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1/遠征の日

ばさばさ、と煩く少女の頭の上で飛び回る何かに彼女は起こされる。幼獣のレッドウィング、という鳥型の魔物が居た。名前をチェルシーという。

彼女の使い魔として飼育されてから三週間ほど経ち、成体になったら30センチ程度には大きくなる見込み。そんな大きさになれば恐らくすぐに起きられるだろうけれど、マリナは気だるげにベッドから出ることにした。

今日は遠征の日。ベッドの傍にはギルド任務のための荷物があり、既に準備万端という感じにはなっていた。

後は、朝食を食べてエネルギーを確保するだけだ。


テーブルには既に食事が用意されていた。マリナの父親であるリックは喫茶店を経営している人で、元は冒険者の最高職人として活躍していたらしい。

母親もそのリックと同じ冒険者だったようだが、現在行方不明中となっている。マリナもよく知らないが、少なくとも命に別状はないだろうと聞かされているだけだった。

いつか自分の母親にも会いたいが、今のマリナは今日の遠征の日に夢中で仕方が無いようだ。

「おはようマリナ。今日はちゃんと起きれたね。」

「いつもちゃんと起きてるよ。今日は遠征だもん。」

「別にピクニックに行くわけじゃないんだから、あまり浮かれ過ぎないようにね。」

「大丈夫。何か危険があっても吹き飛ばせば。」

「それで前にお友達を巻き込んだじゃないか。」

「あ、あれは、でもそれでチェルシーが仲間になったんだからいいじゃない。」

「お友達よりも魔物の方が大事なのかい?」

魔物には陽性種と陰性種に分けられるものがあり、陽性種は一方的に人間に危害を加えたり自然破壊をするような事はない。

チェルシー、レッドウィングも陽性種に分類される魔物だ。以前、授業で近くの森の中で偶然陰性種の魔物がレッドウィングの巣を荒らしていたらしく、そこでマリナは魔法による掃討射撃で倒してしまったらしい。

陰性種は、陽性種の魔物と比べ魔力が高く強力な魔物である場合が多い。そして、自分では抑えきれない魔力を暴走させる事がよくあり、時には仲間の魔物さえ殺戮してしまう。

そんな魔物をマリナが倒してしまったのは恐るべきことだが、見習い冒険者が陰性種を倒してしまう事は想定外のため成績には入らなかった。

むしろ友人を危険に巻き込んだ原因にもなってしまったので、むしろ教師に起こられて泣きべそをかいていたらしい。

自分だったらもっと上手くやれそうだが、そんなスキルをリックは教えるまでもなく次は危険な事をしないようにとしか言わなかった。

「悪い魔物をやっつけただけだもん。」

「あれは悪いっていうより、暴走しているっていうほうが正しいんだけどね。人間が吸血鬼になったり狼になるように、特定の魔物にも魔法の力が原因で陰性種となってしまう魔物が居る。一度そうなってしまった場合、魔物を元に戻したり協調するのは不可能に近いんだ。」

「もぐもぐもぐ。」

聞いていなかった。

頑張ってパンを食べている様子は可愛らしいが、実際の所彼女の力はその陰性種でさえも打倒できる魔力があるのは確かだった。

「アデルフェルか。あそこで変な子に会って散々な目にあったけれど、今も元気かな。」

「何それ・・?」

リックが冒険者時代に活躍していた時、ある任務でマリナの遠征先であるアデルフェルまで一人で来ていた。

アデルフェルに存在する小さな村がその任務領域なわけだが、そこでリックは魔物討伐以上の困難を味わっていた。

「もうあの場所は無いし、心配する事はないけどね。」

「昔の任務の話なんて興味ないもの。」

「ほう。S級冒険者の昔話はいらないと。」

「私、ユーナさんから聞いたもの。私のお父さんは仕事先で新しい女の子を次から次へとたぶらかしてく悪い冒険者だって。」

「あいつ、一体何をアンナに吹き込んだんだ・・。アンナ、僕は断じて仕事先で女の子にちょっかいを出したわけじゃない。そもそも任務で危険があったから保護しただけで・・。」

「ふーん?国のお姫様ともそういう噂があるみたいなんだけど。」

「ひ、姫様に関しては本当に申し訳ないと思っているけどあれは断じて不可抗力で。国が本当に危機的状況だっただけなんだ。」

「メロヴィング王国が隣国との戦争やら政治争いで国が分裂の危機にあった時、S級冒険者がメロヴィング王の色んな意味で大切な娘と密会していたなんて。ねぇ、何で死ななかったの?」

「自分の娘にまでそんな暴言を受けるだなんて・・。」

「難しい事はよく分からないんだけど。戦争で皆必死になっている時にお姫様といちゃいちゃしていたなんて、普通ならギロチンで処刑されるんじゃない?」

「大丈夫だよ。僕は彼女の同意の上でお話していただけだから。皆が思うようなやましいことはしていない。」

「同意があったかどうかは問題じゃないの。でも、じゃぁ何でその人と付き合えなかったの?」

「いや、別に付き合いたいとか、そういう考えでいたわけじゃないよ。仲良くしたいというか、ある一種のコミュニケーション・・?」

「はぁ・・。もし隠し子とか居たら、私そいつの事殺そうかしら。」

「いないよ!?そもそも殺さないでよ!?」

「もし後11人も私の姉妹(兄弟含む)が存在していたとしても全員一人残らず殲滅させるから。アンナは、お父様のたった一人の大事な一人娘として守って見せるわ。」

「いや、だから隠し子とか持ってないからね?何で皆僕を信用しないんだ!?」

「自分の胸に聞きなさい?」


朝食後、アンナは遠征用の荷物を持ち、外に出た。

リックも以前はこういう事をしていたのだろうか、アンナは興味はあるものの昔の事だけはあまり教えてくれなかった。

当事者の経験を言葉だけでも教えてくれれば役に立つだろうけれど、肝心な部分だけはいつも隠されている。

母親不在、父親が冒険者を早期リタイア、母親の経歴も不明、父親の体には傷があること、母親もまた冒険者であったこと、そしてアンナの高すぎる魔力。

自分の家族だというのに何も知らない。教えたくないのだろうけれど、マリナにとってはリック・クロティルダは出来の悪い父親にしか見えていなかった。

喫茶店の店長を経営してからは丸くなったらしいけれど、あれが本当にS級冒険者だとはマリナは理解できていなかった。

恐らく何かの間違いでそんな高いランクを会得できたのだろう。

身分不相応の能力を与えられ、何等かの事件や任務に当たって精神的に摩耗した結果優柔不断な父親が出来上がったのだ。

恐らく、母親が行方不明であることも彼の優柔不断さに拍車をかけている。

「本当に、彼がそんなに強いとは思えないのだけど。」

後、本当に何人もの美少女と付き合った過去があるとすら思えなかった。

アンナにとって、リックはその程度の人間としか見えない。



アンナはギルド協会に見習い冒険者として登録されている。

見習い冒険者は、危険なフィールドでの討伐や採取に耐えられる体力や魔力をつけるためギルド訓練学校の生徒として毎日訓練や勉強に励む。

普通の学校と違う点として、一か月に一度は遠征という野外授業を受ける。

最短三日間、最長十日間の遠征授業はギルド任務を行うために必要な授業内容だ。

見習い冒険者は更に3人の編成チームを作り、お互いに協力しあってギルドの課題を攻略する。

「おやつにバナナ持って行こうとしたら怒られちゃった。」

「荷物の重みでつぶれるわよ。」

「大丈夫だよ。専用のケースあったのに・・。」

「果物系は野生動物を近づけさせるから駄目。」

「うーん。ばなな・・。」

何でそうバナナを遠征に持ち込む事を頑張って居るのだろうか。

アリカは適当な感じに荷物を整理していそうで、アンナは不安が募るだけだった。

現在、アンナはアリカ、リミの三人でチームを編成し、目的地アデルフェルまでは馬車の中でおしゃべりしている。

「ばななはおやつに入らないわ。」

「朝食だよ。間違えないもん。」

「・・・。」

リミの突っ込みが無駄になってしまった。ある意味正しいが、腑に落ちない。

「この先魔物を討伐するんでしょう?いくら陽性といっても、危険なタイプの魔物なのは変わりないのだから。もう少し気合入れたら?」

「気合はばっちり。」

リミの追及に応じたアリカだが、本当に気合がありそうには見えなかった。

「まぁ、適当に貴方たちを見守ってるから頑張ったら?」

「いや、貴方も頑張りなさいよ。」

「アンナだけずるい。」

「もし危険な状況になったら、私が援護射撃してあげるから。」

「その援護射撃で私たちがどれだけ酷い目にあったか分かってるの?崖に落ちたのよ?」

リミの言う通り、アンナの援護射撃はあまりにも強力過ぎたせいで地盤が崩れてしまう羽目になった。

崖に落ちたリミとアリカは何とか助かったが、問題は陰性種とアンナの戦闘行為によりチームの成績は減点となる。

「だって仕方ないでしょ?チェルシーの巣が破壊されそうになったんだから。」

「チェルシー、アンナにだけなついててずるい。」

アンナの頭の上には、チェルシーが止まっていた。

色鮮やかな色調のレッドウィングは、近くで見ればかなり派手で飽きることは無い。

「もしかして、魔物が飼いたいだけであんなことしたの?」

「違うわよ。でも、使い魔は欲しかったから丁度良かったし。」

「何それ・・。」

「私も使い魔、作れるかな。」

「アリカも頑張ればできるんじゃない?」

「うーん。陽性種でも、人になつくタイプの魔物は限られてるから・・。本当にマリナみたいに野生の魔物をすぐに使い魔に出来るのはレアなんだよ?死後、魔力が失われる前に使い魔にすることは可能だけど。生きている魔物を使役できる人なんてそう居ないから。」

「そう・・?」

「うん。マリナは凄い子。」

「アリカにそう言われるなんて照れるわね。」

リミの方は納得のいかない様子だった。

「おかしい・・。そんなの間違ってる。アンナがそんな純真そうな魔物を使役できるだなんて・・。」

「貴方は私をなんだと思ってるのよ。私だって純真よ。」

「じゃぁ次の戦いで人を巻き込まずに援護できたら誉めてあげるわ。」

「そう。頑張ってみるわ。」

「いや、なんでそうヤル気ないのよ。毎度貴方の援護射撃に当たって居たら危ないじゃない。」

「純正の魔力を放つのも難しいのよ。これだから未だにカリキュラムを予習できないお子様は。」

「数年先のカリキュラムを一気に予習できるような人と一緒にされたくないわね。飛び級制度があったらむしろ楽だったんじゃない?」

「リミの言う通り私は先を行っているけど、そもそもそれ自体成績として評価されないし。ギルド冒険者の飛び級制度なんて原理的に無理よ。」

「無理って。何で?」

「ギルド協会の条約では、18歳以下の就労は禁止されているの。これは他の仕事と一緒で、魔法を使う事のある仕事は特に禁止事項が多いし。見習い程度としてできる事は課外授業で魔物を倒して点数を稼ぐしかないわ。私がいくら魔力が強くて知識があっても、それは年度が上がるまでは評価されない。そういうシステムなの。」

「前から気になってなんだけど。もしあなたが本気を出して勝手に狩りとかしたらどうなるの?」

「恐らく、教会行きでしょうね。」

「教会行き?」

「悪い事をした児童の引き取り先の暗喩。知らないの?リミ。」

アリカの言う通り、教会行きは魔法に関する禁則事項を破った少年少女を一時的に監禁する事だ。

「もしそこに行ったらどうなるの?罰を与えられるとか・・?」

「刑務所とそう変わらないと思うけれど。教会行きの場合、更に魔法に関する教育も兼ねて行われるから。下手に魔法を使って人を怪我させられるよりはいいんじゃない?」

リミからしてみれば、アンナが殆ど本気を出していないという事実を知って居るため彼女があまり調子が出ないのは知って居る。

純性の魔力、俗称では無属性と呼ばれるその魔力を使った攻撃魔法はそう簡単ではない。

起爆性を持つ魔力を一度形成し、魔法陣を土台として対象へ放つまでの術式コントロールは年少の魔法使いが抱える課題である。

その純正魔力にも、放射タイプと弾丸タイプがあり、アリカはどちらかといえば放射タイプの攻撃魔法が得意だ。

問題は、その放射タイプの攻撃魔法を使うにはギルド協会から許可をもらう必要性があるらしい。

そのため今は弾丸タイプの攻撃魔法しか扱えないが、彼女の本気を見てみたいとは少なくともリミは思っていた。


アデルフェルは見習い冒険者の狩場として管理されているフィールドだ。魔物が存在する地域は基本的には一般人は出入りできず、更にフィールドもランク付けされている。

見習い冒険者用の狩場はそれほど強い魔物は居ないが、よく農作物を狙って行動する魔物が頻発するため定期的に狩猟が行われる。

授業と義務的な狩猟を行い、見習い冒険者の経験値を稼ぐためにアデルフェルでは昔からギルドの管轄として管理され続けていた

しかし、その地域でも突然魔物が陰性種となった場合は別でありすぐに上位ランカーを招集しなければならない。

アンナが遭遇した陰性種は、彼女の高威力の魔法によって倒されたが成績には反映されることはなかった。

町の近辺の森にも陰性種が出現するようになった以上、何らかの対策を取らなければならないがその動きは殆ど無い。アンナとしては自分の能力をすぐに認めてほしいが、経験主義的を守るギルド協会は彼女の能力を将来有望である新米としか見なかった。


アデルフェルの奥部まで進み、それぞれの冒険者チームが課題として提出された魔物の討伐任務を行う。

アンナ、アリカ、リミの赤チームはいつもの通り適当に道を進んでいる。

討伐対象は農作物を荒らすメルウィックという鳥類型魔物の討伐。そう難しくはないとアンナは思っていたが、自分が高威力の魔法を使うと魔物の魔力核まで破壊する可能性があるのでそう本気は出せない。

アリカ、リミの背後をアンナはただ守って居るしかできないが・・もしかしたらまた陰性種が現れるのかもしれない。

「お姉ちゃん、キノコが苦手なんだ。」

「初耳だけど・・。何で?」

「昔、お化けキノコに出会った事があって。」

「あぁ、あのキノコ。でも無害なはずよね。」

「無害なんだけど。見た目があれじゃない?」

「あれに出会ったら普通忘れられないと思うけど。」

アリカの姉がお化けキノコに出会ってキノコ恐怖症になった事はアンナはよく知って居た。というより当事者だが、お化けキノコは植物が魔力変異で魔物化した存在のため時々普通の林の中でも発生する。

「キノコが突然人間並みの大きさになって歩いてきて。お姉ちゃんは当時パニックだったとか。」

ある料理研究家曰く、お化けキノコは食べられるらしく美味らしい。そんな状態のキノコを食べようとした人間は狂ってるとしか思えないが。

アンナとアリカの姉が出会ったお化けキノコは魔力核を露出したまま行進してきたため、とりあえずアンナは持っていた剣でその核を破壊。

機能不全にする事に成功してそのお化けキノコからアリカの姉を守っていたわけだが。

そのお化けキノコは見た目が毒々しく匂いも酷いため、そのキノコが集団で蠢いている状態はさすがにアンナも引いていた。

「お姉ちゃん、またキノコに襲われてないか私心配だな。」

「やけにシュールな過去だけど。それで怪我とかしなかったの?」

「大丈夫だったみたいだけど。」

「お化けなんて皆倒せば同じじゃない。」

「うーん。」

「どうしたの?」

「お姉ちゃんがお化けに襲われるほど悪い事していないはずなんだけど。」

「そういうものなの?」

「アンナは分かる?」

何等かの怨念が魔力を変質させて植物や鉱物に影響を与えることはあるだろうけれど、アンナがあの時経験した限りではただの自然発生にしか見えなかった。

「アリカが心配性なだけよ。貴方の姉は別に、ただ運が悪かっただけだから。」

「そうなの?」

アンナは大体の原因を知って居るが、その事を話す気は無い。

魔法使いには何かしらの弱点や欠点はあるが、その特性を言いふらす事はマナー違反だ。

「あのまま放っておいてもよかったけど。あのまま無限発生されても困るのよね。」

「え?」

「何でも無いわ。そろそろあの鳥を見つけないと。」

そのままメルウィックの捜索を開始し、休憩も兼ねて森の中を歩き回る。


探し回ること数時間。そろそろ時間が迫ってきている。

「あ、見つけた・・!」

二匹のメルウィックが果実を食べている様子をリミは見つけた。

派手な色彩をしたメルウィックは見た目馬鹿っぽいが、逃げ足は速いので慎重に事をすすめなくてはいけない。

リミとアリカは剣を構え、ゆっくりと気づかれないようにメルウィックに近づく。アンナは待機したまま、彼女たちを見守っていた。

アンナならこの場所からメルウィックを狙撃する事がは可能だが、二人の経験の邪魔にもなるので控えていた。というより、アンナが他の冒険者と比べ強すぎるせいで浮いてしまっている。

「できれば、私は一人のほうがいいのだけど。」

本気を出せば高ランクのフィールドで魔物を倒す事は可能なはずだが、教師たちは了承してくれない。

どれだけ強力な魔法が使えるとしても、それはただ兵器を持ち歩いている子供と変わらないらしい。

力を持っているからこそあらゆる制限がかけられ、その力を行使しようとした場合はすぐに協会にばれてしまう。

陰性種を倒した時も、アンナの行動はすぐに協会に察知されていたため隠すことはできなかった。

「GO!」

リミの掛け声に合わせ、二人はそのまま突撃を開始。

メルウィックは二人の攻撃に気づいたが、その内一匹は倒す事に成功する。

リミとアリカの二人の斬撃により一匹は倒され、そのまま地面に倒れていく。その様子を見た他のメルウィックはすぐに逃走を開始。

リミとアリカはすぐにそのメルウィックを追いかけていく。そのスピードはかなり速いが、10分もすればメルウィックは捕まえられるだろう。

「全く。二人とも突撃癖のせいで事故を起こすのが理解できないんだから。」

アンナは歩いて、倒されたメルウィックに近づく。その遺体に手をかざしそのメルウィックの中を感知していく。

そして、メルウィックの体の上に小さな魔法陣が形成され、その中から赤い結晶体が抽出される。

魔力核。魔物を魔物たらしめる物で、原理は不明だが殆どの魔物はこの核のせいで魔物として行動しているらしい。

この魔力核が何等かの原因で暴走することにより陰性種と姿を変えるが、その原理もまた不明のためアンナは意味の分からない物を手にする感じになっていた。



「もう、足が速いよ!」

アリカの言う通り、二人がいくら魔力補強による走行でもメルウィックに近づくのは難しかった。

大きなアヒルみたいな形をしたそのメルウィックの速度は下手をしたら馬並みではないか。

「木にぶつからないようにね!」

前にアリカが木に衝突したせいで気絶した事があるため、今回は慎重に行動しなくてはいけない。

森の中での走行である以上、メルウィックもそこまで早く行動できないはずだが。

「この、いいかげん捕まりなさい!!」

リミによる攻撃が当たりそうだった。メルウィックは頭の後ろに目がついているのか、そのリミの攻撃を回避して方向転換する。

「あわわわ、取り逃がしちゃう!?」

「ちょこまかと!」

だだだだだ、とメルウィックは二人から逃げていく。猛獣に襲われている野鹿のように、ただひたすら速度を上げていった。

「くらえ!」

リミが投げつけたナイフ。それをメルウィックはまた回避し、跳躍して木と木の間を三角蹴りして崖の上まで行った。

「え?」

「嘘・・でしょ?」

まさかのメルウィックのとてつもない運動能力にリミとアリカは驚愕していた。

重力を無視したかのような行動に呆気を取られていたが、このままでは逃がしてしまう。

「追いかけよう。」

「このままだと別の人に取られちゃう・・。」

二人が頑張って、その崖をよじのぼっていく。このままメルウィックを追いかけ続けることで二人の魔力も限界が来るだろう。

一分でも早くメルウィックに近づく方法は無いのだろうか。

二人が走って、やっとメルウィックに近づいていく。今度こそはあのメルウィックを仕留める、魔力の総動員を兼ねて二人が突撃しようとする矢先だった。

そのメルウィックは走っていた地面の下に突然魔法陣が展開される。メルウィックもそれに気が付いていたが、行動を起こす前にその魔法陣の光が最大化し爆発を引き起こす。

リミとアリカは突然目の前の獲物が爆発したようにしか見えず、その場で地面に座り込んでしまった。

「全く。追いかける事しか考えてないなんて。これじゃ猫の方が優秀なんじゃないかしら。」

木々の影からアンナが出てくる。

「あ、あれ・・?アンナ?」

「二人とも、普通にこっちに戻ってきたからそんなに走らずに助かったわ。」

「え?戻って来た?」

「貴方たち・・そんな行動ばかりしてるといつか遭難するわよ。」

リミは何が何だかわからず茫然としていた。

「えっと、私たち・・まっすぐ走って居るつもりでかなり大きな円をかいていたのかな。」

「そうね。メルウィックも遭難したくないからある程度自分が知って居るフィールド内を歩くのだけれど。貴方たち二人はそういう意味では減点対象ね。」

「せ、先生みたいに言うなー!」

リミは叫んだが、殆ど何も作戦を考えずメルウィックを討伐しようとしたのは彼女だった。

最終的にアンナが倒してしまうのはこれで何度目だろうか。討伐任務は果たせたが、気分はあまり晴れない。

「うー、またアンナにとられたー!」

「そんなに悔しかったら突撃する癖を止めたら?」

「なんでアンナはそんなに強いのよ。」

「さっきの魔法は見習い魔法使いでも使える、ただの地雷系の魔法よ。私がその気になれば、この森一帯を地雷原にすることは可能だけれど。」

「アンナは、さいしょからこっちに戻ってくるのが分かってたの?」

アリカからすると、アンナはある程度予測していたように見えていた。

「全部は分かってないから。次の狩猟時間、もし二人が必要以上に追撃をしようとした場合は二人ごと爆破する事になるけど。」

「ま、また私たちを囮に使う気!?」

「そうね。囮というよりはトラップ扱いだけど。」

「私は自分の力で倒したいの。」

「逃げる相手なら飛び道具使った方がマシなんだけれど。青チームのユフィアみたいに、弓ぐらい使ったらどうなの?」

「私は刃物系が好みっていうか、むしろこの戦い方じゃないと生きていけないんだから。」

リミの危ない性癖は多少知って居るが、そんな事で毎回獲物を取り逃がされるのは勘弁してほしかった。

「アンナは、私たちじゃなくてユフィアと・・一緒の方がよかったの?」

「まさか。あんなのと居たら逆につまらないし。」

「つまらない・・?」

ユフィアは人間とエルフのハーフで、何らかのエルフの狩猟術をマスターしている。むしろアンナとユフィアは似た者同士のため、結果的に魔物討伐が簡単にすまされてしまう可能性はあった。

更に、ユフィアはアンナよりも狩猟を上手くこなせるスキルを持っているためライバル意識は多少あった。

「全く・・。何を考えているのかしら・・私。」

「そんなに言うならアンナも追いかけたら?陣形なんて義務的に守らなくてもいいのに。」

「どうしてそう戦闘民族みたいな奴しかいないのかしら・・。大体、私は魔物相手でも倒すのは気が引けるんだから。」

「戦いたくない、の?」

リミは半ば困惑している感じではあった。

「リミ、アンナは私たちみたいに血筋がグロテクスじゃないんだから。そんなに魔物を倒す事を迫らないの。」

「アリカ、時々凄い事言うよね。確かに私とアリカは先祖が騎士だったり吸血鬼狩りだったりするけど。」

「アンナの場合は先祖代々魔法使いの家系だから、そもそも私たちみたいに見ている物が違うの。」

どうしてアリカがそこまでアンナを見ているのかは謎だが、アンナの父親側の血筋もリミやアリカほど濃い経歴はない。

血筋で人を判断するのもどうかとは思うが、アリカは恐らくアンナは血で血を洗うタイプの人間ではないことを証明したいようだ。

「つまり・・?」

「リミみたいに夜な夜な刃物を砥石で磨くのが趣味の女の子じゃないの理解できてるの?」

「リミ・・貴方・・。」

「ち、違うから。私はただ暇だからしょうがなく明日のために刃物の切れ具合を調整してただけだから!」

「まぁ、リミの猟奇的な趣味は置いておいて。次もまた取り逃がす事があったら貴方たちごと吹き飛ばすから。覚悟しておくように。」

「だ、だから何で私たちごと吹き飛ばすのよ!?」

「私、(弱い奴と)戦うのが苦手だからどうしても加減ができないのよね。」

「加減て。最初見つけた時にアンナが倒せばいいじゃない?」

「それは無理じゃない・・?」

「え?」

リミの考えを、アリカはあまり肯定できなかったようだ。

「いくらこの辺りの魔物でも、アンナみたいに強力な魔力を持っている魔法使いが魔法を使役しようとしたらすぐに気が付かれるとおもうし。私たちの突撃だって、一応気配遮断スキルを使って攻撃したから。一匹は確実に倒せた。でも複数の敵を相手にできるほど、魔物は鈍感じゃないもの。もし、あの時あの二匹を同時に倒したいのなら、アンナが禁止されている規定以上の術式を使わないといけない。それはリミも知ってるよね?」

「それ、かなり不公平じゃない・・?何でそんな厳しい制約なの?」

「ついこの前、陰性種を倒した事でさらに厳しくなったのよ。」

アンナが告げた真実に、リミはただ現実の理不尽さに黙る事しかできなかった。陰性種を倒して、自分たちがアンナに助けられたという事実があったとしても能力は制限される。

何故そんな事になるのかリミは理解できず、魔力核を回収して集合場所に帰還する方を選んだ。



夜。リックは喫茶店でテーブルを綺麗に拭いていた。あまり客は来ないが、とりあえず経営には困らない程度にはなんとかしているつもりだ。

「はぁ・・。大丈夫か・・アンナは。」

「あの母親の娘なら大丈夫じゃないかしら。」

別の客席には、軽装の鎧を着た赤髪の少女が居た。

アミリア、リックと元同僚であった女性の親族で昔リックが世話をしていた事がある。

「ギルド冒険者の修行は長いから、別にそう焦らなくても問題は無いわ。」

「分かっては居るんだけれどね。」

「貴方も今は喫茶店の店長だけれど、昔はS級の冒険者だったのなら長い目で見たらどう?そう毎回、目の前でため息をつかれても客に迷惑じゃない?」

「そう来ないからなぁ。」

「私は客のつもりで来たのだけれど。」

「君だって任務が無さそうじゃないか。」

「適当に金を稼げれば、後はゆっくりするのも悪くないし。」

「アンナがまたおかしな事をして協会からなにかされないか、君は気にならないのかい?」

「協会、昔から嫌な人の集まりだものね。」

「僕としては、アンナをギルドの冒険者にはしたくないんだ。」

「母親と同じ道を歩ませたくないから?」

「いくらS級冒険者でも、ギルド協会を黙らせる事はできないんだ。現実はそう甘くはないし、僕は昔から馬鹿だからね。」

「・・・別に私は貴方を馬鹿にはしていない。他の皆も貴方を尊敬しているわ。」

「そう言ってくれるとありがたいけど。アンナはいつも僕をダメ人間扱いするからね。」

「それは、彼女が反抗期なだけよ。昔の私みたいに、ただ生意気なだけだから。」

「君とは少し違うし。アンナは僕の娘だからね。」

「・・・。」

アミリアとアンナでは、そもそもリックにとっての存在の重みが違う。

アミリア自身が昔リックに助けられたりして嫌味を言ってしまっても怒られなかったからといって、アンナとほぼ同レベルの地位を持っているわけじゃない。

むしろ、アンナという存在が出来てから当時のような関係にはもう戻れない事は分かって居るつもりだ。

「・・・」

そのリックの妻、アンナの母親に対してもアミリアは畏怖の念を感じていた。

アンナはその母親に比べると性格は随分違うが、強力な魔力の波動をアミリアは懐かしくすら感じる。

冒険者ギルド校舎での魔法演習を見学した時、協会から限界解除の申請許可を受けたアンナの本気は周囲に居た人間たちを圧倒させた。

もはや見習い冒険者で居る事自体が不可解なほどの魔力、協会にとっては経験と年齢の不足が彼女を危険と判断する要因になっているが・・。

アミリアはその魔力をまた肌で感じる事ができたことで、その場で号泣してしまうほどだった。

「結局、私はリックの娘にすら勝てない・・。」

「勝つ必要性は無いんじゃないかな・・?」

「・・・・。お酒。もう一杯くれる?」

「いくら成人したからって飲みすぎだと思うけど。」

「最初頼んだ時からずっと思うんだけど。私はそもそも成長してるんだからね。」

アンナが生まれた当時はアミリアは14歳。それよりも前からリックの事を知って居るともりでは居たが、彼はまるでその当時からアミリアを子ども扱いしている感じがした。

それが許せないわけじゃないが、正直自分の見た目が子供っぽいせいもあるので納得できない。

「むしろ横幅の方が成長するんじゃないかしら?」

ぱきん、と受け取ったビールのコップにヒビが入る。

突然聞こえて来た少女の声の持ち主は、この店のアルバイトの女の子だ。

「な、ナナカちゃん・・。今のはちょっと。」

「店長もちょっと甘すぎるんじゃない?いくら店長の事が昔から好きだったからって、ギルド任務を適当にこなして店に来るんだから。そんな野蛮な人だから今も独身のままなんですよ。」

ヒビが入ったコップからビールが流れ出て行ってしまう。

リックはその様子に慌てていたが、その努力もむなしくアミリアは傍に置いていた剣を取る。

「ふふふ。接客態度があまりよろしくないわねこの小娘。」

「えー?飲んだくれに言われたくないんだけど。その若さでやばくない?」

「毎度毎度貴方は会った時から気に食わないわ。第一、何でアルバイトのくせに一級品の剣を腰に装備しているのかしら。」

「私、お兄ちゃんが剣士なんで。よくプレゼントしてくるんですよね。」

「何て奴だ・・。」

ナナカから聞いた衝撃の事実にリックは頭を抱えた。ナナカの兄であるフロドは知って居るが、まさか自分の妹に戦利品を分け与えているとは。

いや、アルバイト申請してきた時から気が付いていたが、その時は単純に彼女の趣味だと勘違いしていた。

危険物じゃないからまあいいかという、S級冒険者に共通する慢心。

ようは普通の人にとっては非常に危険な存在ではあるが、S級冒険者からしてみればナナカのような存在はスルーしてしまう。

「全く・・。」

どっちにしろアミリアはまだ飲む気満々だった

「まぁ僕もかなりいい歳なんだけどさ。特にギルド冒険者の魔力のピークって今ぐらいだから、むしろこの先大事にしていかないと・・。」

「そんなに年齢が大事なんですか!?私はリックの事こんなに思ってるのに!?」

「いや、僕は既婚者・・。」

「まさか、リックはナナカまでも手にかけて・・そんなに男は若い子じゃないと駄目な人しか・・。うっ!?」

突然ナナカは抜いた剣をアミリアの首にかける。

「いくら酒に酔っているからって暴れるのはマナー違反ですよお客様?」

「あ、あの。剣、剣。」

「全く、私が仕事している傍からどうしてこう貴方のような冒険者は自己中心的な事でつっかかるんでしょうか。ねぇ店長、この人殺していいでしょうか。」

「殺しちゃ駄目だよ!?」

「な、何で・・後ろを取られるだんんて・・。」

「冒険者ばかりが強い時代じゃないんで。いや、昔からだけど。」

とりあえず剣は納めてくれたようだ。

「私、駄目なのかな・・。」

「んー。店長、いっそこの人を貰っちゃったらどうですか?」

「そんな事したら僕は知り合いに確実に殺されるから。君分かってて言ってるよね。」

「昔からの知り合いなんでしょう?10代の時はハーレム王とか呼ばれていたじゃない?」

「その当時は確かにそうだったのかもしれないけど、その時の過ちのせいで今も王様や貴族に目をつけられているし。もしまた何かあれば僕は恐らく毒殺される。」

「店長、一体何人くらい彼女作ったの?」

「・・見積で10人ぐらいは確実に付き合ってた。」

「アミリア!?」

椅子に座り込んでいたアミリアは普通にリックの過去を漏らしていた。

「噂の、お姫様といけない関係をもっていたというのも、醜悪なゴシップの類ではないと?」

「うん。あのお姫様は当時からかなり人気があったけれど、そのお姫様をあろうことか冒険者がちょっかい出したことで国中の貴族から壮大なブーイングが・・。後、貴族の娘からも告られたりしていたみたい。」

「えー。」

「アミリア、ストップ!これ以上言うのは流石にまずい!!」

「当時、まだA級冒険者だったけど。その実力が評価される反面女性関係には問題があって、当時関係していた女性陣が年を重ねるごとに当時の事をネタにするのが今のブーム。」

「つまり、アンナという一人娘ができた後は、元ハーレム要員はリック店長をネタにするのを楽しんでいると。」

「怖い、怖すぎる・・。いや、待って、少なくともそこまで心は汚れていないはずだ。」

「どうかしら・・?大体、僕が守るからとかその気にさせておいて次から次へと女を作っては突然結婚したりするもの。当時『若かったから』よかったけど。今にしてみれば正直処刑物の愛憎劇だったわね。ナナカちゃん、おかわりくれる?」

「あ、はい。何か物凄く今のアミリアさんの事好きになれそうです!」

「待って。僕の立場は今どうなってるんだ?」

「何?そんなに聞きたいの?聞いてどうするつもり?別に誰もリックの事嫌いになったりしていないわ。でもね、別にハーレム要員だけじゃなくその関係者からしてみれば貴方にたいするヘイト値はかなり高いわ。」

「そ、それは知ってるつもりだけど・・・。」

「王様から目をつけられていたものね。今では喫茶店の店長をしているけど・・私は全員と結婚するとばかり思っていたから。」

「いや、重婚は認められていないからできないだけで・・。そもそも僕はだれも傷つけていないはずだ。」

「生首にするわよ。」

「生首!?ちょっと、剣はまずいから!しまって!」

「アミリア様。生ビールの追加ですー。」

「ナナカも何で止めない!?」

「んー。私としてはもう少し冒険者の昔話を聞きたいだけなので。結局、何人くらいの女性が本気になっていたのか。」

「貴方は知らないだろうけれど。彼の目の前では多少の事平和にしていたけれど、影ではかなりギズっていたわ。」

「なるほどぉ。それでアミリアさんはどうしていたんですか?」

「別に。当時10歳だった私はいい歳して喧嘩していたアホな子だと思っていたけど。」

「待って、僕が居ない間何があったの!?」

「言ったら言ったで面白くないわね・・。ナナカ、貴方には特別に教えてあげるわ。」

「きゃっ、何かかっこいいです。あと先に行っておくと店長頭おかしくないですか?」

「待て。僕は別に何も悪い事してないよな!?」

「愚鈍・・。」

当時をそこまで語るつもりはアミリアにはなかったが・・。

「本気にしていた人は数パーセント。つまり、私が、その人の嫉妬の被害に遭っただけよ。」

場が凍り付いた。

流石にナナカもこいつはやべぇとすぐにその場から退散してしまう。

今日の夜はそれほど客が居ないので助かったが、この先店長がどうなるかは未知数ではあった。




周囲に殆ど明かりが無く、空は快晴で星空がよく見えていた。春といえどかなり肌寒いが、その空間にただ居るだけで魔力が一瞬で回復できるほどのマナの密度がある。

アンナは夕食を摂った後、キャンプの外でただくつろいでいた。

「冒険者の日常がいつもこうならいいけど。」

リック・クロティルダは元S級冒険者であり、母親は今現在行方不明。行方不明と言っているため死んでいるというわけじゃないのは分かるが、協会も父親も・・彼の関係者も話してはくれない。

過去に一体何があったのかは実の娘にも語られず、むしろ風化させようとしているように感じる。

「皆、忘れたいのかしら。ユーナもアミリアも教えてくれない・・。噂のお姫様本人にも会えない。」

忘れたいほどの過去なら、仕方が無いのかもしれない。

「こんな所でどうしたの?」

金髪碧眼のエルフ、ユフィアがいつの間にかアンナの傍に居た。

「別に。」

「ホームシック・・?」

「私がそんな可愛い生き物だと思っているの?」

「そうね。」

「貴方は・・それぐらいやったの?」

「課題のこと?6匹程度は倒したけど。7匹目は逃げられたわ。」

戦略的に青チームの方が有利だとは分かっていたが、2対6はどうしても差が大きく感じられる。

いくら射撃魔法や地雷魔法が使えるとはいえ、相手はそう簡単に当たってくれない。むしろ気配遮断スキルを上手く使い、弓矢で一方的に魔物を射殺できるユフィアの方がまだ楽に戦えるだろう。

魔物は基本的に魔力に対して敏感であり、弱点である魔法による攻撃を極端に恐れる。アンナのような存在はギルド冒険者としてはうってつけの逸材だが、それを協会は無視してアンナを拘束するような真似をしている。

それはユフィアも知っており、陰性種を倒してからも尚更気になって居た。

「流石、エルフだけあるわね。」

「・・・今回の遠征はチームワークを深める事が目的であって、競争することが目的じゃないわ。」

「そうね。」

「それに、エルフはそう特別な存在でもない。ただ人間より魔力が高いだけで・・それならむしろ私の方が魔物に気づかれる場合もある。魔力の許容量が大きい存在は、どうしても中身があふれてしまうから。その気配を察知されてしまえばすぐに逃げられてしまう。ある意味、貴方はうまくやっているほうだと思うわ。」

「・・・ユフィア。私はそう貴方が思っているほどいい人間じゃないわ。」

「そうなの?」

「私は、できれば父親と同じS級冒険者になりたいと思っている。むしろそのランクでなければ、私の魔力は解放しきれない。」

「そこまで、貴方の魔力はあるの?」

「でも、公式の記録を見る限り・・私の母親は戦う事自体が稀だから。実際の所私の魔力がどういったものなのかは分からない。エルフとも人間とも違うのに、協会はただ私をちょっと魔力が高い女の子という形でしか見ていない。」

「あくまで経験主義だから。それに、知識の面ではまだ私たちは知らないことが多いし。そう心配する事は無いわ。」

「貴方は、一体何になりたいの?」

「貴方と同じかな。S級冒険者になれば、世界の果てまで行く事を許されるもの。」

この世界は基本的に普通の人間が活動できる領域が限られている。

危険な魔物から人間を守るために、町は基本的に結界が張られていたり大きな壁が建設する事が多い。

そして、フィールドごとにもギルド冒険者が侵入できる領域が細かく決められており、冒険者であってもそう自由に行動できるわけではない。

S級冒険者は、全てのフィールドに協会の申請無しに侵入する事を許される特別な階位だ。

その最高ランク保持者はユフィアの言う世界の果てまで行く事ができるらしい。

アンナの両親もその世界の果てまで行った事があるのかどうかは分からないが、その世界の果てにはまた別の異世界にさえも行く事ができるという。

S級冒険者に認定される人間は数えられる程度で、歴史上の人間を全て合わせても数百人程度しか居ない。

リック曰く、S級冒険者にも上と下があったりして行ける場所が限られているため、彼が世界の果てに行けたかどうかは実際疑わしい。

「その世界の果てって、一体何なの?」

「知らないの?」

「私の父親は愚鈍だから教えてくれないわ。」

「愚鈍って・・他に言い方無いのかしら。」

「無いわ。唐変木で朴念仁、優柔不断で女の子をたぶらかすのが趣味な男だもの。」

「う、噂通り本当にそうだとしたら。多分彼の命なんて無いんじゃないかしら。」

「無いわね。」

「仮にも、貴方のお父様なんでしょう?」

「私の親の話なんてどうでもいいのよ。世界の果てって、結局何なの?」

「授業で習わなかった?」

「寝てたわ。」

「大物ね貴方は。先生じゃなくて私から聞きたいだなんて。まぁ、それも悪くはないけど。」

「どうしたの?」

突然照れたようなしぐさをしたが、それをアンナは単純におしゃべりするのが恥ずかしいだけだと思っていた。

アンナに自分が教師役として何かを教えるということに一種の恋愛に近い感情を抱いている事に気づいていないのは父親と同レベルである。

「世界の果ては基本的に、一番危険な地帯を抜けた先にある未知の領域でもあるの。この世界はかなり昔は平和な世界だったけれど、人間が魔法を使えるようになって、魔物が出現するようになってからは人々は分断された。

歴史的に事実だと思われているのは、900年前に存在していたモルド王国が吸血鬼の王城となってしまい、周辺の国々を滅ぼしたこと。

この事件によってそれより過去の膨大な歴史書や美術品が失われ、無かったことになってしまう。人類の歴史が一度そこで終わったことになったとも言われているわね。

でもいまもこうして続いているのは、生き残った人たちが何等かの方法で子孫を残すことができていたからだけど。その方法は不明。

こうして、人間の住める環境は魔物によって限られる形となり、私たちはその世界の中で生きていくことになる。

問題は私たちが知って居る領域よりも外の世界を知らないため、そこに何があるのかも分からない。もしかしたらもっと非常に凶悪な魔物が存在しているかもしれないし、逆に平穏なユートピアが存在しているのかもしれない。

その場所にS級冒険者は過去に到達した事があるらしいのだけれど、文献はどれも矛盾しており、本当に誰かがその場所に到達できたのかも不明なまま。私たちは限定的な空間の中で生きていくしかないのかは、今でも議論の最中である。」

「・・・。」

900年よりもずっと前、人類は確かに魔法を使えなかったらしい。そして、魔物も存在しておらず人々はもっと広い領域の中で生きていた。

今よりも人口が多く、出生率にブレーキがかかることはあまりないらしい。

魔法が使えるようになり、魔物が出現するようになってから人類は追い詰められ今のような生活をとっている。

魔物から逃れるようにして暮らしている人間、冒険者として危険な任務にあたる事を選んだ人間が二極化していったが・・それでも世界の果てを見た人間は居ない。

「つまり、誰も分からないってこと?」

「伝説では、異世界へ通じるゲートがあって、そこを通ればまた更なる領域が現れるらしいけど。でも、協会はもしかしたらもっと何か知って居る事があるのかも。」

「協会の人たちしか知らない・・?」

「まぁ、流石に誰も、異世界が存在するなんて信じてないけど。でも私はそういうのが見てみたい。」

「乙女ちっくね。」

「アンナだって、そういう不思議な世界がみたいんじゃないの?」

「私は、よく分からない。」

「え?」

「私はただ、自分を解放できる場所を探しているだけだから。」

「そうなんだ。」

「昔は魔法を使えなくて、魔物も居なかったのなら。昔は一体どういう世界だったのかのほうが気になるわね。」

「きっと普通の世界だったんじゃないかしら。」

「意味がよく分からないわ。」

「私もよ。」

「あなた実は私をからかってるの?」

「多少なりとも、私は貴方の事を気にしているつもりではあるけれど。じゃぁ、もしあなたは魔法の使えない女の子だったら、どういう事をしたらいいと思う?」

「どうって。そんなのはよく分からないわ。」

「もしかしたら、今よりももっと素直で。町でパンを焼いている、とてもいい子だったりして。」

「パン屋職人・・・?」

「うーん、もっとこう柔らかく言ったつもりなんだけど。伝わらない?」

「伝わらないわ。というより、それってただの女の子じゃない。」

「貴方は、普通が嫌いなの?」

「分からないわね。でも、そういう世界の人たちって一体どうやって暮らしているの?」

「え?」

「魔法が使えないんでしょう?なら、生活しようが無いんじゃない。」

「え?あぁ・・・うん。まぁ、生活しようがないのは正しいのかもしれないけど。」

「生きていけるのかしらね。そういう人たち。色々やることがあるのに、病気とか怪我をしたらすぐに終わるんじゃないかしら。」

「魔法が無かったら、人間はすぐに死ぬの?」

「病気だって、たいていは魔法で完治させるけれど。本当の所病気も一体なんなのかよく分からなくて治療しているもの。風邪だったり、よく原因が分からない病気とか。それも魔法で治癒しているだけだから・・。」

「あぁ、つまりアンナちゃんは魔法が使えないという事に心配しているんだね。実を言うと、意外と大丈夫だから。」

「え?」

「私たちのエルフの一族の中にね。魔法を全く使わずに人が一生を安全に終える方法を探していて。

結界の中で魔物と出会わないようにして、更に特別な薬草を使わずに普通の食べ物を育ていた人たちが居るの。

その人たちが頑張って色々な事をした結果、何とか一世代の人たちは生きていく事ができた。というより、それも一つの人間の生き方だというのが彼らの結論になってるの。」

「意味がよく分からないのだけど。

つまり、魔法を使えないのが本来の人間なの?」

「うーん。本来の、というか。それも一つのありかたっていうか。

私たちの使っている物の起源もよく分からない事ってよくあるでしょ?」

「確かにそうだけれど。それって気にすることなの?」

「生き物はともかく、物は人間にしか作れないから。それが一番重要なことなんだと思う。というより、私たちはちょっと運がいいだけだと思うから。」

「運が、いい?」

「歴史っていうか、物というか。それらも含めて私たちはよく分からない状態で生きてるから。皆気づいていないけど、私たちの着ている服や物などの芸術的な基準、起源が分かって居ない。

エルフですら、そういうものがよく分からないから、過去の研究はよく行われているけど。結局900年よりも前の事は誰も分からない。」

「分からない事尽くしだけど。人間が作ったというだけで、それ以上も以下もないんじゃないかしら。」

「誰も知らないというのが私やエルフにとって怖い事なの。理解できないんじゃなくて、知らない、知ることができないのがポイントかな。そんな状態のまま生きている私は、結果的に一番今の状態をよりよく知る方法は、世界の果てまで行く事なんだと思う。」

「随分壮大な理想ね。」

「貴方のお父さんだって、本当は出来るんじゃないかな。」

「何で?」

「信用されていないの?貴方のお父さん。」

「残念だけれど、私の父親は年を重ねるほど信用されなくなるという呪いがかかっているのよ。」

「それはまた酷い呪いをかけられたね。でも、何十人も女の子に手を出したんだから、それはそれで対価を支払っているのかな。」

「それはよく分からないわね。父親といえど、少女に手を出し続けた事で妬まれているのは事実だし。ある意味、最終的に酷い死に方をすると思うわ。」

「うーん。もし、私が貴方のお父さんと同世代だったら・・変な事されちゃうのかな。」

「殺すわ。」

「いや、もしもの話だよ本気にしないで?」

「あの男の事だもの。もしかしたら2、3人はまた新しい女を作って居るわ。」

「そこまでしないと思うけど・・。元S級冒険者である以上、節度は持っているんじゃない?」

「女関係に関しても冒険しているような男なんだから、もしかしたらって事もありえるわ。」

「本当に信用していないんだね・・。それだって、今はもう喫茶店の店長でしょう?」

「私はある一種の危険も感じているの。自分の能力を過信してまた取り返しのつかない失敗をする可能性だってあるわ。むしろ、大きな成功をした人間もまた大きな失敗さえする可能性はあるもの。」

「娘の前でそんな酷い事するの?貴方のお父さん。」

「むしろ私にあまあまだけれど。そうね、時々怖いお姉さんが男の人たちを連れてお父さんをいじめてたけれど。何故か私にはお金をくれたりしていたから、今が人生の絶頂期じゃないかしら。」

「悪い意味で絶頂期じゃない・・。助けたら?」

「大丈夫よ。父親が昔しでかした迷惑料は既に支払われているらしいから。」

「ある意味、世界の果てよりもお父さんのほうが気になってきたわね・・。」

「見た目の割に失敗のスケールが大きすぎるのはどうかと思うわ。建物の損壊だけは軽く億単位いくみたいだし。」

「うーん。もはや伝説と今のギャップが激しいというか。それでよく今まで生きてこれたわね。」

「でも、そんな男でさえ世界の果てに言った事もないのだから。実際の所、そんな場所すらあるのかも疑問。」

「うーん。私はあると考えてるんだけど。そうだ、競争するのはどう?」

「嫌よ。」

「即答された・・!?」

「・・・・。」

大体いくら頑張ったところで、自分の父親の気は晴れそうにないだろう。

億単位の建物の損壊を引き起こすような攻撃魔法を出した元S級冒険者の伝説は、今では完全に風化して女関係の噂が盛り上がって居る。

それほどまでに今と昔では彼の性格はギャップがあり、アンナですら真偽を疑うような話は五万とある。

自分の妻が行方不明となり、残された一人娘を頑張って養育してきた彼はこの後どうするべきか。

それは14歳の一人娘が考えることではないだろうけれど。アンナとしては、元S級冒険者の話などどうでもよかった。

既に終わった話ではあるし、恐らく女性関係もかなりの部分が脚色されているはずだ。

醜悪な噂話など惑わされず、教えてくれないのなら自分から暴き出す事を選ぶ。

「ちなみに、その怖いお姉さんってどういう人なの?」

「元ハーレム要員みたい。」

「その言い方を行く限り、教育に悪すぎる父親だと思うんだけど。」

仕方のない事だとは思う。もう既に壊れているのだから、元の彼の男性像を知らないアンナには直す方法がないのだ。



昼間はただひたすら走り回って居るメルウィックは、夜に巣に戻れば大人しくなる。

仲間が冒険者によって倒されている事を知る由もないが、そこまで気にするほどの知能もない。

夜になれば眠り、朝になれば獲物を求めて徘徊する。

原始的な生き物としての習性を実行することになんら問題は無いが、問題はメルウィックは魔物であって動物ではない。

メルウィックは一瞬、魔力の異質な波動を感じていた。

起きてみると、仲間の一匹が異質なオーラを帯びているのが見えていた。

メルウィックは異常を感知して逃げようとするが、それよりも早く仲間によって絶命させられてしまう。

陰性種となった魔物は、そこで魔物と呼ぶにふさわしい行動を取るようになる。

体が変質し、禍々しい姿へと形や色を変えて暴走する破壊魔。

魔力だけをただ求め暴飲するその存在は、既に自分の意識さえも無くなっていた。




遠征二日目。一日中狩猟活動を行う予定であるその日、見習い冒険者は皆やる気満々だった。

アンナだけは、ただヤル気が無い・・というより出せない様子で参加するしかなかった。

今回もメルウィック討伐に参加する事になり、それぞれのチームは行動を開始する。

昼食は各自調達という条件もあるので、そういい加減にはできないが。

昨日、何故ユフィアは妙に饒舌だったのかよく分からない。

あんなに喋るタイプだとは思っていなかったので、アンナにとっては意外でしかなかった。

恐らく、何かの気の迷いだろう。

遠征が思いのほか楽しくてつい羽目を外したに違いない。

友人?の奇妙な行動に適当な結論をつけて、アンナは赤チームの後方を守ることにした。



メルウィックの討伐に関して、赤チームは作戦の方針を変更する事にした。

リミが先回りし、そのメルウィックの後方から襲撃する。メルウィックが驚いて前方に逃げて来たところを正面からアリカとアンナが仕留める作戦になった。

最初は上手くいくか分からないと思っていたが、思いのほかその作戦は成功していた。もしかしたら、失敗するのかもしれないと考えていたけれど。

三人の連係プレイの強化によりメルウィックの討伐率が大幅に上がり、昨日は2対だけだったが午前中に5体ほどは倒すことができた。

「よっしゃ飯だー!」

「リミ、声大きすぎ。」

アリカの言う通り、少しはしたない気はする。

「昨日よりも調子が出て来たんだからいいじゃない。」

「調子に乗って変な事しないでよね。」

「大丈夫。次も何とかなるって。」

「はぁ・・・。」

とりあえず、今回の討伐はある程度いい成績になるだろう。

アンナは持っていた水筒の水を飲んで、適当に休憩しようとした時だった。

どくん、と胸がなる。

何か異質な気配がして、アンナはその水筒を落としてしまった。

「アンナ?」

「どうしたの?」

何かが来る。あの時と同じ、でもどうしてそれがまた来るのか理解できる事ができなかった。

そんなものがここに居ていいはずがない。

チェルシーを保護しただけで十分だったはずだ、それなのに、何故また来るのだろうか。

「二人とも、早く先生の所に戻って。」

「え?」

「ちょっと、何処いくのアンナ!?」

すぐに走り出したアンナを二人は追う事が出来なかった。

彼女の魔力強化による疾走も、実際の所は二人よりも速い。

「アンナ・・?」

彼女をすぐに見失ってしまったが、後悔するよりも先に彼女を止められる人を探すしかない。



走る。その先にあったのは一回り大きくなった黒い四足獣。おそらくは狼か何かの魔物が陰性種になったものだろうけれど、問題は既に犠牲者が居た事だ。

「まさか、そんな・・!」

「あ、アンナさん・・!?」

「逃げなさい!」

他のチームの見習い冒険者に対し、逃走を呼びかける。

杖を向け、魔法陣を展開。正面の敵に対しアンナは攻撃魔法を規定ギリギリの所まで術式編成する。

恐らく、後で怒られるだろうけれど。

アンナが射出した攻撃魔法が命中するが、思った通りその攻撃はあまり効いていない。

目くらましにはなっただろうけれど、これでは倒すのは無理だろう。

「アンナさんも早く!」

「陰性種は私しか倒せないんだから、先に逃げなさい。」

「わ、分かった・・!」

そう言って、彼女が逃げようとした。

アンナは目の前の敵に集中しようとしたが、その後に突然悲鳴が起きる。

「え?」

逃走しようとした先ほどの女子が、他の陰性種によって攻撃されたのが見えていた。

まさか、一匹だけではなく二匹居たのだろうか。

こんな場所にどうして陰性種が二匹も現れるのか。

アンナはその突然の出来事に思考を停止してしまいそうになった。

今、うろたえているのは拙い。一匹目の攻撃を何とか回避し、杖の先に現出させた光の刃でその敵に応戦。一気に後退し二匹目の真下に地雷魔法を急速展開させた。

無論、これだけで倒す事はできない。すぐにアンナは攻撃された女子を拾ってその陰性種たちから退避する。

一体、自分が何を間違ったのだろうか。

もしユフィアだったら、この状況をどうするのだろうか。




「凄い・・傷、治ってる。」

傷口に治癒魔法が成功したことにアンナは安堵していたが、称賛されると妙に照れ臭くなる。

「アンナさん、やっぱりすごい人なんだ。」

「まさか・・。さっきのせいで、貴方死にそうになったじゃない。」

「陰性種が二匹も居るだなんて思わなかったから。この辺り、危険な魔物なんて居ない筈なのに・・。」

「大丈夫?」

「物凄く、痛かった・・もし、ギルドで失敗とかしたら・・私は。」

遠征はその失敗をしないための訓練だったはずだが。自分では手に負えない魔物に出会った事は、彼女にとっては主にだろう。

「でも、アンナのおかげで助かった。」

「えぇ。でも、仲間から少し離れ過ぎたわね。」

「すぐに、戻りたいけど・・足が・・。」

体を爪で切り裂かれた時の痛みを思い出した彼女は、体の震えを止めることができていなかった。

「私、やっぱり向いていないのかな。」

「仲間と一緒に居て冷静に対処すれば死にはしないわ。」

「でも、さっきのは何なの?」

「私も分からない。」

陰性種が何なのかよりも、今はこの状況をどうにかするほうが先だろう。

「・・・アンナは前にも陰性種と戦った事あるんだよね。そのチェルシーを助けるために・・。」

「えぇ。でも、正直私は今では後悔しているわね。」

「え?」

「このチェルシー、私の使い魔にはなっているんだけど。繋がりはギルド協会に居るある人物のほうが強いの。」

「どういう・・こと?」

「取られたのよ。私が保護して、チェルシーはその後に無理やり使い魔にされた。私は自然に放す予定だったのに、協会の人たちは私を縛るのが目的でチェルシーを使い魔にして、私の魔力や術式を監視しているの。今でも、協会の本部の中で魔女に私は監視され続けている。規定を破る事がないように、私はずっと自分が助けた魔物からね。」

「そんなの、酷い。アンナはその子を守るために戦ったのに。どうして力を制限するようなことをするの?」

「さぁ。私が元S級冒険者の娘だから警戒されいているんでしょう?」

「警戒、されるようなものなの?」

正直、自分がこれから一体何をされるのかも不安ではある。

アンナ自身は、これからもずっとギルド協会に目をつけられている事は堪えられるのだろうか。

「大丈夫か。あの人ももっと酷い事されてるし。」

自分の父親は国全体に悪いうわさ話が広まって居るのだから、むしろ気にしない方が居いいのかもしれない。

「皆、避難しているといいけど。」

「大丈夫、かな。」

「そういえば貴方の名前、なんだっけ?」

「覚えてなかったの!?」

知らなかったというか、むしろ今初めて知り合ったようなものなのでアンナは苦笑いするしかなかった。

「ミズキ。覚えておいてよね。」

「えぇ。」

「はぁ・・急に別の不安が出て来た・・。あれ?」

「どうしたの?」

「向こうに、何か光ってるのが見えるんだけど・・。」

「え?」

その光を見た時、その光があった場所で大きな爆発が起きた。

誰かが攻撃魔法を使ったのか、あるいは・・魔物が本気を出し始めたのか。

すぐにその場所まで行きたいが、ミズキを置いていくには危険すぎる。

「仕方ない。チェルシーを使うしかないわね。」

肩に乗っていたチェルシーに対し、意識を投影する。本当の所は使いたくなかったが、今は緊急事態だ。

魔力のリンクが強くなり、チェルシーが見ている視界がアンナの脳に直接届くようになる。

この程度の魔法は出来るが、その魔法を使う事は同時にギルド協会側・・魔女の魔力ともリンクしてしまう形になる。

「うっ・・!?」

彼女の魔力は苦手だ。あの魔女の魔力を、神経を通して感じただけで頭痛と吐き気がしてくる。

普通とは違う人間だから、むしろなれ合えるとすら思っていたけれど。彼女は異質な存在であるために、ただ強力な魔力を持つアンナでさえも拒否反応を起こさせる。

「だ、大丈夫・・・?」

「えぇ。このまま、チェルシーを飛ばして偵察するから。貴方は周囲の観察をお願い。」

「う、うん。」

肩に乗っていたチェルシーが飛び上がり、先ほどの光が見えた場所まで行く。

適度な距離をとれば安全だろうけれど、油断はできない。

目的の場所に到着する。

そこには大きな黒い塊があり、他の陰性種とは何か違う感じがあった。

割れ目から緑色の光を周期的に発光させており、近づきたいとはあまり思わない。

「何・・これ?」

「何かあったの?」

「うん。初めて見るけれど、魔物の卵というには大きすぎるし・・。」

一度チェルシーを帰還させて、ミズキを連れて戻る事にしよう。

「私、大丈夫かな・・。」

「大丈夫よ。別に心配する事はないわ。」

半分は嘘だ。

明らかに異常な事が起きているのは事実だが、今は安全を確保することを優先するべきだ。




キャンプ場に戻った後は教師から長い尋問をくらった。

教師、というよりは教官と言った方がいいが、基本的にギルド校舎で教官を務めている人は先生と呼ばれている。

ギルド協会はギルド校舎をいくつも設立しており、その校舎で毎年見習い冒険者を教育している。

普通の学校とは評価されるものが違い、18歳以降は正式な冒険者として本格的な任務を請け負う。

「全く。こうも長時間拘束するなんて。いい趣味ね。」

尋問から解放されてからアンナは赤チームと合流する。他二人、ミズキとユフィアも混ざっていた。

「大丈夫だった?」

「アンナ、退学になっちゃうの?」

するわけがないだろう。余程の事がない限りは、むしろアンナのような強力な魔法使いは協会によって監視される事が多いのだから。

「大丈夫、問題は無いわ。」

「良かった。もしアンナが居なくなったらどうしようかと。」

「随分心配性ね・・。」

アリカからしてみれば、アンナはかなり危うい立場に見えてしまうのかもしれない。

「先生から何か言われなかった?」

リミもアンナの事を気にしているようだ。

「魔物の事を聞かれただけよ。後、規制されている魔法を使ったかどうかも。そんなの関係ないのに。」

「でも、もしまた強い魔物が出てきたら・・。あの陰性種の魔物、アンナは倒していないんだよね?」

「えぇ。そうね。」

今もまだ森のどこかで陰性種はうろついている。

本気を出せばまた更なるペナルティを負うだろうし、今は上位の冒険者に任せるしかないだろう。

「冒険者が倒してくれるまでは、キャンプ場から出る事はできなくなったから。とりあえず上の人に任せて私たちは適当に遊ぶといいんじゃない?」

「アンナって割と図太いよね。」

適当にくつろげればいいだけだから、今は問題ない。

「でも、今は厳戒態勢だから。そう派手な事できないわね。ミズキ、何か持ってる?」

「トランプぐらいしか・・。」

流石に遠征の日に遊べるものを持ってこれるわけでもない。

ユフィアの言う通り派手な事もできないし、ミズキもトランプ程度しか所持していなかったとなると。

「ずっと座ってる事になるのかしら。」

「そんなのつまらないし。夜まであと何時間あるのか・・。」

「・・帰ろうとしても、今からだと深夜到着になるものね。」

「深夜になると、普通の魔物でも危険だからね。」

少なくとも明日にすぐには帰れるが、殆どやる事が無くなってしまったというのが今の状況だった。

探せば出てくるかもしれないが、だからといって変な事をして陰性種をキャンプ場まで出現させたくはない。

「ん・・仕方が無い。保険として、チェルシーにはもうひと頑張りしてもらうわ。」

「え?」

「何?もしかしてすごい隠し技とかあるの?」

「無いわよ。あの馬鹿の所まで行くだけだから。チェルシー、頼んだわよ。」

チェルシーは鳴かず、彼女の合図とともに空へ飛び立った。

「あの馬鹿って・・誰なの?」

「アンナのお父さんだよ。ミズキ。」

「え?お父さん?」

「うん。アンナは恥ずかしがり屋だからね。」

「アリカ、変な事をミズキに吹き込まないでくれる?」

「えー?」

「とりあえず、チェルシーの単独飛行なら馬車よりも早く町につけるだろうから。」

「私も飛んですぐに帰りたい・・。」

リミの言う通り、空を飛んだ方が早く町へ帰れるが・・飛べない人類は今はこうして大人しくするしかない。





店の前をリックはただ掃除していた。

とりあえず、生活に困らない程度の収入は得ているが今日は少し閑散としている気がする。

忙しすぎるのも困るが、これではどうしたらいいのか。

「はぁ・・。」

「どうしたんですか?じじい臭いですよ?」

「僕はまだ若いつもりだよ。そこまで行ってないから。」

真後ろからナナカに笑われるが、少なくともまだ40には達していない。

「うーん。」

それにしても、ナナカの持っている剣は冷静に考えたら物騒ではある。

いくら兄から貰った大切な剣とはいえ、店の中で武装していい代物ではないはずだが。

「いきなりどうしたんですか?まさか、この私に・・。」

「いや、それはない。」

「真顔で言わないでくださいよー。私、こう見えても人気ウェイトレスなんですから。」

「戦闘系ウェイトレスで評判高いからな・・。」

「それは、店長も同じじゃないんですか?」

「君ほど色物じゃないからね。」

「人をいきなり色物扱いするだなんて。私はこう見えても真面目な子なんですよ?」

「確かにそうだろうけれど。一応、この町の中では許可申請が無い限り剣を帯刀して町を出歩いてはいけないんだ。」

「そうですか?」

「まぁ、今でも許可無しに持ち歩いている人は居るけれど。基本的には君の行為は違法なんだ。」

「今思い出したように言わないでください。」

確かに今思い出したことではあるため、あまり彼女を批判できない。

「別に君の事を悪く言っているつもりはないんだ。」

「えー?そうですかー?」

「うん。だから・・。」

「私、この剣が無いと私って気がしないんです。」

「言ってる意味が分からない。」

ある一種の剣術の心構え、だろうか。

帯刀している武器が体の一部である事を強く意識することで、自身の剣士としての自覚を忘れない・・みたいな。

しかし、彼女にそんな気風があるとは思えない。

「私、17歳ですから。」

「もっと言っている意味が分からない・・。」

「とにかく、私は店長にどういわれようがこの剣を放すことはできません。」

「えっと、君のお兄さん・・フロドも冒険者なんだよね。」

「はい。」

「彼はどうして君にその剣をプレゼントしたんだ?」

「愛・・でしょうか。」

「・・・・。」

もしかしたらナナカに試されているんだろうか。

今すぐにでも店内に入りたいが、とりあえず深呼吸して落ち着こう。

「まぁ、冗談ですけれど。冒険の先で要らなものを私に押し付けてくるんですよね。」

「そういうことか。」

「剣以外にも書物とか服とかもくれたりするんですけど。どう考えても女子高生には荷が重すぎるというか。」

「君は、普通の学校に通っているんだっけ。」

「はい。ですから不安でもあるんです。」

「不安?」

「私の兄は基本的に俺TUEEEしている癖に女性と付き合った事がないので。もしかして私、お兄ちゃんに好かれているのかなってちょっと気持ち悪くて。」

少しナナカの兄に同情してしまったが、確かに女の子に冒険先で入手したアイテムを押し付けるのはいい行為ではない。

「シスコンとかじゃなうて、妹が心配なだけだろう。」

「そうですか?」

「あぁ。多分、変な男が近づかないように適当な武器を与えているだけじゃないか?」

「はぁ・・。」

「でも、そんなに気にしているんだったらどうして剣は装備しているんだ?割と気に入って居るみたいだし。」

「この剣、一回装備したら何だか物凄くこれを持って居たいなって。ずっと一緒に居ないと駄目になりそうなんです。」

「あっ・・・・。」

ナナカが装備している武器は明らかに所有者を魅惑させる呪いのアイテムだった。

会った事がないとはいえ、フロドの迂闊さは流石にどうかとリックは頭をかかえた。

とりあえず、危険はまだ無いようだが。もしかしたらちょっとしたことで酷い事が起きるかもしれない。

ナナカは剣を触るなりにかなりうっとりしているし、女の子としてはちょっと危なすぎる。

いや、男でもかなり嫌だが。

「兄から貰う物でも、一つぐらいは確かなものってあるんですね。」

「・・・・・。」

フロドに一度あったら一度話し合おうと心の中でリックは考えた。

「この剣さえあれば私は・・あ、あれ?ちょっと気分が落ち着かない・・・もう、私疲れてるのかな。」

「いや、明らかに呪われてるから!気を保ってナナカちゃん!!?」

柄を撫でている内にどんどんと黒いオーラが出てきてしまっている。

明らかに駄目な武器を装備しているが、一体どうしたらいいのだろうか。

「うふふふ。何だか物凄く気持ちよく、はぁ・・はぁ、て、店長、私・・変、ですか?」

もなはナナカの気分はかなりおかしくなっていた。更に。

「やだ・・外で変な事してる。」

「あの人、ああいう人だったんだ。」

通りかかった人に怪訝な目で見られてしまい、このままではリックの評判は落ちるところまで落ちてしまうのは時間の問題だ。

「ナナカ、落ち着いて深呼吸だ。」

「息してますよ私?」

「深呼吸って言ってるだろ。いいか?普通の女の子は剣をなでなでしただけでうっとりしない。」

「普通じゃない男性はうっとりする人居るんですか?」

リックの経験では、物凄く危ない剣士が人を殺し過ぎてうっとりしていた人と会った事はあるが今は思い出したくない。ナナカはそんな奴と一緒になってはいけないのだ。

「落ち着け、そして目を覚ませ。でないと大変なことになる。」

「うーん。そうですね。どうしたらいいんでしょうか・・私。」

「さ、さぁ?」

「店長なら、変になった女の子の直し方、知ってますよね。」

「は?」

ナナカの台詞がいよいよおかしくなってしまった。さらに。

「うわ・・マジだよあの店長・・・。」

通りかかった人はあらぬ誤解をして消え去ってしまった。

「ここで話すのは拙い。とりあえず、中に入ろう。」

「私、外じゃないと嫌です。」

いや、これ以上はさすがに拙いだろう。リックは何とかして彼女を元に戻す方法を考えていた時だ。

空から何かが飛んできて、その物体がリックの頭を直撃した。

それほど威力は無いが、その物体はチェルシーだと分かりリックの疑問が更に増えた。

「何で、君が・・。」

そのチェルシーを腕にとめる。

そのチェルシーからの念を受けて、一体何が起きているのかが一瞬に分かった。

「これは・・。」

「マリナちゃんの使い魔ですね。どうかしたんでしょうか。」

「マリナの遠征先で、陰性種が見つかったらしい。後、見慣れないタイプの物も。」

「それは大変ですね。もし、何かあったら・・。」

「君はここで店番していてくれ。厨房に居る人たちにも、僕が出かけてくると伝えるように。」

「随分、緊急事態のように聞こえますけれど。間に合うんですか?」

「大丈夫。足が速い馬を調達してるから。」

「成程。って、店長・・!?」

突然リックはナナカに近づく。彼女が帯刀している剣を、彼はすぐに慣れた様子で奪い取った。

「これ、借りるから!」

「ちょ、ちょっと、いくらなんでもあんまりです!!?」

ナナカには悪いが、昔持っていた武器やら道具は殆ど協会に没収されているためこうするしかなかった。



屋根の上に隠されている軽装の服を入手する。緊急用としてユーナが用意していた物の一つで、もし何かあった時のためにどこかしら道具が隠されているらしい。

金庫の番号は教えられた通りで、その中からはちゃんとした装備品が用意されていた。但し、武器に関してはまだ教えてくれないし用意されていない。

ユーナ曰く、本気の緊急事態になった場合のみ分け与えるとか。

「まぁ、そんな緊急事態は起きないだろうけれど。」

昔のようなことはもう起こらなくていい。

今は娘のために急ぐ事を考え、馬小屋まで直行することにした。


自分が買取った馬に乗り、すぐに走り出す。

その速度は速く、その気になればすぐにアンナの所までたどり着けるだろう。




トランプのババ抜き。簡単なルールでトランプゲームをしていたが、勝率はあまりおもわしくなかった。

アンナは、どういうわけか運が悪くすぐにジョーカーを引いてしまう。

「アンナ、大人になっても賭博系の遊びはしないほうがいいかもね。」

「リミ、何かずるしてない?何でいつもリミから引くとこうなるのよ。」

「さぁ。むしろアンナちゃんの特性というか、むしろ魔力が運勢を引き離してるんじゃない?」

「そんな事有り得すはずが無いわ。私の幸福の女神は怠惰なだけよ。」

「何それかっこいい・・。」

五人で適当にトランプで遊んでいたが、とりあえず陰性種が襲撃してくる様子は無かった。

この後もずっと来なくていいが、しかしトランプだけで夜までもたせるのは苦痛だ。

「はぁ・・トランプ飽きたかも。」

アリカですら疲れている様子だった。通算50回目のゲームだから仕方が無いだろう。

「あまり難しいルールは覚えてないし、どうしたらいいかな。」

「大きな音を出したりするといけないから、そんなにできる事ってないわね。本当に。」

「うぅ。冒険者の人、早く来ないかな。」

「来るはずだと思うけど。第一、近くにだってB以下の冒険者ぐらい沢山いるはずよ。」

「そうだよね。」

「だからアリカ。もう一度私の運勢を確かめさせてくれる・・?」

「あの、アンナ・・・やっぱり、こういうゲーム向いてないんじゃない?」

「いいから早く。」

「うん。じゃぁもう一度。」

今度は二枚だけだった。どっちかがジョーカーなのだから、アリカの顔を見ていればどっちかは分かるだろう。

アンナの微妙な運の悪さは今始まった事ではない。買い物をしていた時に丁度ほしい物が売り切れていたり、くじを引いたらいつも×だったり、割りばしを割ろうとしたら変な折れ方をしたり・・。

運が悪いという表現の中には本人のドジか失敗癖が多いが、アンナの場合は間が悪いではすまされない微妙な失態が多い。

魔法で戦っている時以外は特に、だ。

「こっちね。」

自信はあるつもりだった。

アリカの顔を注視して、彼女の緊張の度合いを確認していたのだから。

顔が少し赤くなったところを考えると、左が正解だろう。

「え?」

しかし、アンナが引いたのはジョーカーだった。

「うぅ、じっと見てくるから緊張しちゃった。」

「アリカ、そういう趣味あるのかしら?」

「な、ないよ!?」

ユフィアの謎の関心のせいでアリカの顔がどんどん赤くなった。

マリナの方は逆に真っ白に燃え尽きていたが、ある意味仕方のない行為ではあった。

「何で・・・どういう理屈でこうなるの?」

「アンナ、絶対にお金を掛けたりしちゃだめだからね。」

「するわけないでしょう!?」

リミの心配をあまりアンナは理解できていない様子だったが、周囲の気持ちは皆一緒だった。



森の中を突き進む数人の男性たちが居た。皆冒険者であり、先ほど陰性種の発見の連絡が来て、更に討伐依頼を受託していた。

「キャンプ場はあっちか。こんな場所で陰性種に会うなんて・・。」

「陰性種って、基本的には魔力の性質が悪い場所にしか現れないんじゃなかったか?」

「場所によるけれど。流石に二体も発見されるとなると死人が出るしな・・。」

「陰性種をさっさと倒して、キャンプ場に居る見習いの所まで行かないと・・。」

「それは予定に入ってない。いいから見習い冒険者の女の子を狙うのやめろよな・・。」

「くっ、俺だって彼女を作りたいんだ。いいか?こうして冒険者としてカッコいいところを見せればもしかしたら一人くらいは惚れてくれるかもしれないだろ!?」

「あははははははは!」

「笑い過ぎだ!!?」

「いや、まぁ一人ぐらいはできるかもな。頑張れば。」

「くそ、お前だっていないくせに!!」

「はいはい暴れない。いいからさっさと行こうぜ。」

「ったく。今度こそ陰性種を俺が倒して可愛い見習い冒険者少女を彼女にし」

ぐしゃ、と。何か嫌な予感がしていた。

最後尾を歩いていたやかましい男の声が途中で止まり、皆一斉に振り向く。

背中を両断された男は、そのまま流血し地面に倒れる。

まさか、今まで気が付かなかったのだろうか。自分たちが探していた獲物が、いつの間にか背後を取って居るなんて。

「まさか、本当に・・!?」

「畜生、あれだけ死亡フラグ注意してたのに!!」

「むしろ俺たちまで死にそう・・。」

背中から切り殺されたにも関わらず更に酷い事を言って、どっちにしろ今は戦闘態勢に入るしかない。

「構えろ!その気になれば陰性種も怖くない!」

陰性種の突撃攻撃が来る。先頭に居た男性がその攻撃を盾で防御し、何とか押しとどめる事に成功した。

その隙を狙って他の冒険者が槍で突き刺す。連携は成功したが、その槍の刃が通る事は無かった。

「硬い!?」

陰性種は叫び、冒険者らを突き飛ばす。

散開し、その攻撃を何とか回避して陣形を立て直そうとするが、その努力も空しく二人ほど殺されてしまう。

「こいつ!!」

「待て、早まるな!?」

剣に魔力を溜めこむ。全力をかけて魔力を総動員し、その陰性種の頭部に目がけて剣を走らせる。

その攻撃は命中し、一瞬やったかと思われた。が、砕かれたのは陰性種の頭部ではなく彼が持っていた剣だった。

「嘘・・。」

その男性は鋭い爪に胸を切り裂かれる。まさか、こんな短期間で全滅に追い込まれるのだろうか。

こんな事があっていい筈が無い。そもそも、自分たちの特注の武器が通らないほど頑丈だとは聞いていなかった。

「強すぎる・・逃げるぞ!」

逃げようとしたその先には、もう一体の陰性種が居た。

「あ・・。」

そこに居た冒険者たちは逃げることもできず、全員陰性種によって殺される事になる。

ただ無残に殺された彼らは、そのまま陰性種によって魔力とするために結晶化させられる。

死体となっている体が徐々に赤い結晶となり、陰性種の更なる力の糧となった。

陰性種に殺された犠牲者の殆どは死体が残らず、装備品だけがそこに残される事が多い。




キャンプの中、アンナは教師ルシーから貰ったコーヒーを貰い、くつろいでいた。

「今回の遠征は中止という判断になったわ。明日の朝にはすぐに出発ということになるけれど。くれぐれも油断しないで。」

「それを私ではなく他の子にも言うべきじゃないかしら。」

「勿論言うけれど、貴方の場合無茶をしそうだから。」

「はぁ・・。信用されていないのね。私。」

「危険な魔物を戦わせられる年齢でもないのよ。大体、魔法を使えるからと言って万能ではないのは貴方だってよく分かって居る筈。」

「あんな魔物、100体居たところで倒せるわ。」

「自分が置かれている状況が理解できないのかしら・・。いい?アンナ。貴方は正義のヒーローでも、天才でもないのよ。魔法の力というのは使い方を間違えれば、むしろその逆の方向性に行くのだから。14歳の若さでそんな失敗をさせたくないの。」

「私が失敗するというの?」

「魔法は強力だけれど、熟練の魔法使いでも意図しない不具合が発生する事もあるの。完璧な術式を編成したと思っていても、何処かで重大なスペルミスが発生する事もある。自分では気が付かない些細なミスで吸血鬼になった人間だって実際に居るのだから・・。」

「危険な魔法を使ったのだから、代償はつくわね。」

「・・・貴方はよくやってくれていると思うけれど、貴方の魔法の威力は協会に目をつけられている。あの魔女の監視もあるけれど、貴方はどうして冷静なのかしら。」

「魔女なんて敵ではないし。ギルド協会なんて無視しても構わないんじゃない?それに、S級冒険者になれば監視なんて意味が無いわ。」

「随分強気ね。」

「向こう側の世界へ行けば、監視なんて不可能になるだろうし。」

「外側へ行く自信すらあるなんて。ある意味凄いわね。」

「私の母親だって、一度は行ったっていう噂もあるわ。」

「彼女は特別なのよ。」

「その癖に、戦闘経験が無いんだからある意味おかしいわね。一体、どういう人なの教えてくれないし。」

「ごめんなさい。協会から貴方の母親の事も禁則事項として口外できなくなっているから。」

「皆隠すほど、凄い人なの?」

「少なくとも、性格は貴方と正反対よ。」

「ふーん。」

「でも、顔は貴方にそっくりね。私も最初見た時は、彼女に初めて会った時と同じ緊張感があった。」

「でも、性格は違うんでしょう?」

「どちらかというと、貴方の性格はお父さん似になるわね。」

「はぁ!!?」

「え、何か、私変な事言ったかしら。」

「私の!どこがパパ似だっていうのよ!?」

「貴方は、知らないのね。これは言ってもいいのかしら。」

「なんでそう皆協会の犬なのかしら。それ以前にあんなのと一緒にされるなんて・・。」

「昔、特に貴方と同じ年の頃はもっと尖っていたのよ。貴方ぐらいにね。」

「うっそだー。」

「本当よ。彼もまた、S級冒険者になれるほどの実力者なんだから。」

「信じられない・・。」

「信じられないのなら、本人に聞いてみればいいじゃないかしら。さっきチェルシーを飛ばして、父親に連絡したんでしょう?」

「えぇ。誰か仲間を呼んでくれるだろうけど。」

「仲間?」

「何かおかしいこといったかしら。」

「お父さんに助けを求めたんじゃないの?」

「べ、べつに。第一、あの体の傷はまだ癒えてないんでしょう?」

「一応娘だものね。体の事は分かって居る・・。」

「あの傷が何なのかは分からないけれど、私は助けられるほど弱くないの。」

「弱いか強いかという問題じゃないと思うわ。危険な相手には、仲間はより多く必要になると思う。」

「やけに私のパパを擁護するのね。貴方、実は彼の事・・。」

ルシーがリックに対して特別な感情を持っているように見えていた。しかし、それも早合点というものだろう。

「それは誤解よ。彼のハーレムの噂は、他人から見ればそう見えるだけで実際は違うところもあるから。」

「そうなの?女友達しか居ない時点でおかしいわよ。」

「男性からは疎まれやすいのよ。S級冒険者としての実力を持っているけれど、その事実のせいで彼の人間関係が歪んでいるだけだから。」

確かに、リックの人間関係は全て綺麗というわけではない。むしろ後ろめたさを感じる事も多いくらいだが、女性率が多いのは疑いようのない事実だ。

その事実もある上で、彼は一応S級冒険者になるまで戦っている。その意味では、そこら辺の男よりは能力のある剣士として十分な立場を持っている。

「男が嫉妬なんて醜いわね。弱いからいけないのよ。」

ある意味正論ではあるが、ただそれもアンナの自信と慢心も強く出ている。

人間が相手であっても負ける事は無い、そういう考えがあるのは前からルシーは知って居た。

「少し、言葉がきついんじゃないかしら。女の子なんだからもう少し節度を持たないと。」

咎めるように言っても、彼女は逆にカチンとしているようだ。

「何カウンセラー気取ってんのよ。」

「はぁ・・そういう所、本当に・・・。」

流石に今の態度はまずかったのだろうか、アンナも流石に少し反省してこほんとセキをする。

「と、とにかく。私は別にパパに助けられたいなんか思っていないんだから。そんな気持ち悪いほど私は弱い少女じゃないの。」

「それは認めるけれど。リックの教育方針には少し言う所が多すぎるわね。」

「どういうこと?」

「何でも無いわ。彼に会ったら少し挨拶しておこうかしら。」

「そう。」

ルシーは終始笑顔だったが、何処か力を込めているような部分があった。

「とにかく、今は非常事態として貴方の魔法や術式の一部を規定に基づき解除します。だからといって、必要以上な行動をしないように。」

「私一人なら敵を倒せる・・と言いたいところだけど。また敵が増えたら厄介だものね。ルシー、今回の陰性種が増加した理由は分かる?」

「知らないし、分からないものは分からないわね。貴方が見た謎の物体とやらも見たいところだけど、何処に陰性種が潜んでいるかも分からない。ここは防衛に回るしかないわね。」

「向こうから助けが来るまでは、どんなに頑張っても夜中になるだろうけど。」

「それまで、貴方も見張りに参加してくれる?」

「えぇ。そろそろ、リミやアリカが泣きべそをかいていそうだし。」

そのキャンプの中から出て、アンナは二人の元へ向かう。

キャンプ場の入り口のところに、リミとアリカが立って居た。

「先生とのお話、終わった?」

「えぇ。」

「魔法、使えるの?アンナが本気を出せば、陰性種なんてすぐに消し飛ばせるんじゃない?」

「例え本気を出したとしても、相手は未知数の敵だから。」

陰性種は昔から存在するが、その正体は謎に包まれている。

見た目とおり頑丈で、鉄の刃を通さない体は強力な魔法か特別な武器で破壊するしかない。

こんな場所にまでその陰性種が現れる以上、ここでの遠征は今後も無い事になる可能性はあるけれど。

「陰性種って何なのかしらね、普通の魔物が黒くなって巨大化して・・無茶苦茶強いけど、昔から正体が分かって居ないなんて。」

「彼らの魔力核が変異を起こした、とはある程度分かってきているけど。正体なんてこのさいどうでもいいわね。」

「世界の果てから送られてきた呪いの道具が、魔物を凶悪な悪魔に変異させているなんて噂もあるけど。」

「そんな噂話が本当だとしても、世界の果てに人間が居るかどうかすら分からないわ。」

「昔、人間は魔法の力を持っていなかったんだよね。」

リミの言う噂話の事は置いておいても、古代の人間は確かに魔法が使えなかった事は否定できない。

ただ、その魔法を使えるようになった原因や伝説は地域によってさまざまだ。神から授かった物であったり、あるいは何等かの呪いや突然変異という形で伝わって居るが・・どれが真実化は確かめようがない。

魔法は術式という、使いたい魔法の基礎を用意して魔力という弾丸を流し込む。

術式は古代文字の言語を習得して、その言語を自分の意識の中で語り掛けることで魔法陣が展開される。

アンナの場合、その術式を無意識下の中で高速展開できるため他の術者と比べ異常なほど魔法の展開が早いこともある。

そういう意味では、魔法に関してはこれ以上のない逸材なのは確かだった。しかし、アンナは自分の実力を発揮できないほどの監視と拘束を受け、今に至って居る。

産まれてからずっと、アンナという少女はギルド協会という大きな存在によって監視され続けているのだ。

魔力が優れ、高度な術式を編成できるということは、国を一つ滅ぼすことも可能な存在であるから。

アンナもその気になれば、確かに陰性種をすぐに消滅させられるだろう。

「いや・・もし、私がまた本気を出したら今度は皆死んでしまうわね。」

「冗談言わないでよ。てか、それ本当?」

「魔法ってそういう意味では酷く不安定なものだから。過去にその魔法が原因で悲惨な歴史を辿った魔法使いなんて結構いるもの。」

「アンナも、酷い目にあうの?」

アリカも冗談に本気になっている様子だった。

「いいえ。私は少なくとも、協会に監視されているから何もできないわね。」

「その協会を倒せばいいんじゃない?」

「貴方・・。」

リミの言う事は正しくても、実行に移してはならない部類だ。

「協会倒したら皆失職しちゃうでしょう?」

「アリカ、そもそも私が協会倒せると思ってるの?」

「え?違うの?」

「私が受けている術式の拘束や、チェルシーの契約を自分で解除できない事を知って居るでしょう?私はただ魔力が異常なほど高いだけで、術式の編成能力に関しては協会に居る魔女の方が優れているの。」

だから、その意味ではアンナは術式を拘束され魔法を規則で封じられるのも抵抗しなかった。

自分を魔法で拘束できる魔女が居る以上、例えS級冒険者の娘であっても無敵ではないのは事実なのだから。実際のところそう偉そうな態度はとれない。

アンナはあくまで、見習い冒険者であり、学習しなければならない事が多い普通の少女である。アリカとリミの二人とは人間的なレベルでもそこまで離れているわけでもないのだ。

「・・・・。」

その魔女とは何度か面識はあるけれど、今会いたいとは思わない。

むしろ天敵とも言える、その魔女の術式はアンナでも理解が困難な代物だった。その魔女に今でもみられていると思うと、流石にアンナも背筋が寒くなるような感覚がしていた。

そろそろ夕方になり、夜もアンナは魔女の気配を無視して見張りをしなくてはいけない。


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