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外れ者たちの賛歌  作者: 愚息くん
14/15

転調

夏が終わり、秋になって寒さが増してくる頃には、田中さんの言う通り僕らはそこそこ名の知れたバンドとなっていた。


まだろくに活動も始まっていなかった頃に田中さんが無理矢理ねじ込んだ、生放送のテレビ番組での演奏の仕事がキッカケだった。田中さんは「好きなようにやればいい。文化祭の二曲目、あったろ。あれを曲に起こそう」と言い出し、阿部先輩が「もう覚えてね〜んすよ」と面倒臭そうに返すとビデオカメラを取り出して、当時の映像を流し始めた。どうやら、一部始終を撮っていたようだ、この人は。

「歌詞は僕と鈴木でつけよう。鈴木の歌詞はきっと一部のアンダーグラウンドな層に刺さるし、一般層からは好かれはしないだろうが、頭には残る。曲調も微調整してちゃんとした曲に仕上げるんだ。それで、生演奏の途中途中に、この映像を差し込む」

僕は、特に異論は無かったので頷いた。本当に僕たちを売り出そうとしているのがわかったと同時に、他に有望なアーティストはいないのかよと不安にも思ったが、歌詞を褒められたように思えてむずがゆいような、嬉しいような気持ちが湧いた。

「つっても深夜の番組だろ、んなもん誰が見てんだよ」

柏木先輩が煙草を堂々と吸いながら文句を垂れる。

「何言ってんですか、こんなすぐテレビに出れるチャンスなんて無いですよ普通!異例ですよ、異例!しかもこの番組、コアな音楽ファンには人気あるんですよ、僕もよく見てますし」

僕が中学生の頃から、母親の目を盗んで見ていた番組だ。まさか自分が出ることになるなんて、夢にも思っていなかった。僕が興奮気味に説明すると、阿部先輩も「俺も見てるし、千葉も知ってるぞ」と言う。柏木先輩は「え、そうなん?」とやる気を出した様子で煙草を灰皿に押し付けた。どこまでいっても単純な人だ。


そこから曲を作り込み、レコーディングを行った。作業一つ一つはとてもつもなく地道で、地味だ。僕は僕の中に溜め込んでいたぐちゃぐちゃした汚い感情を文章に落とし込むという行程を楽しめたが、音楽を直感的に産み出すタイプの柏木先輩と阿部先輩は苦戦しているようだった。

特に阿部先輩はビデオを見返してコードを起こす作業に「なんでこんなの弾いたんだよ俺は」「きもちわりい転調だなクソ」などとボヤく。一方で「ここの進行気持ちいいな」「俺天才じゃん」などと自画自賛して見せた、忙しい人だ。千葉さんはというと、淡々とレコーディングをこなし、編曲にも積極的に意見を出すものだから、田中さんも一番頼りにしているようだった。


文化祭で披露した一曲目は田中さんが「あまり手を加えない方が青臭くて面白い」と言うのでほぼそのまま、二曲目は上記のような紆余曲折を経て録音。シングルとして発売することとなった。


「バンド名、どうする?」

田中さんが、そう言えばと切り出した。バンド名がなければそもそもの活動が始まらないぞ、という。僕らは小一時間悩んだ。と言っても、柏木先輩が「響きがかっこいいから」と提案した横文字のバンド名を阿部先輩が片っ端から却下していくだけだったが。僕がうんうん唸っていると、千葉さんが言った。

「outsiderってのはどう?異分子、とかはずれ者とかって意味なんだけど」

「それ、まさに俺らじゃんな」

笑い出す阿部先輩につられて、僕も柏木さんも吹き出した。あうとさいだー、学校で視聴覚室にしか居場所がない僕たちそのものじゃないか、と思った。ついでに短くて覚えやすい、そしてキャッチーでほどほどにダサい。

数日間学校にも行かず寝る時間も削ってレコーディングをしていた僕たちがげらげら笑い出したのを見た田中さんは、複雑そうな表情を浮かべながら「いいんじゃないかな」と引き気味に肯定した。


こうして、outsiderは晴れてCDを発売し、リリース記念としてテレビ出演を果たした。事務所の指示で学校の制服を着た僕らは嫌になるぐらいリハーサルを重ねて、演奏開始のタイミングや立ち位置、持ち時間の確認を行い、演奏後のコメントなんかも練習させられた。本番前に疲れ切っていた僕らに田中さんは「もう一度言うけど、好きなようにやっていいからな。責任は俺が取る」とだけ言った。その一言で僕らは全ての段取りをすっかり忘れてしまい、司会が僕らの紹介を終える前にステージに飛び込んで、立ち位置なんて知らんこっちゃ、阿部先輩がここ数日の鬱憤を吐き出すかのように叫んだのを引き金に乱暴に演奏した。緊張は全くしなかった、僕らはきっとその時、限りなくハイになっていた。

(気持ちよくて、頭がどうにかなりそう)

阿部先輩が、僕が悩んで絞り出した歌詞を紡ぐのをどこか他人事のように聴きながら、そう思った。すると、もうすぐ演奏が終わる、というところで僕の視界は突然ぐるんと回転し、体から力が抜け、目の前がのろのろと暗くなっていった。悲鳴が遠くから聞こえた気がしたが、僕は眠たくて眠たくて仕方がなく、そのまま意識を手放した。


まぁ、要はただの寝不足だった。僕は疲れていた、それだけの話だ。しかし、演奏の途中で、しかも生放送中にギターが倒れるというのがどうも良かったんだそうだ。差し込まれた映像も、制服も、徹夜から解放された暴れるような演奏も、全てが話題の元となり、outsiderは視聴者に衝撃を与えた。……らしい。

放送後、多くの記事がこの放送回を取り上げ、ニュースでもちょっぴり映像が流れた。良い大学を出たのだとかいうコメンテーターがクソ真面目に僕の書いた歌詞を「下品だ」「下劣だ」なんて批判しているのには笑った。

はたまた、有名な音楽ライターが「これこそ本物のロックだ」なんて言ったらしく、そこからまた火は広がり、僕らの初めてのワンマンライブは100枚のチケットがすぐに売り切れた。そもそも、偽物のロックなんてものがあるんだろうか。後にその音楽ライターと田中さんが繋がってると知って、なるほど音楽業界とはこういうものかと思い知ったが。


とにかく、僕たちはあまりにも順調に売れていった。50枚刷ったシングルCDはプレミアとなりマニアの間で出回ったし、ライブ会場のキャパは200、300と増やしてもチケットは即完売した。(田中さんが「アングラ感を残すために、レア感を出すためにあえてこれ以上広いハコではやらない」と言ったため、最大でもキャパ300人の会場で止めていた)

音楽雑誌にも頻繁に取り上げられたし、学校に行けば少しばかりの注目を浴びた。口座には、初めて見る額の金が振り込まれた。


「なんか、実感ないですね」

部室の机にトランプを並べながら僕が言うと、三人が手札から僕に視線を移す。

「当事者をよそに、勝手に話が大きくなってるって感じだよね〜」

この前まで、ここでテキトーに遊んでるだけだったのにね。と、千葉さんがソファに置かれたベースを見つめる。

「俺、怖くて口座から金下ろせねぇんだけど。いっそ手渡しにしてくんねーかな」

そう言う柏木さんは未だ、ラーメン屋のバイトを続けている。お金に困ることは無いだろうに、本人曰く楽しいらしい。

「でも、良かったな。森田」

阿部先輩が七並べを続けながら発した。

「え?」

「学祭が終わったらバンドがどーなるかって、しょげてたじゃんか」

「あぁ、そうでしたね」

「続いたじゃん」

そうだ、僕は不安だった。終わるのが怖かった。でも、これからも続くのだ、僕たちは。阿部先輩が曲を作り、僕が詞を書き、柏木先輩と千葉さんがアレンジを加え、完成する。それは多くの人の手元に届き、ライブハウスには数え切れないほどの人が僕らの演奏を聞きに来る。それは冬が来て、春が来て、来年になってもずっと続いていくのだ。

これが僕の渇望していた世界なのかもしれない。僕は退屈で惨めな生活をぶっ壊すことに成功して、刺激的で幸せな生活を手に入れたのだ。

「僕は今、最高に幸せなのかもしれないです」

そう言うと、阿部先輩は「そりゃ良かった」と笑って「次お前の番」と僕の額を突いた。泊まり込みでレコーディングしたスタジオも、テレビカメラに囲まれたステージも、汚いライブハウスの照明も、どれもが僕の心を奮い立たせたが、一番落ち着くのはこの部室だけなのかもしれないと、そんなことを漠然と考えた。


続く

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