大切な場所3
ガラン王国先代の王トスカ。
王になってから激務が続く中でもしっかり女王とも仲が良く、国民からの人気は凄かったらしい。
亡くなる際は大陸全土から重要人物が集まり、全員が悲しんだという。
トスカ王の偉業は子供用の絵本にもなっており、英雄トスカに憧れて親の手伝いをする子供が増えたりと、未だにその人気は止まらない。
「そして今、ワタチと同じ存在となり、この地を守る悪魔となったということですね。ふむふむ。トスカ様も宿屋の経営をしますか?」
緊急事態ということでとりあえず物知りな母さんを呼んだら、意外と事実をすんなりと受け入れた。先代王が目の前に現れても動じないなんてやっぱり母さんは凄いのかな。
「フーリエは相変わらずですね。それと、僕は悪魔ではなくどちらかと言うと幽霊に近い存在ですよ。なんとなく歩いた感じ、この場所を離れると消えてしまうか、薄い皮で包まれてるけど外に出れば破けてしまう存在という感じですね」
「え、それは……」
シャルロットが少し困った表情をした。
ここは『影の者』の畑にするという約束を果たすかどうかを決めるつもりで中に入った。シャムロエ様の旦那さんがこの場所を壊すと消えるーなんて言われたらさらに判断に困るだろう。
「……依り代さえあれば問題ない。けど、それを作れるのは神だけ。そんな神様が近くに……」
と、パムレは話している途中で固まった。
「……あー、そういえば神いた。ねえリエン、『ゴルド剣』貸して?」
いやまあ、言いたいことは分かったけど、ガラン王国の秘宝の短剣を『ゴルド剣』って言うのやめない? 確かに作者はゴルドさんだけど、楽器屋兼鍛冶屋兼精霊とかやってる人だからしっくりこないんだよね。
と、考えつつもパムレに短剣を渡すと、それを地面に刺し、そこへパムレが魔力を注いだ。いつもの鉄の棒を地面に刺して遠くの人物と会話する方法で、今回話をしたい相手は『神』である『アルカンムケイル』様だ。
「あーあー、ゴルドさんのお父さーん?」
「『なああ!……ちょっと待って、ください、一旦席を外しますね!』」
そう言って母さんが走って家を出た。ああ、接続先にも母さんがいるんだっけ。いや普通そうなるって考えないよね。
『ふう、アルカンムケイル様ー。ちょっと良いですかー』
『何じゃ? 今仕込みが終わったところなんじゃが』
「何故アルカンムケイルがこの世界に? ……あー、聞こえますか? トスカです」
『む? 『音操人』か? 久しいのう』
さすがガラン王国の偉大な王様。神様とも知り合いだったか。
『ん? いや、待て。お主『エル』とは会わなかったのか? お主の魔力の因果はそうなっているはずじゃが』
「何者かによって神様に取り込まれるはずだったのですが邪魔されたみたいです」
『ふむ、『悲しみの膝カックン事件』と言いお主の事といい、何かがおかしいのう』
何だよ『悲しみの膝カックン事件』って。いや、そのせいで毎日チャーハン作る羽目になってるんだろうけど。
「頼みがあってですね。依り代を作って欲しいのです」
『は!? 待て、頼む相手を間違っているぞ? 音の魔力ならエルに頼め。ワシが怒られるわ!』
怒られるで済む内容なの?
「音の神様とはどう出会えば良いかわかりませんし、ここは一つ、怒られちゃってください」
『誰がやるか! ただでさえ地獄のチャーハン作りに最近は厚焼き玉子。おかげでお客様からはふわふわの卵の作り方のコツまで聞かれる日々を送っているのに!』
美味しそうだなおい!
「そんなに地獄なら今後の仕事内容について少し楽になるように僕からフーリエにお願いしますよ?」
『ふん! この店主がそう簡単に……あ、そんな怖い顔しないで欲しいのう。え、検討してくれるのかのう?』
母さんの姿が見えないのにどんな表情をしているのか容易に想像できてしまった。
と、そこで『フフッ』とパムレが笑った。
「……トスカは優しい。トスカは過去に『封印されていたアルカンムケイルを助けたのに』、それを交渉材料にすれば依り代くらい一言で作ってくれると思うよ?」
『なっ!』
パムレ、今凄い事言ったよね!?
神様を助けた?
「いやほら、それはさすがに色々事情がありますからね? 僕は平和的な解決を望んでいるだけであって、嫌がることを無理矢理させようとは」
ブァン!
「アルカンムケイル、参上した。音操人の依り代の一つや二つ、喜んで作ろう」
『ちょろい』ってこの事?
☆
「久しぶりです。ティータさん」
「塩撒いていいかい?」
トスカさんを連れて村長の家に戻った俺たちは再度説得をすることにした。まあ、説得というか判断……に近いのかな?
「他の人なら是非塩を撒いて下さい。でも僕はあのマーシャおばちゃんの子供なので、普通とは違うくらい承知かと」
「はあ、わかったよ。で、何の用だい?」
「もう一度お話をしに来ました」
シャルロットが話し始めた。
「あの土地を取り壊して畑を作らせてください。ティータさんにとっては大切な場所ですけど、いつかは変わる時代が来ると思うのです」
「もう一度言うが、あそこは王家の土地だ。だからやりたければ好きにすれば良いさ。なのに何故私を説得する?」
「それは……」
ふっと小さく深呼吸をするシャルロット。
「次期女王として、国民一人一人の話を聞いて、その上で納得した案を出したい。そう思ったからです」
その声にティータさんは驚いた。いや俺も驚いた。
「はあ、わかった。あそこに畑を作っても文句は言わない。だが一つだけ条件がある」
「何でしょう?」
「そこの小娘が集落の代表だろ? 見たところ畑を作る準備すらまだ無いのだろう?」
「む? 儂の仲間はそれなりに……と言いたいが、まあ時間はかかるかのう」
「長年誰一人入れなかった大切な場所だ。その畑作り、私らタプル村も関わる。それが飲めないならこの話は私の独断で拒否する」
「はい! 是非お願いします!」
こうして暗殺集団『影の者』はタプル村の一部分の土地を確保。
同時に暗殺集団からシャルロット直下の護衛部隊になり、正式に『創造の編み棒』は正式に俺たちの手に渡った。
☆
「ということでカンパーイ!」
「「「おおおお!」」」
「へえ、お前さんの酒は『ニホンシュ』って言うのか。今度飲ませろや!」
「おうよ! そっちの酒も飲ませてくれ!」
決めることをすべて決めて、今日は『影の者』とタプル村の懇親会を寒がり店主の休憩所で行った。
当然俺は厨房係だけどね!
「ほれリエン! そっちの魚を三枚に」
「やってる!」
「遅い!」
「うるせえ!」
何で俺がピーター君にこき使われてるの!?
「ふふふ、リエンさんをあまり怒らないで欲しいのう。長旅で疲れているのじゃ」
「はっ! セシリーさんがそういうなら! 感謝しろよ!」
「こいつ……」
セシリーの前だからってすごく張り切ってるのがすごくモヤモヤする。いや、別にやきもちとかじゃなく単純にむかつく。うん、むかつく。
『ご主人―、それやきもちじゃね?』
うるさい! フェリーも手伝ってよ!
『いやー、そうしたいけどご主人寝てないからこれ以上は……』
そういえば魔力がもう無くなりかけていた。時々パムレが俺の手を握ってくれてたけど、その都度魔力を供給してくれてたんだね。
「ぬおおおお! 見るがいい、これが神業である!」
そして隣で神様がチャーハンを作っている。神がチャーハン作ってるから確かに『神業』なんだろうけど、突っ込みたく無い。
「アルカンさん、『転移』の魔術が使えるならいつでも逃げれるんじゃ?」
「む? 転移には相当な魔力が必要でのう。移動先も限定されておる。今回はお主の持つ短剣から出ている鉱石の魔力を頼りに移動できただけで、普通はできぬぞ。というかアルカンさんって……」
「つまり鉱石の魔力があるところには移動できるんだ」
「うむ。じゃからゴルドの子のガナリの所へも移動はできるのじゃが、お主の母上の配下的状態になっている今、行った先で捕まるだけじゃ」
母さんの存在が神を脅かす存在になってないか不安になってきた。
「ふふ、ずいぶん賑やかですね。フーリエも楽しそうで良かったです」
「あ、トスカ様。すみませんがこの時代ではワタチの名前は呼ばないでください。店主さんとか店員さんとか『美しいリエンのお母さま』とかでお願いします」
何だその第三の案は。
「わかりました『美しいリエンのお母さま』」
「ちょっと待って、何故それを選んだ!」
ガラン王国の先代王とか関係ない! もう突っ込めるところはとことん突っ込むよ!
とりあえず盛りつけた皿を持っていく。えっと、料理が少ない机は……。フブキのところかな。
「うむ? ちょうど無くなったところじゃ」
「リエンかい。お前さんも少し休んだらどうだい?」
「でも」
厨房を見ると母さんは軽くうなずいた。話をしてやってという合図だろうか。
「そうだね。では」
そして目の前にリンゴジュースがあったからそれをコップに注ぎ、それを一口。
「で、リエンはどの子かい? 姫さん? セシリーさん? まさかとは思うけどフブキやマオじゃないよねえ」
「ぶうううう!」
何言ってるの!?
「かかか、まあ儂の婿になると豪華特典として沢山の配下はつくが……まあ、シャルロット殿には劣るのう」
「深刻な話とかをしてたんじゃないの!?」
「私は飲んでるが、その子は子供さね。晩御飯くらい愉快な会話をしたいものさね。と言ってもフブキはずいぶん知識があるねえ」
「たった数年で得た知識ぞ。ティータ殿の知識やその力には劣る」
うーん、ふと思ったけど三大魔術師が母さん、マオ、ミルダ様だとして、三大武術師という名の称号があるとしたらシャムロエ様、フブキ、ティータさんなんじゃない? いや、ティータさんがどれくらい強いかわからないけど。
「む? 私の強さを知りたいかい?」
「え、『心情読破』を?」
「ハーフエルフならそれくらいできるさね。今は引退してだいぶ腕は落ちているがね」
かかかっと笑いながら酒を飲むティータさん。
「とはいえ、あの土地はティータ殿にとって大切な土地。儂や集落の皆も生きるため農作物を育てるのに手は抜くつもりはないが……今後この村に何かあったら儂らが守ろう」
「頼もしいねえ。じゃあもう一つかんぱーい」
まあ、二人の仲が良くなるのは良い事だよね。ささっと退散して別の机に。
と、出口でトスカさんが俺を手招きしていた。何の用だろう?




