08 回復魔法はつかえますか?Y/N
魔物の声と金属の撃ち合うような音、そして充満するのは鉄錆のむせかえる様な臭い。魔物の中には棍棒やらもとは冒険者の剣だっただろう武器を持つものもいる。大きな木を背に囲まれて不自然な戦い方をしている赤い髪の男の人が見えた。
「エルっ、魔法、魔法ってどう使うのっ!」
『ファイヤーボールとかウインドカッターとか使ってみるの~』
「いっけぇ~!当たれぇ~!!!」
『レインは詠唱破棄の意味がないの~』
せっかくの能力もレインに使わせれば途端に間の抜けた、なんと言うか面白い使い方になる。だが本人は至って大真面目である。
魔法を使う弱そうな少女に狙いを定めたオークとゴブリンが、回れ右でもしたかの様に一斉にレインに向かってきた。
「こっち来た~!あっち行け~!」
しかしその攻撃がレインに届く手前でオークとゴブリンは覚え立ての遠距離攻撃によってあっと言う間に殲滅される。
『レイン~、オークは食べられるの~でもゴブリンは食べられないの~』
「それより怪我の手当てが先!」
(助かっ…た…のか?)
ぼうっと空中で光りながらふよふよと漂う何かと話す森の中で見ると怪しい少女——十二、三歳くらいだろうか——がこちらに向かってきた。黒曜石のような髪に紫水晶の瞳が印象的だ。
少女が見るからに怪しくて、たとえ敵だとしても、どちらにせよヴィルヘルムに戦う力は残っていない。
「大丈夫……じゃなさそうね」
ヴィルヘルムに駆け寄ったその少女は傷を見て眉をひそめ、そしてふよふよと浮かぶ光りの玉となにやら真剣に話し出した。
「ねぇエル、わたし回復魔法って使える?」
『レインは回復魔法は使えるよ~、状態回復魔法はまだ使えないの~その人調査してみて~』
「あんたっ、俺は良いからシオンを治してくれっ!」
どう見ても目の前の少女は回復魔法を何度も使えそうには見えない。あれほど攻撃魔法——しかも下位——を乱発していたのだから、残りの魔力は少ないだろう。それはヴィルヘルムにも容易に想像がつく。せめてここでアレクシオンの応急処置ができればコバルトまで命を繋ぐことが出来る。
「エル……回復魔法で損傷が治るとして、"血液"は回復するの?」
『単純に身体が治るだけ~』
「まぁ、身体が治って塩が適量入った水を飲めれば成分は別として血液は単純に補えるんだけど……」
1リットルの水に9グラムの塩で体液と同等の塩分濃度になるから、応急処置としては十分だ。
『これだけ重症だと七日熱になるの~』
エルはその続きを話し出した。どんな回復方法であろうと根本的な生命エネルギーを消費して回復するから、すっかり元気になったと思って過ごすと七日熱という死病にかかるらしい。
「つまりこの人達を治した後に七日熱を回避するには生命エネルギーも回復しなきゃダメってことね」
『レインって見かけによらず頭良い~』
余計なお世話だし一言多いとレインは思う。とりあえず大きな木を背にぐったりとした血塗れの男の人を調査し、背中や腹部の深い傷や状態を確認すると小さく深呼吸をした。
「治れ、治れっ、治れ~!」
ある意味間違った呪文というか掛け声とともにレインは魔法を使う。柔らかい光りとともに深く傷ついた身体が修復されて癒されていく。地球ではそれは時間のみが使えるチカラ。レインにとってそれはとても不思議な光景だった。
「あなたも……えいっ!」
「……あんた魔力は……大丈夫なのか?」
さほどレベルが高そうに見えない幼げな少女の、続けざまの回復魔法の使用に驚いたヴィルヘルムは、間の抜けた顔をしていた。
「エル、魔法って使うのにいっぱい魔力が必要なの?」
『レイン今更すぎ~ステータスを見てみるの~』
「どう『ステータスオープンなのっ!』」
間の抜けた顔をしたままのヴィルヘルムを置き去りにしてエルのチュートリアル的指導がレインに入る。エルも慣れたのかお約束の言葉に悔い気味に説明を被せてくる。