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外れ者たちの賛歌  作者: 愚息くん
10/15

直前(改)

文化祭前日のリハーサルは、何の事件もなく無事に終わった。三階の視聴覚室から一階離れの講堂まで機材を運ぶ際に柏木先輩と阿部先輩が「重てぇ!」「投げ飛ばしちまえ!」と発作を起こしたが、僕と千葉さんが無視して講堂と視聴覚室を往復しアンプやらドラムのタムやシンバルやらを運んでいるのを見ると大人しくなった。

ちなみに、山中先生は準備中は一切姿を見せずにリハーサル中盤になって現れ、「まぁ、このレベルの演奏なら許容範囲ね」と告げ颯爽と去って行った。

音出しの途中、講堂で活動中だったバレーボール部の顧問に「やかましい雑音だ」と言われた時はすかさず阿部先輩が「んだとコラ」とギターを振り上げてステージ上から飛び降り顧問と睨み合い、柏木先輩も威嚇のようにボロいシンバルを叩き鳴らして後に続いたが、僕が駆け寄って「これはグランジというジャンルなんです!雑音じゃなくてそういうジャンルのれっきとした音楽なんです!ちゃんと意味があるんです!」と的外れな弁解をすると可哀想に思ったのかバレーボール部員達が顧問を止めてくれて、何とか事なきを得た。その間、多分酔っ払っていた千葉さんは一人でステージに立ち聴いたこともないスラップをリズミカルに連発しながら笑い声をあげていた。

講堂は間違いなく混沌としていたが、最終的には僕も含め気持ちよく音を鳴らせたので問題はなかったと言っていい。


「なんか、お前に上手く丸め込まれたような気がするな」

文化祭当日の朝、まだ人気もまばらな中、今日のために作られたのであろう「文化祭」とデカデカと書かれた木製の門をくぐり屋上に向かうと当たり前のように阿部先輩がいて、僕も当たり前のようにその隣に座る。

「そんなことないですよ、成り行きですよ」

「かまととぶりやがって」

少しだけ涼しくなってきた空気を感じながら、もくもくと空へ登っていく煙を見つめる。もうすぐ、ワイシャツだけでは寒くなる季節だろうか。人生で初めて夏の終わりを寂しいと思った。

「今日が終わったら、バンド、どうするんですか」

「始まる前から終わる話かよ」

阿部先輩が唇を結んでなんとも嫌そうな顔をこちらに向ける。

「終わった後のことは終わってから考える」

「……そうですね」

「なんだよ、緊張してんのか?」

してる。してるに決まっている。昨日の夜だってなかなか寝付けなかった。練習通りに弾けるか、学校の奴らに僕達の音楽が響くのか、先輩の演奏が歌声が多くの人の耳に届くのか、そして、本番が終わったら僕達はどうなるのだろうか。そんな不安と、漠然とした期待が胸の中を渦巻きいてもたってもいられず、こうして朝も早くから学校に出向いてしまったのだ。

しかし、認めるのも癪なので「全然」と答えると「嘘つけ」と間髪入れずに返された。

「俺たちが楽しけりゃいい話だろ」

先輩は欠伸をしながら言う。それは僕にも伝染して、僕は欠伸を噛み殺しながら頷いた。

「とりあえずUNOやるぞ、今日は勝つ」

捨てられた吸い殻が風でコロコロと転がり、僕と先輩はギターを背負って部室へと向かう。軽音部の出番は昼過ぎだ。それまで、きっと先輩たちは開会式にもクラスの出し物にも参加せずに部室にこもってボードゲームに精を出すのだ。僕はざわつく胸に知らん顔をして、その輪に加わる。


「はい、阿部の負け」

「またかよ!!くそ!!」

阿部先輩は持っていた数枚のカードをばら撒いて嘆く。本日何度目かのUNO、この人はほぼ全敗を決めていた。

「何でそんな弱いんだよ、奇跡か」

柏木先輩が真面目な顔で言うと、阿部先輩は「うるせぇしらねぇ」とうなだれたまま財布から千円を取り出し一抜けした千葉さんに手渡した。

「そろそろ準備しに行こうか」

千円札をぐしゃりとポケットに突っ込んだ千葉さんが立ち上がり、「あーもうそんな時間か」と僕らもぞろぞろと後に続く。

「僕、購買寄ってから行くんで」

ギターを背負ってドアを開けると柏木先輩が「俺メロンソーダ」阿部先輩が「俺コーラ」と続く。千葉さんは「俺はいーや」と言いながら瓶に入った液体(何かは言わない)をベースカバーに忍ばせた。あぁ、もう。

廊下を見渡せば沢山の人と、装飾された教室たち。騒がしくも楽しそうな声が至る所から聞こえてきて、自然と足取りが軽くなる。去年までなんの色もなかった景色が、苦しかっただけの賑やかな空気がすうっと自分の中に入ってくるようだった。

学校という閉鎖的な空間の中で、気を許せる居場所が一つでもあると世界は一変する。

購買は外部や内部の生徒などで長蛇の列をなしていたため、あまり人の寄り付かない中庭の端っこにある自動販売機でメロンソーダとコーラとお茶を買う。ついでに、頼まれてはいないが水も。肌にヒヤリと染みる冷たい缶3本とペットボトル1本を両腕で抱えて大きく息を吸い込み、吐き出す。もう少し。背中のギターの重みを感じながら走り出したい衝動を抑えてゆっくりと行動へ続く道を歩き始める。すると。

「すーずーきーくん」

久々に呼ばれる苗字。聞き覚えのある声。心臓が縮み上がる思いで振り向くと、最近めっきり絡んでこなくなっていたクラスの奴らがボスを筆頭に意地の悪い笑みを浮かべていた。


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