お餅を吸い出せ -1-
(これは困ったことになったぞ)
僕が家族でお正月にお雑煮を食べているときのことだった。
僕以外の家族全員がお餅を喉に詰まらせたのだ。
父親、母親、兄貴、姉貴、弟、妹、お爺ちゃん、お婆ちゃん、飼い犬のペロ、飼い猫のチー。
全員が一斉にお餅を喉に詰めて、苦しんでいる。
僕は慌てて掃除機を持ってきた。
しかし、掃除機は一台。そして、僕一人しかいない。
(困った誰から助ければいいんだ。)
僕が顎に手を当てて少年サンデーの人気漫画の主人公のように考え込んでいると、お爺ちゃんが右手を挙げているのが見えた。
(お爺ちゃん...そうだお爺ちゃんから助けよう)
僕はお爺ちゃんの元へ駆け寄ると、掃除機を口に当てようとした。
しかし、ちょっと待てよと思った。
そういえば今年は少しお年玉が少なかったなぁ...
今年から高校生になった僕は、お年玉の増額を期待していたが、現実は去年よりも減額されていた。
そのことをお爺ちゃんに抗議すると、今年から始めたゲートボールの会の皆と正月に旅行に行くから、僕らのお年玉を減らしたと告げられた。
そんなこと、こちらとしては知ったこっちゃないと思ったが、家の中で権力を握るお爺ちゃんに強く反抗することはできなかった。
僕はお爺ちゃんから掃除機を遠ざける。お爺ちゃんは "どうしてじゃ" と言いたげな表情を浮かべた。
「お爺ちゃん。お年玉なんだけどさ。...どうする?」
お爺ちゃんは一瞬虚を突かれたような顔になったが、僕の真意に気づいたのか怒りの様相を浮かべた。
「あ、いやまあお爺ちゃんが別にいいっていうならまあ僕はいいんだけどね...」
遠ざかろうとする僕のトレーナーをお爺ちゃんが引っ張る。
お爺ちゃんは左手で5本指を立てていた。
「えっ!?50万円!?」
僕がそう言うとお爺ちゃんが僕に殴りかかってきた。
おー怖い怖い。
「ごめんごめん。冗談だよ。5万円でしょ。...まあいいよそれで手を打とう。」
僕がようやくお爺ちゃんの口に掃除機を当てようとうすると、僕の着ているトレーナーの背中の裾が引っ張られる。
お婆ちゃんだ。
お婆ちゃんは両手でパーをして、僕に見せつけている。
「もしかして、お婆ちゃんは10万円僕にくれるってこと?」
お婆ちゃんはコクコクと必死で首を縦に振っている。
僕はそれならばとお婆ちゃんへ掃除機を向けた。
お婆ちゃんの口に掃除機を当てようとしたその時、お爺ちゃんがお婆ちゃんにドロップキックを決めた。
"儂の大事な孫を唆すではない"
そんなメッセージが込められたドロップキックに違いなかった。
お爺ちゃんとお婆ちゃんが喉に餅を詰めながら取っ組み合いの喧嘩をしているのを見て、ぼくはなんだか気持ちが冷めていくのを感じた。
(この人達はお金で何でも解決出来ると思い込んでいるんだろうな。)
(それに老い先短い老人たちを優先的に助けるのは間違えている気がする。)
僕が冷めた目線を祖父母に向けていると、僕の肩を誰かが叩いた。
お餅を吸い出せ -1- -終-