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64 妖精の悪戯ではなく本気

 ぐらりと崩れた落ちた身体を支えて抱えると、レインが泊まっていると言う宿に運ぶ。部屋が空いているか聞き、隣あった一人部屋と二人部屋を頼んだ。


「公衆の面前で告白されての心労が原因だよな、これ」


「ああ、断りたいけど公衆の面前(ここ)では断れないって……どうしようってそんな顔してた」


 部屋に向かう途中ウィルが苦笑いしながら呟いた。間近で向かい合っていた俺には驚き戸惑い悩む心情と言うより、その表情が手に取るように伝わってきたが可愛らしかったのでそれはウィルには内緒だ。


「でも(のが)す気なんてねぇからレインのお人好しさに賭たんだろ?」


「……これで万が一何かあったとしても居場所がわかる」


 確かに賭かもしれないが、衆人環視の中で求婚ではなくいつでも解消するとつけて婚約を申し込めばレインならそれを断りきれず承諾する筈と……その優しさにつけ込む俺は心底浅ましく狡いとは思うけれど、なりふり構ってなんていられない。あんな女にすらひたすら優しかったのだから、多少なりとも生活を共にし情があるならこれは賭でも何でも無い必然。常日頃から俺以外にも向けられているその底無しの優しさを独り占めしたかったし、一瞬といえど独占出来たことで仄暗い歓喜に包まれる。

 それにブローチや髪飾りではなく絶対外れない指輪をレインにだけでも着けてもらう必要がどうしてもあった。その華奢な指に独占欲の顕現とも言える指輪を嵌めたあと、対の指輪を渡したら俺にも嵌めてくれたから願ったり叶ったりだったけど。婚約指輪(これ)があれば余計な虫がつきづらくなる。


「変に優しいから公衆の面前(あれ)で恥かかせたらなんねぇとか思ったんだろうけど……まぁ、時間かけたらそれはそれで受け取って貰えたと思うけどな」


「……纏わせた魔力が全部抜けてしまったから、残念だけど悠長に時間は掛けられない」


 時間をかければ絆され条件付きで婚約くらいはしてくれただろうけど、その時間が如何ともし難いのだ。


「しかし……金髪(それ)に本当に弱かったな……」


 レインの様子からウィルも気づいたみたいだけど、跪いて向かい合うと光に反射する髪を眩しそうに見つめ、目を細めて眺めたり、そわそわと落ち着かなさそうだった。


「よく分からないけど変装する時に溜め息混じりに金髪(こっち)の方が好きだって言ってたから。それに黒く染めるのは勿体ないって染めながらも溜め息をついていた……」


 まぁ、金髪(こっち)の方が好きなのか聞いたら、純粋にこっちの方が似合うから好きだと言ってくれただけだからそこに他意は無いだろうけど。

 このあまり好きではなかった母そっくりの線の細い容姿は愛する人にはかなり有効なようで、今まで生きてきた中で初めて似ている事に感謝する。なりふり構っていられない今、利用できるものは何でも利用する。


「しっかしエルには嵌められたな……」


「……かなり根性悪い」


 レインを部屋に運び込みベッドに横たわらせると遠い目をしながらウィルが零す。

 なんの心境の変化か知らないが、勘違いでなければどうやら後押ししてくれた様だが遣り口が手酷いし本当に遠慮も容赦もない。

 あとあの妖精(エル)の俺を見る目がごく偶に(ごみ)とか(くず)とかを見るような目になるのにはしっかり気づいている。……レインに必要以上に触れた後だからこちらも敢えて気付かない振りをしているが、あっちも分かっててしているのだろう。

 試されたのは事実……そして、見つけたのだから文句は言わせない。

 それにしてもあの妖精(エル)から偶にどことなく懐かしい匂いというか気配を感じるのは何故か、その謎は深まるばかりだ。


「別に僕は根性が悪いわけじゃない」


「「エルっ!!!」」


 突然背後に現れた妖精は現れる時もその後も何の気配もしなかった。それは通常では有り得ない。どうやっても気配というか魔力が感知できる筈だから。

 エルが大袈裟に溜め息を零すとようやくその気配が伝わってくる。否、伝わってきたのではなくエルが分かるように微々たる魔力を周囲に漏らしただけなのだろう。女神エレオノーラをエレイン(・・・・)と愛称で呼ぶ事から察するに普通の妖精ではなく高位または原初の妖精だとは思っていたが……


「本来レインの魔力は僕たちにとって心地良い日なたのようなものなのに、レインから君の魔力(臭い)がして君の魔力(それ)を纏っているのが僕たちは気にくわなかった。これで汚れは落ちただろう?レインが愛想を尽かすのを待つしかないかな……婚約指輪(それ)シルフォード帝国に帰る前にレインから外しなよ」


 凍てつくような……否、僅かな嫌悪を滲ませた視線が婚約指輪を一瞬捉えた。やはり心境の変化も後押しもしてはいない。キスをして注いだ俺の魔力をレインから抜く為か……どうりで転移させられたレインがブローチも髪飾りも着けていなかったわけだ。妖精の悪戯程度ではなく、これは本気だ。


「嫌だ」


「でも結局君は外すことになるだろうね。(レインの想い)(君の想い)はまったく別物だし一生を一瞬では(君の期限までは)決められっこない。レインは結婚(キミ)なんて望まない」


 分かっている。

 そんなの俺にも分かっている。レインが俺に寄せる気持ちは少女特有の憧れに近い小さな恋心。それを蕾が膨らむ前に無理に咲かせ手に入れようとしているのだから。一方の俺が向ける感情は——ウィルには重すぎると言われる——愛情と……レインにはひた隠しにしているけど誤魔化しようのない愛欲だ。それを気付かれないように何でもない普通の顔をしながら自分の中の高ぶりを鎮めるのに何度体内の血液を冷やして収束させたか分からない。水と氷の魔法が得意で良かったとひたすら思う。

 それにいくら色事に淡白だと言われる俺だって普通の男だから望む望まないにしろ生理的欲求はあるし、社交の場で第二皇子という肩書きに群がる羽虫となんらかの間違いを起こしても困るから積極的ではないにしろ娼館にだって通っていた。娼館(あそこ)なら罠にかけようとしたり変に媚びられたりされずに後腐れなく処理が出来る。……この辺の事情もレインに知られたらなんとなく距離をとられそうだからひた隠しにしているし、勿論彼女(レイン)に出逢ってからは悪循環だとは思いつつもその手の場所には一切出入りしていない。


「でもさエルってば偽装の腕輪の解除条件シオンのキスだろ、矛盾してね?」


「はぁああ゛?!僕がそんな条件つけるわけないでしょ!!!レインがコバルトで出会った人間の魔力に触れたら元に戻るように仕掛けたんだよ!!!お前、うちの可愛い娘にまた手ぇ出しやがってむっつりスケベの変態っ!!!気紛れシルフィの気に入った魔力(もの)への粘着執着体質だけ受け継いでんじゃねぇよ!!!」


 ウィルのその言葉に、おどけた仮面の下に隠されている淡々としたエルではなく、怒り心頭に発したエルが聞き捨てならない事を口走った。


「「……娘?」」


「……チッ……エレオノーラから頼まれたから僕がレインの親がわりなんだよ!だから娘……僕の娘なのっ!」


 舌打ちすると渋々頼まれて親がわりだから自分の娘なんだと答えるが……何か違わないか?何を隠している?


「お義父さんレインを俺に下さい!!!」


「誰がお義父さんだっ!僕はレインを嫁に出す気なんてないのっ!!!」


 とりあえず妖精がお義父さんなのかお義母さんなのか分からないから言ってみたけど、強敵だ……エルがレインの親がわりだとすると、神出鬼没な上に高位か原初の妖精だから多分かなりの魔力を保有しているだろうし、掌中の珠をやすやすと渡すとは思えない。

 しかもエルの様子からすると野営の時の抱き締めて寝るのは可だけど、キスは不可……だからその先なんてもっと不可で……どうする?


「レインが良いって言ったら許可して欲しい」


「……言わないと思うけどレインが良いなら良いよ。基本的に僕たちはレインの味方だからね。僕はもう行くけど……レインに手ぇだすなよ」


 最後にやっぱり生ゴミを見るような目をしているのは気の所為などではなく、本気だ。この妖精をどうやって出し抜くかはこちらも本気で思案するしかないようだ。


「……シルフィの話してたけど、知り合いっぽかったよな?」


「ああ」


 あの妖精(エル)には秘密がある。普段の様子から知らされていないだろうけど多分レインにも……

 それをどうしてだと、何故だと、知りたく無かったと後悔するのはもっとずっと未来(さき)の話——……







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