ピーター君1
朝。
だいぶ遅くまでトスカさんとお話した後少しではあるが布団に入り、母さんの声で目を覚ました。
『早く起きてください。朝ですよー』
「はーい」
髪を整えて服を着替え、そして朝食を食べに広間へ向かう。
「美味い! 店員さん、おかわりを頼む!」
「この野菜はなんだ……美味しすぎる」
「はむ! このパンとやらも美味しいのう」
「もぐもぐ。うむ、料理も教えていただきたい所存」
黒装束の集団が広間を独占してるんだけど!
「りえーん。こっちこっち」
と、隅っこのテーブルにシャルロットとパムレが座っていた。
「すっごい今更だけど、この宿今満室なのよね! 主に『影の者』だけど!」
「すっかり忘れてた」
他の人たちは別室にいたんだね。
「って、トスカさんは?」
「大叔父様は店主殿の手伝いよ? 人手不足で困っていたからそそくさと厨房へ行ったわ」
おいおい、先代ガラン王に手伝いって……。
「はいリエン。そしてパムレ様にシャルロット様。朝食です!」
温かいご飯にスープ。そしてサラダ。うん、凄く美味しそう。
「わー! やっぱり店主殿ね! いただきます!」
「はい。あ、それとこちらはシャルロット様に」
そう言って母さんは一枚の紙をシャルロットに渡した。
「五部屋使用されたので、料金はこちらとなります」
「あ……後払いで良いかしら? 今手持ちがなくて」
「そんなお客様のためのプランがありますのでご安心ください! ワタチの宿は『後払いシステム』が」
「ちょっと待って! リエンかパムレちゃん! 今すぐお金貸して!」
ヤバイよこの店の悪徳商法。特にこの後払いシステム!
「なんじゃ? 金がないのか?」
「あ、フブキちゃん、悪いんだけど宿代自分たちで払える?」
「融通が利かぬ上司を持ってしまったのう……まあ良い、えっと……ん、高くない?」
え、俺の実家って当日支払いはそれほど高い金額設定にはしてないと思うけど……。
「母さん、さすがに足元を見る商売はどうかと思うよ」
「リエン、何を勘違いしているのですか? ガラン王国軍も納得の正規料金ですよ?」
そう言って伝票を見た。
『宿代:五部屋と宴会代:金貨一枚』
あれだけの宴会をやって宿も満室で金貨一枚……ん? ちょっと高いって感じはするけど、確かに正規料金内ではあるな。
と言っても通貨の中でも一番大きな金貨なんて普通持ち歩いて宿屋には来ないだろう。銀貨くらいなら俺も数枚持ってるけど、宿を利用するには多すぎるくらいだよな。
「一応言いますけどワタチは止めたのですよ? 蔵にあった料理酒もすべて飲み干すお客様もいて、大丈夫かなーと思ったのです」
「誰じゃああ! 貴様だなこの酒ベえ!」
「すいやせん! いやここの酒が本当においしくて」
「おどれ言い逃れできぬ状況な上にこれからの雇い主に迷惑をかけるじゃろがい!」
「ひいい!」
と、フブキが腰にぶら下げていた刀を抜こうとした。
「騒がしいねえ。ったく」
「ティータさん?」
そこへ村長のティータさんが入ってきた。
「ほらよ。これで足りるかい?」
そう言ってティータさんが母さんに金貨を渡した。
「宴会は私も飲んだからねえ。こうなると思って持ってきてやったよ。これから村人の仲間になるんだ。これくらい助け合おうじゃないか」
「ティータ殿……」
涙目のフブキ。そして笑顔のティータさん。
「あ、宿代は足りますけど、ティータ様には別途料金が発生しているのでそっちもお願いします」
「え!?」
突然の話にティータさんが手に持ってた鞄を落としちゃったよ!
「ちょっと待って母さん、無慈悲すぎない? なに別途料金って!」
「村長代理の時に発生したお金ですよ。壊れた柵とか回覧板を新しくしたとかで全部ワタチが立て替えたんです。そこまでガミガミ言うつもりはありませんがお金はわかりやすい信用なのですよ。約束したお金を支払えない人はその人の心を表しています。いいですかリエン、お金に限らず約束はしっかり守る人間になってくださいね」
全部正しい事を言っているからこれ以上反論できないんだけど! 何この母さん! 強いんだけど!
「はよーございまーす」
と、そこへピーター君が入ってきた。
「お、リエン。ちょうどよかった。セシリーさんはどこかな?」
「え?」
まあ、見えないだけで俺の周囲にはいるけど。
「へへ。今日は『待ちに待った給料日』だからさ。セシリーさんに何か贈り物をするんだ。あ、これ内緒な!」
へー。そういえばピーター君てずっと手伝ってたもんね。きちんとお給料は貰ってたんだ。
と、ふと母さんを見た。
「リエン。ちょっと小一時間宿を留守にしますので頼みました。軽く精霊の森の魔獣をぶっ飛ばしてお肉の調達。ついでに……本当についでにですが懸賞金を頂きにガラン王国に行ってきます」
完全にピーター君の給料忘れてたでしょ!
お金について熱く語ってた人が忘れてやがったよ!
☆
「というかリエン殿よ。お主の母上はあやつに少しの金を払えぬほどたくわえが無いのかのう?」
「いや、聞いたんだけど、どうやら宴会で予想以上に人が多かったから急遽金庫のお金を全部使って食材を集めたんだって。翌日請求する算段だったらしいんだけど」
「うむ、儂も事に関わっている身としては文句を言えぬが……どうして『儂ら』はあの少年とせしりーとやらを尾行している?」
うん。普通そう思うよね。
シャルロットが『影の者』の宿代が払えず、それを払おうとした『影の者』も払えず、ティータさんが代わりに払ったと思ったら追加料金も払えず、そこへ現れたピーター君が給料をもらいに来たら今度は母さんが払えないという状況になった。
「金貨一枚あるならそれを渡せばよかろう」
「田舎者が金貨一枚渡されたら気を失うよ。フブキの前の仕事の相場では普通かもしれないけど」
で、母さんから時間稼ぎを頼まれた俺はセシリーを召喚してピーター君の青春をお届けする状態となった。
「あやつも隅に置けぬのう。精霊と人間の禁断の恋。いや、エルフと人間の間に生まれしハーフエルフと似たようなものじゃのう」
最初は『認識阻害』で隠れようとしたんだけどパムレに阻止された。魔力を大量に消費し、回復中である今はできる限り魔術を使っちゃ駄目とのこと。
「ふふふ、というより儂と二人で良いのかのう? ガランの姫はなんとも思わぬのかのう?」
「トスカさんとお話があるって言ってたし、良いんじゃない?」
「あ、いや、そうじゃが……まあ良い。お主がそういうなら別に良いがのう」
かつて暗殺の名人であるフブキは気配を消す術や、隠れるのに最適な場所をすぐに探すことができる。ということで同行をお願いした。
「というか、あやつはどう見てもあの氷の精霊に惚れておるが、絶対にそれは叶わぬ恋じゃろうて、この状態で良いのかの?」
「まあ、それはそうなんだけど」
「良い思いをさせて、やがて絶望を味あわせる。ふむ、リエン殿は『影の者』の素質があるかもしれぬのう」
「そうじゃないって!」
母親は悪魔だけど、俺の心は人間だよ!
「ピーター君は恩人なんだ」
「うむ? 命でも救われたか?」
「いや、とても些細な事。俺が小さい頃に近所の子供たちにいじめられてた所、引っ越してきたピーター君が助けてくれたんだ」
「うむ? 奴はここの村出身じゃないのか」
今でも時々思い出す。あれは俺が母さんの手伝いで井戸の近くで皿洗いをしていた時だった。
『今日も皿洗いかよ! リエンってつまらないよな!』
『いつも遊びを断りやがって。なあ、その皿を投げて遊ぼうぜ!』
『え! やめて!』
二人の体格の大きい男の子が俺の洗っていた皿を持ち上げて、それを投げて遊び始めた。魔術を勉強していた俺は体力は無かったから、その場で泣くことしかできなかった。
その時だった。
『お皿はここで洗って良いのか?』
俺と同じくらいの男の子。最近タプル村に家を建てて、少しの間滞在すると話だけは聞いていたけど、実際に会うのはその日が初めてだった。
『おう? 今この村では皿を投げる遊びが流行っているんだ。お前の皿もこっちに渡せよ!』
『あっ!』
男の子の持っていた皿は簡単に大きな男の子に取られてしまい、そして投げられた。
そして少し離れたところで落下。皿は見事割れてしまった。
『へへ。リエンの家の皿よりも良い音がしたな』
『『がらす?』ってもので作られているよ』
『なんだそりゃ、聞いたことねえな。ははは!』
『リエンの皿よりも新入りの皿の方が良いや。おい、もっと持って来いよ』
『うーん、それは無理。あれって明日ガラン王国の女王様に渡すものだから』
『え』
するとそこへ大人の男性がやってきて、割れた皿を見て驚いた。
『帰りが遅いと思ったらこんなことに……。ピーター、これはお前か?』
『違う。そこの二人』
『ふむ、どうやら君たちはとんでもない事をしてしまったそうだ。これを作るのにどれほどの手間とお金がかかったか』
『へへ。お金なら払うぞ。俺の父ちゃんはこの村を守っていて、俺もお金ならあるぜ』
『そうか。それなら話は早い。では『金貨千枚』払ってもらおう』
『は?』
『え?』
『聞こえなかったか? ガラス細工というのはとても貴重なんだ。ほら、早く払ってくれ』
『ま、待ってくれ! そんなお金、王様じゃないと無理だろ!』
『ああそうさ。これは王様にこれから売り出すものだからな』
『なっ!』
こうして男の子は泣きながら家に帰り、そして父親である門番含めてお金を稼ぐために村を出て行った。
「いやいや、リエン殿よ。さすがに金貨千枚ってありえぬじゃろうて。儂だって見たことないぞ? しかもそんな品を子に持たせるか?」
「それが、金貨千枚は本当らしいんだ。ただ、ピーター君のお父さんにとってはそれはどうでも良くて、初めてピーター君が店の品を持ちだして行動したらしい」
「うむ? どういう事じゃ?」
「ピーター君から聞いたんだけど、ピーター君も当時は体が弱かったから彼なりに作戦を考えたんだって。結果、その店で一番高い皿を持っていって、割らせるという思い切った作戦だったとか」
「それは……奴が怒られるかもしれないのに?」
「答えは簡単で、俺と仲良くなりたかったんだって」
「い、意味が分からぬのう」
実は俺も今でもそう思う。皿を洗っていた俺を見て仲良くなりたかったなんて、どうして思ったのかわからなかった。
「して、その皿はどうしたのじゃ?」
「うーん、それが翌日には修復されていたんだよね」
バラバラになった硝子の皿だったが、翌日ところどころボコボコしていたものの、一枚の皿になっていた。
一体どうやって直したんだろう。
「ああ、それはワタチが直したのですよ」
「うおおお! 母さん!? いつの間に!?」
気配を消して後ろから現れた母さんに驚いた。ちょっと声が出てしまい、ピーター君にバレてないか不安だったけど……うん、大丈夫みたい。
「今戻ってきたのです。金貨一枚をどうにかして両替できたので、ついでにピーターの様子を見に来たのですよ」
「いや、それよりも母さんが修復って」
「うむ、まあ今のリエンになら話しても良いですか。ピーターの父親はあの後ワタチに依頼をしたのですよ。ガラン王国領土内で数少ない高温の火を魔術で出せるワタチなら可能だということで」
「待って。どうして母さんがガラン王国で唯一高温の火を出せる……まるで強い魔術師だという事をピーター君の父親は知っているの?」
その質問の答えに、俺は驚くことしかできなかった。
「ピーターの父親はミッドガルフ貿易国の王ガルフ様の弟にしてガルフ商会の会長。ある筋でワタチの正体を知っていたのです」




