ガラン王国謁見の間
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俺の名前はリエン。生まれはタプル村。そこはとてものどかで草木が生い茂っていて、それはそれは空気が美味しいところさ。
村の外に出たことは無いけれど、時々母さんが見せてくれる本には、色々な街の風景が描いてある。
ガラン王国は大きなお城。ミッドガルフ貿易国は大きな工場。ゲイルド魔術国家は魔術学校。そして色とりどりの城下町。
田舎育ちの俺にはお城や学校はおろか、城下町とかにも縁が無いと思っていた。
まさか鎖で腰や腕を固定されて、城の謁見の間で立たされるとは思わなかったよ!
「リエン……」
少し離れたところでシャルロットが背を向けながらも話しかけてきた。
「予想はしてたけど、やっぱり捕まったわね」
「予想していたなら先に言って!」
ガシャっと周囲の兵士たちが俺に剣を向ける。
「ひっ!」
「ま、待て! 剣を収めよ!」
シャルロットがそう言うと、奥から別の声が響いてきた。
「収める必要はありません」
「……母上」
あれがガラン王国女王のシャーリー女王。金髪で釣り目で長い髪はシャルロットと似ているが、横から出ている髪がクルっとなっていない。なんとなくそこで違いが出ているように見えた。
「お帰りなさい……と言いたいところだけど、何か言う事は?」
「勝手に兵たちを連れての遠征、申し訳ございませんでした」
「違います。そもそも無許可の外出となります。一国の姫が何をしたかわかっていますか?」
「返す言葉もありません。しかし、私もやりたい夢があります!」
「ふっ、それは大叔母様へ言った『魔術師になりたい』という戯言ですか?」
「むっ」
少しイラっとした。
魔術師は周囲の魔力や自身の魔力を使って何かをする高度な技術で、俺にとっては生活の一部を支えてくれる存在だ。なんだかそれを否定された気がする。
「大叔母様があれほど怒ったのは私も初めて見ました。それをまだあきらめないと?」
「はい! 魔術を取得すれば戦術の幅が広がります!」
「……と、言ってますが?」
シャーリー女王が頭を下げた。
同時に兵士たちは全員剣を鞘に入れ、全員が膝をついた。
「はっ! リエン、かがんで!」
「え、え?」
言われるがままにその場でかがんだ。
遠くからコツコツと足音が聞こえる。
「ご足労いただき感謝します。大叔母様……シャムロエ様」
「……」
顔を少しだけ上げると、そこには様々な布で作られた豪華な着物に身を包み、仮面をつけている一人の人間が立っていた。
いやもう、仮面と服装のせいで「なんかすげーギラギラした物体」としか思えないんだけど。
そして周囲の空気がすごく重い。権力は女王に譲ったと言いつつも、このガラン王国内部ではやはり相当な地位にいるのだろう。
「その人は?」
「シャルロットが連れてきた男です」
「何故、鎖を?」
「シャルロットの魔術取得に協力するという情報があったからです」
「ふーん、その男と少し話をしても?」
「え! ですが」
「良いですか?」
「……はい」
俺にはわかった。
このシャムロエ様という人は想像以上に権力を持つ人だ。権限を譲渡したと言っても、事実上二番目だろう。
まず声に圧がある。たった一言でシャーリー女王が膝をついた。それはきっと、今までの経験や出来事から『逆らえない』という状況を積み重ねて作られているのだろう。
「少年。名は?」
「り、リエンです」
「ふむ、ふむ? 育ちは?」
出身地を聞かれているのだろうか?
嘘を言う勇気もないし、そもそも嘘なんて思いつかないし、本当のことを言う以外選択肢が無い。
何よりこの状況がとても恐ろしい!
「さ……『寒がり店主の休憩所』の店主の息子で、タプル村出身です」
「寒が……え!?」
ん? 仮面越しだから表情が読めないけど、なんだか一瞬驚いたような?
次の瞬間、大叔母様ことシャムロエ様は大声で兵たちに命令を出した。
「何やってるの! この者を縛っている鎖を解きなさい! あとこの城で一番良いお茶を出して! 『パムレット』も今焼いて! 早く!」
ええええええええええええ!
☆
俺の名前はリエン。生まれはタプル村。そこはとてものどかで草木が生い茂っていて、それはそれは空気が美味しいところさ。
外に出たことは無いけれど、時々母さんが見せてくれる本には、色々な街の風景が描いてある。
ガラン王国は大きなお城。ミッドガルフ貿易国は大きな……あれ、何か同じことをついさっき思ったような気がするぞ?
それにしても……。
まさかガラン王国の中で凄く偉い人の部屋に招かれるとは思わなかったよ!
「あの……大叔母様?」
「シャルロット」
「はひ!」
張り詰めた空気。シャルロットは涙目である。
「卑怯よ。『寒がり店主の休憩所』の息子を連れてくるとは思わなかったわ。一種の人質よ」
とりあえず笑って良い場面なのか、怯えて良い場面なのか教えてください。とりあえずシャルロットは怯えているから俺も怯えているけど。
そもそも俺の家って何なの? 田舎の宿屋兼食堂じゃ無いの!?
「母をご存じですか?」
「ええ。知っているわ」
母さんの謎がまた増えてしまった。ガラン王国の上層部に知られているってどういう……良い方向だと良いんだけど。
シャムロエ様は仮面をつけたままこっちを見てくる。目だけが唯一見える部分なのでちょっと怖い。というか……。
「大叔母様……と呼ばれている割に、声は若いよな」
……。
…………。
…………ん? 今、俺、無意識に心の声が漏れた!?
「リエン! さすがに時と場所を考えて! ここは大叔母様の部屋よ!」
「うわー! ごめんなさい! どうか不敬罪にしないでください!」
不敬罪になると、『大叔母様をうっかり褒めて逮捕。その連帯責任で副長も逮捕』と、見えないところで副長が逮捕されてしまう。
「ふふ、誉め言葉として受け止めるわよ。というかさすがに今は三人しかいないから仮面を外しても良いわね」
「え!」
そしてシャムロエ様は仮面を外した。
予想外にもその顔は、シャルロットと瓜二つ。違うのは髪型だけのように思えた。
「大叔母様……若ぁ!」
「……シャルロット……それはどういう理由での発言かしら?」
「ちが! え! その、初めてそのお顔を拝見したので、率直な感想が」
「まあいいわ。改めて私がシャムロエよ。リエンって言ったわね」
「は、はい」
シャルロットの反応から察するに顔を初めて見たのだろうか。母さんの本名を知った時の俺の反応と似ているような。
「失礼を承知で言いますが、見た目が凄く若いですね。大叔母様と言ってたので、凄くご年配だと思ってました」
「そうね。でも事実よ。そこのシャルロットは何代か下の娘よ」
「その瓜二つの顔から納得はしますが」
納得はするけど、それにしても見た目はシャルロットや俺と同じくらいの年齢にしか見えない。
「大叔母様。お噂は本当だったのですか?」
「噂?」
「『ある力』によって不老の力を得てしまい、変わらない見た目を隠すために仮面をつけたという噂が」
「それは誰が?」
「ラルト副長が」
「逮捕ね」
俺が捕まって連帯責任で逮捕よりも理不尽な逮捕を目の当たりにしたよ!
「まったく、どこで見られたのかしら。まあ間違いではないわ。私は『原初の魔力』という力を体に宿していて、そのせいでちょっと長生きになっちゃったのよ」
「ちょっと……」
「そう……」
そう言って寂しげな表情をしながらシャムロエ王女は外が見える窓の方へ歩いた。
そこには棚があり、開けると黒い棒状の杖のようなものがあった。いや、あれは笛か?
「すでに夫はこの世からいなくなり、娘もしっかり役目を果たしたわ。私だけが残ってガランの行く末を見守っているだけの存在になったわ」
取り出した黒い笛を再度棚に戻し、俺たちを見た。シャルロットは目を点にして質問をし始めた。
「『原初の魔力』?」
「あら、魔術師になりたいと言って家を出た人が『原初の魔力』も知らないのかしら?」
「うぐっ!」
シャムロエ様の言葉はシャルロットに突き刺さった。というか……。
「いや、シャムロエ様、恐れ入りますが『原初の魔力』は普通の人でも知りませんよ?」
「ふふ、そうね。でもリエンは知っているのね?」
「まあ、母さんに教えてもらったから」
そう言うとシャルロットは目をキラキラと輝かせて俺を見てきた。
え、これは俺が今から説明しないといけない流れっぽい?