ろから声が聞こえた。
「やあ」
振り向くと、白く短い髪の少年が立っていた。
水色……いや、黄色……時間によって色が変わる髪。そしてそれ以外の印象が全く無い。
「僕は神様さ」
「うん、夢だね。辛さのあまり気を失ったんだね」
我ながら頭の悪い夢だ。
急に声をかけられて、急に『神様です』と言われるとは。これほど滑稽な夢はなかなかないだろう。
「あはは、せっかく会えたのに驚かないのかい? 君の世界の神様だよ?」
「いや夢だし。会ったって言われても夢だし!」
「凄いな君は。でもまあ……夢で間違いかと問われると難しい。かといって正解とも言い難い」
苦笑する少年。夢とはいえ少し不思議な気もするけれど、とりあえず目が覚めるまで待つとしよう。
「いや、何かお話しようよ。それか質問とか無いの? 神様だよ?」
「と言われても」
「いやいや! 普通『ここはどこ!』とか言う場面だよね! え、君はあれかい? 物事に興味を持たない性格なのかい?」
「いや、夢って自覚していたらもう『ここはどこ』と思っても仕方がないと思うんだけど」
「そう言わずに僕に少しでも興味を持ってよー。最近の人間は夢に希望を抱かないのかい?」
なんだか目の前の少年が本気で落ち込んできた。仕方がない。
「ココハドコー。アナタハイッタイー」
「心がこもってない! やり直し!」
ええー。
つくづく俺の夢なのに指図するとは、一体俺の頭はどうなっているんだ?
「今君の頭はちょっとだけ特殊な状況になっているよ」
「え?」
心を……『心情読破』を使われた?
「僕は神様だよ? 『心情読破』はそもそも神様が使っていたとされている術で、僕は言ってしまえば原点さ」
面倒だな。じゃあこの俺の独り言……いや、口には出していないけど、このイライラした感情も読まれているわけだ。
「で、何か御用で?」
「いやー、残念なお知らせと良いお知らせがあるのさ」
「じゃあ残念なお知らせを」
「君は激辛のお菓子によって死にました」
「……は?」
え、今、何て?
「いや、だから、君はあの『激辛パムレット』で死んだんだよ。少しずつ食べればよかったのに、どうして一気に食べちゃったかな」
「いやいや! そんな、あ、でもこれ夢だし!」
「君がそう思うなら勝手にすれば良い。ソウダネー。コレハユメダー」
……しばらくの沈黙。
「えっと、ほ、本当に俺は?」
「うん。ぽっくりと」
いやいやいやいや! まだやりたいことを一つもできていないのに!
「わかった。ここは夢じゃない。なんかこう……すごい場所で君は神様なんだな!」
「ふふ、わかってくれればそれでいいさ。まあ『夢みたいなところ』ではあるし、夢と言って間違いでは無いからね」
意味がわからないがとりあえず『安心』が欲しい。
「それで、良い話というのは?」
「取引をしないかい?」
急に真顔になる神様。
「取引?」
「そう。君は特別に僕の力で生き返ることができる。その代わり、僕の仲間を助けてほしいんだ」
「仲間?」
「僕の同僚がちょっと危険な状態なんだ。だから君に助けてほしいんだ」
「俺に? その同僚はどこに?」
「それはまだ言えない。でもそういう運命になっている。『フォルトナ』がそう教えてくれたからね」
また知らない名前を……って、君の名前も知らないんだけど。
「あはは、ごめんごめん。おっと、そろそろ時間だ」
「時間?」
「そろそろ君を生き返らせないと、魂が消えてしまう」
「早く! 何とか出来るなら早く何とかして!」
「あはは、わかったわかった。じゃあまた会おう」
そして意識はどんどん薄れていく。
『……ムロエや……オによろしくって伝えてね』
最後に何か聞こえた気がしたが、全然理解できなかった。




