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外れ者たちの賛歌  作者: 愚息くん
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分岐点(改)


 笑い死にをしかけた一件以来、僕は阿部先輩がどれくらいヤバい奴なのかを調べ始めた。生憎、僕が学校で気軽に話しかけられる人間なんて一人もいなかったため、先輩の後にくっつきながら廊下を歩いている時などに耳をそばだてるしか方法は無かったのだが、彼について聞こえてくる単語は「ネジが外れてる」「キチガイ」「変人」というようなものばかりだった。


 「フィッシュマンズのCD買ったんだけどよ、聞きたい?」

 わかり切っているであろう答えを待っている“キチガイ”は、無垢な笑顔を僕に向ける。

 「先輩って、なんで僕に声かけたんですか」

 ヒラヒラと見せびらかしてくるCDを奪い取って、プレイヤーにセットする。彼は「あ、おい」と不服そうだが、どこかまんざらでもない声をあげた。続けて「森田だよ森田」といつものように塔屋に寝っ転がりながら言った。

 「なんか、喧嘩してんなうるせーなーと思ってたら、静かんなって、お前が森田童子歌い出したから」

 「やっぱあれ見てたんですね」

 「見てたっつーか、聞いてたんだよ。やられてる奴全然喋んねーなぁと思ったら急に歌うから、俺びっくりしたんだぜ。こいつロックだなって」

 「はぁ……」

 先輩のロックの基準はよくわからないが、とにかく同類を見つけたと思ったのだろうか。僕は初めてこの人と言葉を交わしたあの日の動悸と、今この空間の居心地の良さに想いを馳せる。

 「この間もさぁ、裏庭で派手にやってるって聞いて見に行ったらお前まーたボコられてっから。でも途中でいきなり反抗しだしたろ?ちょーカッケェと思ってさ」

 「あれのどこがかっこいいんですか」

 「弱者の反逆って感じで」

 この人にはきっとデリカシーという概念がない。言いたいことを言いたい時に言い、やりたいことをやりたい時にやるのだ。出会ってまだ何日も経っていないのに、それがはっきりとわかるほど自由奔放だ。そんな人だからこそ、僕も気を遣わずに接することができるんだろうが。

 「MD、すみませんでした」

 あの日破壊されたMDプレイヤーについて再度切り出すと、先輩は「まだ言ってんのかよ」と呆れたような表情になる。買って返すと言っても聞かなかったのだ。しまいには「お前が買ってきたら、その代金お前をボコってた奴らに請求しに行くからな」とまで言われてしまい、また乱闘になるのは勘弁して欲しかったのでとりあえず保留にしてある。

 「だって、気が重いっすもん」

 「お前が俺の校則違反黙ってくれてっから、チャラ」

 肘で脇腹をつつかれた。ぬるまっこい空気を感じながら、流れる空を目で追う。



 あくる朝、もうすっかり歩き慣れた階段を登り、ドアを開けた。一限目の授業が始まるまで、後四十分もある。僕は誰にも見つからないように担いできたギターケースを埃っぽい地面に置いて、しばらく弦を張り替えていないそれを取り出した。

左手でコードを抑えて右手でピックを持ち、アンプに繋がないままおそるおそる弾く。自分の部屋以外にコイツを持ち出すのは初めてで、まるで悪い事でもしているみたいな気持ちになった。何度も何度も教本を読みながら弾いた、たまの「星を食べる」をのコードをゆっくりと鳴らしていくと、澄み渡っている朝の空気に音が溶けていくようで気持ちがいい。

 吹奏楽部の演奏の音を遠くに聞きながら、指の動きに合わせて歌を歌う。最初は控えめに、様子を伺っていたが、次第に大きくなってゆく。家では母親や、近隣住民に聞かれるのを気にして、あまり大きな音も声も出せないのだから。

 気持ちがのってきてしまった僕は、路上アーティストばりに目を閉じて声を絞り出し、大げさに手を動かす。今、この世界には僕だけ。なんて仰々しく馬鹿らしい事を考えながらアウトロを弾き終え、大きく息を吐き出して目を開けると、膝を抱えた阿部先輩がこちらをじーっと見つめていた。

 「うわ!」

 驚いて身体が跳ねる。手を離したギターを先輩がしっかりキャッチした。

 「お前、上手くね?」

 「え」

 「ギター、超上手くね?」

 面と向かって勉強以外の事柄を褒められた経験のなかった僕は「は、はぇ」とかそんな間抜けな返事をしてしまった。が、先輩はそんなこと意に介さないみたいに「他、何弾けんの?」と興味津々といった様子であれこれと提案してくる。

 僕はこの人のどこが“ネジが外れた変人”なのか学校中の生徒たちに聞いて回りたくなった。

 始業のチャイムを聞き流し、僕が弾いて先輩が歌った。僕が歌うと先輩は「音痴」とニヤニヤするので、僕はわざと大声で歌い、先輩の掠れているけれど綺麗な歌声を邪魔してやった。

 生きている、と漠然と思った。いや、今までも紛れもなく生きてきてはいたのだけれど。この人と一緒にいれば、僕は息がしやすいのだと思った。

僕の人生初めてのデタラメなライブは、一限、二限が終わって昼休みが終わるまで続き、校舎が休息を迎えた生徒達で賑わい始めた時、やっと終演した。僕たちはヘロヘロになりながら仰向けに倒れ込んだ。Yシャツが埃や砂で汚れたけど、知るよしもない。

 「あっちーな、コレ」

 そう言う先輩の横顔にはうっすらと汗が滲んでいる。間近で見ると、鼻がすらっと高く、睫毛も長い。瞳が少し茶色い。

 「まぁ、夏ですからね」

 僕はもっとぐしょぐしょだ。五時間以上ぶっ通しで弦を押さえ続けた指先は、皮がめくれて新しい硬い皮が顔を出している。喉と肌がジリジリと焼けるようだ。すーっと大きく息を吸い込むと、肺がぬるい空気で満たされてむせ返りそうになった。熱くてたまらない、脳も身体の中を巡る血液も、気持ちがいい。

 「お前、授業いいのかよ。優等生なんだろ?」

 息も絶え絶えな先輩が言うので、息も絶え絶えな僕が返す。

 「教室行ったら多分、ギター壊されますから」

 「あー、だろうな」

 先輩は少し笑った後、真面目くさった顔をして黙り込んだ。あの裏庭の一件以来、奴らはそりゃあもう殺気立っていて、僕は落ち着いて教室にもいられないのだ。

 「あ、じゃあ軽音部に置いとけば」

 ケイオンブ?そんなものがこの学校にあっただなんて、初耳だ。呆けた顔をした僕を見て先輩は「俺部員だから、いいよ置いといて。つか、お前も入れば」と言った。


 この一言が僕の人生を大きく変えることになるとは、僕も、ましてや先輩も思わなかっただろうう。そして、この誘いに乗らなければ、僕たちの人生はもう少し真っ当なものになっていたかもしれない。いくら後悔したところで時間を戻せやしないのだが、僕は後に、何度もこの日の会話を思い出すことになる。


続く

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