妹の婚約者に愛を囁かれて困るので婚約破棄させたい
妹のメイが婚約者の男を家に連れてきた。
正直に言って、あの内気な妹がいつの間に、ということよりも、連れてきた男が俺の親友だったことに驚いてしまった。
確かにアキラはいい奴だ。中学・高校と同じ学校に通ってお互いの家を行き来していたくらいだから、メイとアキラもそれなりに交流があったのはわかる。しかし、まさか付き合っていたとは。兄ちゃん全然気がつかなかったぞ。
複雑な気分のまま自室に戻って溜め息をついた途端、扉がノックされた。どうぞ、と言い終わる前に部屋に入ってきたのはアキラだった。なんぞ言い訳でもするつもりかと見守っていると、彼は突然俺を抱き締めて言った。
「シン、これで一緒になれるね!!!」
わりと鋭い切り返しが持ち味の俺ですら何も言えず、目の前に浮かぶ巨大な疑問符を馬鹿みたいに見上げているしかなかった。数秒の後、何か言わねばと俺が口を開いた瞬間、今度はメイが部屋に飛び込んできた。
「兄さん! アキラさんとお幸せに!」
「いや……、お前らさっきから何言ってんの」
俺の言葉に、メイとアキラが不思議そうに顔を見合わせた。ちなみにアキラは俺を抱き締めたままだ。
「何って……、アキラさんは兄さんと一緒になるために私と結婚するのよ」
「え?」
「そして私は恋人のリンコと一緒になるために、兄さんがリンコと結婚するのよ」
「ん?」
「隣同士の借家も見つけてあるの。計画は完璧よ」
「ちょっと待て。つまり……偽装結婚ってことか?」
再び、メイとアキラが視線を交わす。それからメイが俺の顔を見て小首を傾げた。
「言ってなかったっけ」
「聞いてない。何もかも」
「……今、言ったわ」
「確かに!!!」
俺は自棄気味に叫んでから、がっちりと抱き締めたまま離そうとしないアキラの顔を見上げた。
「お前もいい加減離せよ! というか、なんで俺がお前と一緒になるんだよ! お前……なんなの!?」
アキラはメイと同じように小首を傾げて言った。妹と違って可愛くもなんともないが。
「シンが好きだからだよ」
「…………そうなのか」
「そうだよ」
「そうだったのか」
「そうだったんだよ」
「そんなの……聞いたことがない。今まで一度も」
「……今、言った」
「そうだな!!!」
俺は身動きできないまま叫ぶしかなかった。情報量が多すぎて頭が破裂しそうだ。いっそ、子どものように泣きわめきながら床を転がりたい。
にこやかに笑う二人に挟まれながら、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。