魔術師見習いと剣士見習い
幼い頃から母さんに魔術を教え込まれ、ここタプル村では警備の手伝いを時々任せられる程まで強くなった俺だが、『今更』思うことが一つある。
その『今更』問題はその『母さん』だ。
俺の髪は少しクシャっとしたクセのある黒髪で、瞳の色も黒い。タプル村では黒髪の人間はいない。しかし母さんは……。
『リエン! 朝です! お客様がいらっしゃったのでお手伝いをお願いします!』
考え事をしている途中で母さんの声が部屋に届いた。声は幼い……いや、声『も』幼いと言うべきか。
「今行くよ」
それなりに大きな声の返事をして、家の一番広い部屋へ着いた。
俺の家は『寒がり店主の休憩所』という名前の、宿と食堂を営んでいる。母さんはそこの店主で、俺も手伝っている。いずれお金などの管理方法やその他運営も教えると言われているし、親から子へ受け継がれるのだろうと覚悟はしている。
「あ、リエン。おはようございます。早速この『オムライス』を運んでください」
「はいよ」
ついでにこの店で看板メニューとされている『オムライス』は俺の大好物。ふわふわの卵が米の上にのっていて、あまじょっぱいソースがまた食欲をそそる。
昨日から宿泊した客が椅子に座っており、テーブルに『オムライス』を運ぶと客は目を輝かせていた。
「いやー、ここのオムライスはいつ見ても輝いているな!」
「ありがとうございます」
田舎の村で唯一の宿兼食堂というのもあり、外からの客は大体ここへ来る。よって生活には困らないと母さんは言っていた。
あ、そうだった。母さんについて考えていたんだった。
母さんは俺の特徴とは異なる。まず髪は水色で肌が白い。目は赤く、何より身長が俺の半分くらいだ。
仮に俺が十歳くらいの時に母さんに拾われていたら、『複雑な事情があって今の母さんに育てられた』という説明ができるが、物心ついた時から母さんと一緒に生活をしている。
「リエン。何を考えているのですか?」
「あ、いや……その……母さんについて考えていた」
「なんと! リエンがワタチの事を大好きだと思っているのは知っていますが、今更改まって考えなくても」
「あ、そういうのじゃなくて」
「それはそれでショックですね……何ですか? 反抗期ですか?」
ふと話していて時々気になるのが『敬語』ということだ。貴族とか厳しい家庭なら親に向かって子は敬語で話す事もあるのかもしれないが、この家は平凡な宿屋で厳しい家庭ではない。あ、魔術の特訓だけは辛いけど。
「母さんって、どうして俺に敬語なの?」
「こ、これは、クセです! お客様相手にお話ししていると、自然とリエンにも敬語で話してしまうのです!」
そしてこの動揺である。
すごく怪しい。というかさっきから目がすごく泳いでいる。
「それと母さん、この『オムライス』ってどこの国の料理なの?」
「こ、これは隣の国のミッドガルフ貿易国で有名な料理で……」
「うん。実はこの質問は以前にもしたんだけどさ、幼馴染のピーター君が『ミッドガルフ貿易国にオムライスは無かった』って言ってたけど」
「ええ! ミッドガルフ貿易国に行ったんですか! いつですか!」
え、そんなに驚くこと!?
「だ、大丈夫です。ミッドガルフ貿易国には『オムライス』があります。きっとピーター君は見逃したのでしょう。ピータークンノキオクハアトデ修正シマス」
「母さん。心の声が漏れているよ」
「はっ!」
そして時々母さんは赤い目がさらに赤くなり、凄く怖い表情もする。
「取り乱しました。ふう、リエンは買い出しに行ってきてください」
「お、おう」
とりあえず買い出しを頼まれたので行ってくることにした。
☆
野菜に肉。香辛料を購入して帰る途中、幼馴染のピーター君を見つけた。
「おーい、ピーターくーん」
「ぬああああああああ!」
「ええええええ!?」
急に叫ばれた。
「お、お前か。驚かせるなよこのやろー!」
「どうした、いつも両親の自慢をするお前が今日は一変しているな」
ピーター君の両親は一言で表すと凄いお金持ち。ここタプル村には別荘があり、ピーター君は成人になるまでここで生活をするとのこと。
ピーター君の両親と母さんは知り合いらしく、時々母さんから魔術を教わっている。まあ、俺のライバル的存在でもある。
「そうだ、お前に言わないといけないことがあったんだ!」
「な、なんだ?」
息を切らせて俺の肩をがっしり掴み、凄く真剣な表情でピーター君は話し始めた。
「ミッドガルフ貿易国のオムライス、凄くオイシカッタ」
「……え、何て?」
道のど真ん中でそれを言うために俺の肩をがっしりと掴んで、何を言うかと思ったらオムライスについて?
「いやー、ほら、覚えているか? 結構前に僕がミッドガルフ貿易国へ行った時の話をして、僕はうっかりオムライスが無かったと言ったが、あれは間違いだ。ミッドガルフ貿易国のオムライスはお前の母さんの作るオムライスとは違っていて、本場との区別がつかなかったんだ! オムライスはあったんだ!」
「怖い怖い。ちょっと離れてくれ!」
ピーター君が俺の体を前後に揺らしながら話し始めた。一体何が……。
うん、ここは一つ使ってみるか。
「オムライス美味しかったぜ!(頼む、このまま信じてくれ。じゃないと夜にあの『目玉の化け物』が僕の部屋に住みついてしまう!)」
なるほど。
「お、おい! リエン! お前まさか!」
「ん?」
ピーター君は俺の目を見て怯えていた。さすがにわかってしまったか。
「お前、『僕の心を読んだ』な!」
「ああ。最近ようやく覚えたんだ。『心情読破』という術で、相手の心を読むことができるんだ」
「や、お、お前えええ!」
「大丈夫大丈夫。その目玉のような化け物は俺が説得してやるから、そう怯えるなよ」
「お、おお? あいつを何とか出来るのか! 持つべきものは幼馴染だな!」
「ああ!」
そう言ってピーター君は震えながら帰っていった。まるで生まれたての動物の様だ。
とはいえ、ピーター君にはしばらく『目玉の化け物』が添い寝してくれる日常を歩むことになるが、どうか頑張ってほしい。説得はするが、解決はできないだろう。
問題は俺の……俺の家の問題だ。
☆
夜。
一通り仕事を終え、母さんの部屋のドアをノックした。
『はーい』
「入るよ。母さん」
「リエン? どうしました?」
母さんの部屋の中心にはテーブルがあり椅子が二つある。椅子に俺は座ると母さんはもう一つの椅子に座った。
「その様子ですと……そうですか。とうとうその時が来てしまったのですね」
何かを察したのか、母さんはゆっくりと深呼吸をして、そして話し始めました。
「実はリエンはワタチの本当の息子では無いのです!」
「薄々気が付いていたけどね!」
「ええ!」
いや、母さんが一番驚くの?
「い、いつから……」
「まず、俺と母さんは全然似ていない」
「ええ! ほら、目の下のクマとかそっくりですよ!」
「それは遺伝ではなく魔術の特訓が厳しいからだ! それに一番怪しい部分が一つあるんだ……」
「そ、それは……」
十六年間ずっと黙っていたことを話す。それはとても勇気がいることだろう。だけどいつかは言わないとと思っていたことがあった。
「名前が『母さん』って変だろ! もしそうなら俺は母さんのことを『母さんさん』か『母さんお母さん』って呼ばないといけないだろ!」
「がはっ!」
そう。
今まで疑問に思わなかった。いや、思っても『アイツ』のせいで忘れてしまっていた。
「わかりました。ワタチについて……そしてリエンについて詳しく話しましょう」
そして母さん……いや、『母さんお母さん』は俺について話し始めようと一度深呼吸した。
「あ、話をする前にちょっと待っててください」
そういうと母さんお母さん……いや、もう母さんでいいや。母さんは親指をかんで少し血を出した。
その腕を軽く振り、血が床に一滴落ちた。
「召喚……『空腹の小悪魔』!」
そしてそこから翼が生えた人の頭一つ分の大きさの目玉が出てきた。
「って、淡々と眺めていたが、よくよく考えたらその術も色々突っ込みどころ多いじゃねえか!」
「ええ! ど、どこがですか!」
まず頭一つ分の大きさの目玉というのが気持ち悪い! しかも翼が生えていてふわふわと浮いている。いや、もう見慣れているから少し気持ち悪いで済むが、小さい頃は悪さをするとこいつが地面から出てきて脅かされた。
いや、少し離れているからいいけど、間近に来られるとやっぱり不気味だし気持ち悪い!
「良い子なんですよ。ワタチの言う事は聞いてくれますし、時々皿洗いも手伝ったりしてくれる無害な子なんです! 欠点と言えば、お客様の前では見せられませんが」
『ニンゲン。タベタイ』
「無害とは真逆の発言をその目玉が言い出したぞ!」
「こら! リエンに悪魔だってばれるじゃないですか!」
パチンと軽く母さんは目玉を叩いた。って、悪魔?
「そ、そいつ……やっぱり悪魔なんだ……」
「あ、ち、違います! ちょっと見た目がアレな精霊ですよ!」
『オレ、アクマ。ニンゲン。ダイスキ。モチロン……ジュルリ』
「やっぱり悪魔じゃねえか!」
完全に俺は慣れさせられていた。『いたずらをすればどこからともなく現れる母さんの作り出した精霊』という話だったが、そもそも高位な存在である精霊を血を一滴で召喚できるわけがない。
「今日だけで色々と真実を知ってしまいましたね。とりあえずこの子はピーター君の隣に取り付いてもらいます」
『ぴーたー。タベル。ニンゲン、ダイスキ』
「駄目ですよー。せめて甘噛み程度にしてください」
『ケケケ。ぴーたー。マッテロ』
しゅーん。と、地面の中に潜っていきました。きっと今日からしばらくピーター君の後ろで漂っているのだろう。
がんばれピーター君。俺は君の味方だが、時に試練を与えるのも幼馴染の役目だと思っているよ。
「こほん、とりあえずどこから説明をするべきか。ざっくりした説明で良いですか?」
「それで俺が納得できるなら」
「リエンは突然ワタチの目の前に赤子の姿で落ちてきました」
「納得できませんでした。詳しくお願いします」
何だよ突然落ちてきたって!
俺はあれか、天からの使者か何かか?
「うーん、真実を話して信じてもらえないのは傷つきますね。ですが真実ですよ。リエンは空から降ってきました」
「何故……」
「わかりませんが、きっと『カンパネ様』の贈り物だとワタチは思っています」
カンパネ様。
この世界の神と呼ばれる存在で、この大陸を見守っていると言われている存在だ。
時々北の国から『神の使い』と呼ばれる集団が来て、文字等を無償で教えてくれたりする。
カンパネという神様はどこかにいるという目撃情報は無く、信じる信じないは個人の自由。かと言って信じないからと罪人になるわけでは無い。
ただ、カンパネという神様の代弁者として『巫女』と呼ばれる存在もいて、どちらかと言うとその人を崇拝している人の方が多い気がする。
「つまり、突如落ちてきた俺を保護してくれたんだ」
「そうなのです。今まで黙っててごめんなさい」
ペコリと頭を下げる母さん。
そうか。俺は母さんのおかげで今まで生きてこれたんだな。
「じゃあ、俺にすごい厳しい魔術の特訓をさせたり、あの目玉の悪魔を召喚して脅していたのも、俺のためなんだね」
ジーンと瞳に涙を浮かべながら母さんに問いかけました。母さんは笑顔で。
「あ、あれは『せっかくなので小さいうちからすごく強い男児にしよう』と思ったら予想以上にリエンが頑張って耐えていたので歯止めが利かなく……って、リエン! ちょっと待ってください! どこに行くんですか!」
俺は涙を流しながら外へ出た。くそう、もう何も信じられないぜ!
☆
タプル村を少し離れた場所には小さな森があり、そこには精霊や妖精が住むと言われている。
まあ、これも母さんから聞いた話なんだが、要するに危険だから近寄るなということである。
タプル村は平和で、時々ガラン王国から『盗賊現る。気をつけよ』という情報が来るけど、十六年生きてきて村に盗賊が現れたのは二回。
しかも俺は当時子供だったから、その時は大人の人たちで解決していた。
「今では村一番……あ、いや、村で二番くらい強いと言われている俺だし、少しくらい散歩しても大丈夫だろう」
とにかく気分転換がしたかった。
木々がこすれる音が心地よく、しばらくここで風を感じたかった。
その時だった。
『ガチャン、ガチャン』
揃った音。そして馬の声。これは馬車?
森の中から大量の馬車がこちらへ向かってきた。
「む? 道をあけてくれないかしら。少年」
「貴方たちは?」
鎧を着た兵士たちが約十名。馬に乗ってぞろぞろと森から出てきた。なんだか何も悪いことはしていないのに少し緊張してしまう。
先頭で馬に乗った兵士が話しかけてきたが、頭から足まで鎧を着ているため表情がわからない。
「ガラン王国軍の者だ。タプル村の人間とお見受けするが、ここで何を?」
ガチャリと兵士は剣に手を置いた。ここで『盗賊だ!』なんて言ったら全員が武器を構えて来るのだろう。
「は、はい! タプルの人間です! ここへは散歩で来たので、怪しいものでは!」
「そう……だけどこれも仕事でね。証明できる情報がもう一つほど欲しい」
証明できるものと言っても……。
「俺は『寒がり店主の休憩所』の息子……としか」
「「「「「なに!」」」」」
え、全兵士が驚いたんだけど!
「そ、そう。その、疑って悪かったわ。良かったら村まで送ろうかしら?」
兵士の一人が兜を取って顔を見せた。
予想外だった。
金色の髪はサラリとしており、癖がついているのか両耳の横から落ちた長い髪がくるくると勝手に巻き始めた。目がキリっとしていて、一言で表すときれいな人だった。声に少し違和感はあったが、まさか女性だったとは思わなかった。
「シ……シャル団長。素顔を見せては」
「よい。この少年……いや、私と同い年くらいかしら。この人はこれから会いに行く方の親族だ。それ相応の礼儀をせねば失礼になる」
え! 母さんに会いに?
ガラン王国の軍ということは、何か母さんは悪いことを?
「どうかしら、村まで案内してくれないかしら?」
「は、はあ。それくらいなら」
「では私の後ろに乗って欲しい」
「え?」
後ろって、その……馬に?
しばらくぼーっと立っていたけど、軍の方々は俺が金髪の女性の馬に乗るのを待っている様子……。
「は、はい」
俺は久しぶりに照れた。