影の者の集落2
ということで、パムレの淡々と話す別世界事情を聞かされたフブキは、八つ当たりもかねて俺に手合わせを挑んできた。
「いやいや、絶対おかしいよねその流れ! 何がどうしてそうなるの!?」
少し広い場所の中央には俺とフブキが立っていて、周囲には集落の住人とシャルロットとパムレが見ていた。
『この『オダンゴ』は美味しいわね。ここで作ってるの?』
『……ふむ、パムレットとは別の種類。なるほど、ここは『日本』が基となっているのかな』
『ニホン? パムレちゃんって見た目に反して結構物知りよね』
『……一応言うけど、パムレはシャーリー女王……その上のシャンデリカ元女王よりも年上だよ?』
どうして和やかにお菓子食べてるんだよ! こっちは目の前で目をギラギラ輝かせて今にも俺を消そうとしている人がいるんだけど!
「ふふ、そう恐れるな。儂と貴様の戯れよ。怖いなら貴様についている『もののけ』を出しても良いぞ?」
もののけ……ああ、セシリーとフェリーのことか。
と思った瞬間俺の両隣に冷たい風と熱い風を纏って二人は現れた。
「先ほどから話し方がそっくりで気に食わぬのでのう。少々痛めるとしようかのう」
「ご主人の出番はー。ちょっと無いかもー」
おお、なんだかいつもシャルロットにおもちゃにされている二人がすっごく頼もしく思えるぞ! 魔力の消費量凄いからできればすぐに決着をつけたいけどね!
「一つ訪ねるが、そちらは切っても大丈夫なのかのう?」
「うむ? 我らは精霊故な。お主の武器で切られても魔力になるだけじゃ」
「まあ痛いけどねー。あとご主人の魔力がごっそり減るー」
「そうか。なら安心した。では、参るぞ」
「っ!」
一瞬だった。
セシリーが瞬時に氷の壁を生成したが、同時にそれが二つに切断されていた。
フェリーがその動きを読んでいたのかフブキの真後ろに回っていたが、フェリーは攻撃を仕掛けずにそのまま地面に転がって行った。
「え、何が」
「リエン様よ。すまぬ。ちょっと休むでのう」
「セシリー?」
セシリーが真っ二つになっていた。切断面は水色でまるで人形を切ったような状態となっている。
「大丈夫じゃ。回復に一時間ほどリエン様の中で休ませてもらう。フェリー、リエン様を頼んだ」
そう言い残し、セシリーが消えた。
「な……え……セシリー?」
何を言われたかわからない。
目の前でセシリーが……死んだ?
フェリーが何か叫んで俺に言ってるけど、耳に入らない。
目の前でフブキが剣を振りかぶっている。
『目を覚ましなさい! 目の前に集中するのよ!』
脳内に大きく鳴り響く声。シャルロット?
今のは……『心情偽装』?
相手の心に無理やり心をねじ込む神術?
「っく!」
ギインと鳴り響く鉄と鉄がぶつかり合う音。俺はフブキの攻撃を短剣で受け止めていた。
「っか! あ、あぶな!」
「む? 手を抜いたのが仇となったか。安心せい、貴様を殺すつもりは無い。これは戯れじゃ」
「嘘を言うな! このまま切られてたら俺もセシリーと同じように」
「この刀は切れる部分と切れぬ部分がある。まあ、切れぬ部分と言っても鉄で殴るから痛いとは思うがのう」
ケラケラと笑うフブキ。いや、それよりもセシリーは。
「……リエン。落ち着く。セシリーは精霊で、悪魔に魔力を全て吸われない限り消えない。今でもリエンの中で寝てる。セシリーもそう言ったの聞こえなかった?」
パムレの解説にふと自分の魔力を確認する。確かに氷の精霊の魔力はある。
「あははー、ご主人はちょっと焦りすぎー。セシリー姉様は大丈夫だよー」
「うむ? 手ごたえはあったと思ったが、貴様はまだおったか。先にもののけを倒すかのう」
「ふふー。セシリー姉様と同じ口調だしー。思いっきり行くよー」
フェリーはギリギリでフブキの攻撃を避けつつ隙をみて攻撃をしている。しかしその攻撃も当たらない。それどころか徐々にフェリーが切られているようにも見える。
「くう、ちょっと痛いー。でも、火の精霊を切っちゃって、その武器は大丈夫ー?」
「む?」
「いくら凄い武器でも、その武器は鉄。もう少しで溶けると思うよー?」
「ほう。それなら問題無い。これは秘伝の方法で作られた武器。ちょっとやそっとの熱には負けぬわ」
「厄介……」
カラ元気を見せるフェリー。だが限界が近いのも見える。
「貴様を倒した後、主を無傷で倒せる自信が無くなったわい。こう刀が熱いと触れただけで危ういからのう」
フブキの武器を見ると真っ赤に変色していた。フェリーの炎によって熱せられたのだろう。
熱せられて赤くなる鉄……。
「フェリー! その武器を『掴め!』」
その声にフブキは驚いた表情を浮かべた。
「ご主人の命令ならー。……絶対勝ってね」
フブキの攻撃を見極めてガシッとフブキの武器を掴む。その武器はさらに真っ赤になる。
「無駄だと言っておるに。溶けぬわ!」
「ウチもそう思うー。でもご主人を信じるのもまた契約精霊ー」
「そうか。ではの」
スパッと半分にフェリーは切られた。
「あとは頼んだー。ちょっと休むねー」
フェリーの魔力が俺の体内に戻るのが分かった。
「さて、ようやく貴様の出番……む?」
悠長に話す時間は無い。
俺はすぐに短剣に『氷の魔力』を付与した。
「ほう。先の『もののけ』の氷が纏っているようじゃの」
「てええい!」
「む!?」
シャルロットに教えてもらったガラン剣術を駆使して切りかかる。
「ぬるい。形にはなっているが……儂の領域までは達しておらぬぞ?」
あと少しだ。
「刀を狙った剣術? 奇妙な技じゃが」
これで!
「つまらぬ。冷えるまで待つかと思ったが、まあ少しくらい傷を負った方が男じゃろうて」
「ここだあああああああ!」
バリイイイイイイイイイイン!
大きな音が鳴った。
何かが割れる音。
その音に周囲の人は驚き、座っていた者は立ち上がった。
「か……刀が……折れた?」
フブキは自身の武器を見て驚いていた。そして。
「勝負ありだ。『戯れ』ならこれで充分だろ?」
「ふ……ふふ。うむ、良い。儂の負けじゃよ。ははは」
☆
『痛かったー。というかさすが悪魔の息子ー。刃物を掴めって命令するー?』
『フェリーは良いじゃろうて。我なんか初手で消えたぞ』
両耳から小っちゃい精霊たちが話し出す。うん、目の前のご飯に全然集中できない。
「いいなーリエン。いつもなら私なのに」
「……シャルロットは我慢する。二人は真っ二つに切られたことで魔力が散布された。消えることは無いけど、従来の力まで戻るにはリエンの近くにいる必要がある」
「分かった。じゃあパムレちゃんで我慢する」
「……妥協? へー。パムレでは足りないんだ」
「ごめんなさい嘘です。ちょっと調子に乗りました。パムレちゃんが一番なので私のお膝に来てください。今度パムレットをご馳走します」
「……よろしい」
とまあ、隣で茶番が繰り広げられている中、俺たちは『影の者』の領主フブキの家でご飯をご馳走になっているわけだけど、こんなにのんびりしてて良いのかな?
「かかっ! 今宵はささやかな宴じゃ。酒が欲しいなら取ってこさせるぞ?」
「いや、俺未成年だから」
「私もね。出されても手に持つだけで飲めないわね」
「……お酒嫌い」
「なんじゃ。ここにいる者は全員飲めぬのか」
「フブキちゃんは飲まないの? パムレちゃんみたいに背は小っちゃいけど年上とか?」
「む? 儂はまだ十二じゃ。儂も酒は好まぬが酒を飲む者は見ていて楽しい。隙だらけで何度刺せるか頭で考えるのがまた面白くてのう」
そう言って果物の飲み物を飲むフブキ。
「というか一応ここって危険地帯だよね? 普通にご飯を食べて良いの?」
パムレがいると言ってもフブキは本気を出せばいつでも俺たちを消すことができることは分かった。ここへは『創造の編み棒』を回収しに来ただけで、それを受け取ったらすぐにでも帰る方が良いと思うのだが。
「安心せい。外にいるイガグリ以外は貴様達を消そうという輩はいない。儂から一本取るということは、相当な実力者じゃからのう」
「凄いわね。ガラン王国の剣術を教えたかいがあったわ!」
どや顔するシャルロット。うん、その通りだから何も言い返せない。
「というか刀……だっけ? 壊しちゃったけど大丈夫?」
「うむ? あれくらい数日後にはまたできる。お気に入りではあったが、物はいつか壊れるからのう。それよりもどうやって刀を砕いたかが気になるのう」
鋭い目で俺を見る。
「いやあ、あれは」
「教えぬとは言わせぬぞ? 貴様、料理を口にしたろう?」
「なっ!」
まさかこの美味しい料理に毒が!? 話さないと解毒薬を渡さないとかそういう流れか!?
「この集落で作れる最高の食材でのみ作った料理を出されて、ただで帰れるとでも?」
あ、そういう理由。
「あはは、まあ別に大した話じゃないけど」
「え!? リエン、教えるの? もしかしたら今後何かあった時の最後の手段になると思うわよ!?」
「かなり限定的だけどね。まあ、そんなに知りたいなら一つ条件がある」
「うむ?」
「秘宝探しに『影の者』達の力を借りたい」
その提案にフブキは少し悩み。
「分かった。約束しよう。では刀を砕いた秘密を言うのじゃ」




