63 帰り道には御用心
それはギルドからの帰り道……。
「シズクさんの料理美味しいから夕飯楽しみ。そういえば宿は女の人しか泊まってないね」
「ああ、シズクの料理は旨いんだけど全体的に量が少なめだから男の冒険者はあまり泊まらない。だからたまに泊まっても他の宿に鞍替えする」
「そうなんだ……」
町の入り口の方がガヤガヤしていた。ここはコバルトの街みたいに立派な門があるわけじゃないし入場料がかかるわけでもないから出入りし放題。
「盗賊でも来たかな」
「わたし一度攫われた事あるから盗賊とかは嫌だな……」
「絡まれないようにだけ気をつけて帰れば平気さ」
気をつけて……街中でポーションか魔法で眠らされて荷物の中に入れられて攫われたんだけど、この町は絡まれないように気をつければ平気なの?コバルトの街の治安って悪いのかな?
盗賊は大きな街には犯罪歴が分かる水晶があるから入れない。だからこういう所で買い物出来なくなるのは困るから、盗賊とかお尋ね者もこういう所は襲わないんだって。ここに続く街道とかはそれとはまた別な話らしいけど。町中は一応安全なのかな?
「見つけたっ!」
「へっ?うぎゃうっ!」
馬が走ってくる音がわたしのすぐ傍で止まって後ろからいきなり抱き締められる。
「見つかって良かった……レイン」
「……シ……オン?」
わたしのこと探してくれたの?それに今わたしの姿は遠目からじゃ絶対間違えるレベルで違うのにどうして分かったんだろう?
「ちょっと、そこの変質者っ!レインから離れなっ!」
「違っ、ジョーさんっ!」
「違う……?まさか、お前が付きまとって困らせてるヤツか?!」
「シオンはストーカーとかじゃないからっ!」
「「ストーカー???」」
「……えーと、確かストーカーは恋愛感情とかその他の好意が満たされなかったこととかの怨恨から付きまとったり監視したり交際を迫る人の事だったかな……シオンは一応お付き合いしてるから違うよ」
だって、わたしも……好……ぐはっ、本人を目の前にすると無理、無理、無理っ!
「あー、怨恨はないな(けどなレイン、それほぼあってるぞ……)」
「ウィル?!」
「とりあえず、俺たち迎えに来たんだけど」
ウィルの顔を見るとほっこり落ち着く。
「……シオン離れてくれる?」
「イヤだ。もう離さない」
なんかこういう背中に引っ付く妖怪、離れないしどんどん重くなるの、確かいたよね?
「レイン、やっぱりこいつ変質者じゃ?」
「シオン、このままじゃただの変態だと思われるから」
渋々離れたシオンは、わたしに向かいあうと微笑みながら地面に片膝をついて跪く。いきなりの恭しい態度に私の中の何かが逃げろと告げた。それなのにキラキラと輝く金の髪が眩しいし、コバルトブルーの瞳に見つめられると逃げ出したいのに後退りさえ出来そうにない。しかもここは石畳とはいえ道端なのに微笑むシオン背景に花畑が見えるし、その微笑みに何だかくらくらする。
「レイン、結婚はまだ考えなくても良い」
「へ?」
それってわたしの事は結婚したいって言う程好きじゃなくなったって事?自分の気持ちに気付いた途端に失恋とか……わたしってタイミング悪すぎる。
「その代わり婚約してもしレインがどうしても結婚出来ないって思ったら婚約は解消するから、だから受け取って欲しい」
「シオン……」
「…………レインと結婚出来ないなら死んだ方がマシだけど」
そう言いながらシオンは呪いの……違った、婚約指輪を取り出した。最後にポツリと呟いた部分は全力で聞かなかった事にする。
いつの間にか集まった周りの人が囃し立てたり口笛まで聞こえてくるからもの凄く恥ずかしい。
きっとここでシオンからの遠回しな求婚というか婚約の申し出を断ったら、流石にもう一緒にいられないよね……。
「……分かったから……でも結婚とかは全然考えられないし、無理なら言うからその時は……約束ね」
わたしの左手の薬指に呪いの……改め婚約指輪が嵌められる。渡された指輪をシオンの指にも嵌めてあげる。これ二つとも用意したのシオンだけど良いのかな?この世界の——元の世界のも——作法がまったく分からない。
「これでどこに居ても分かるから安心」
「ちょ、……んっ……」
ちょっと待ってこれGPS機能付きなの?!と叫びかけたわたしの唇はシオンの唇に塞がれる。
ああ、なんか周りから拍手やらなんやら聞こえてくるけど、婚約の申し込みをしたシオンが指輪を受け取って貰えたからって事なら、わたし完全に見世物だよ?……何の罰ゲームなのかな?
その瞬間、コトリと地面に何かが落ちた。
違和感ばかりで慣れなかった銀髪が元の黒髪に戻るのが目の端に写り、わたしがわたしに戻る感覚。
ああ、偽装の腕輪が外れたみたい。まさか……解除方法ってシオンのキス?!
「シオン、そろそろやめないとレインに嫌われるからな」
そうだっ、もっと言ってウィル!半分くらい脳筋だとか思っててごめんなさい。わたし達の中でウィルが一番の常識人だと思うよ。
渋々唇から離れたシオンのわたしに向ける微笑みは眩しくて直視出来なさそう。
「……ねぇ、どうしてわたしって分かったの?」
「例え姿形が変わっても愛する人を間違えたりはしない」
「村に入る直前に魔力が追えなくなって滅茶苦茶慌ててたけど、それでもレインを見つけたから多分シオンは間違えたりしないと思うぞ」
「それに婚約したから、もう大丈夫」
嬉しそうに呪いの……否、婚約指輪にシオンは触れる。その瞬間ゾクリと何かが背筋を駆け抜けた。
……わたし早まったというか間違えたかな?
でも、あそこで断る選択肢も保留にする選択肢もなかったよね?
なんか勢いに押された感は否めないけど、なんか逃げるに逃げられない状況だった気もするけど、これからも一緒にいたいなら受ける一択しかなかったよね?
早くコバルトの街に帰りたい。このままじゃ、わたしは話の種というこの町の娯楽だよ……。
「レイン、ちなみに泊まってる宿はどこだ?」
「……この目の前の古今東西亭だよ」
宿を見上げると、二階の窓からメルさんとサラちゃんがこっちを見ていて目が合った……終わった。終始見られていたとか、わたしの中で何かが崩れ落ちる音が聞こえる。
「じゃ、暫くここに泊まってダンジョンだな」
「えっ?!」
「ここ、行く予定だったダンジョン近くの村、メルトだぞ?」
「え゛ぇ゛ーっ!!!」
「……多分どうするかエルに試されたんだと思う」
エルのバカっ!何が一人で考えろなの?
試すならシオン一人にして欲しい。
ここはどこかの町だと思ってたのに、ウィルとシオンと来るはずだったダンジョン近くの村なんて……。
「……騙された」
「あと二十日ないけど、レベル上がると良いな!」
あと二十日もこの村に居なきゃいけないなんて……エルのバカっ!
こんな所で婚約申し込むなんてシオンのバカっ!
でもでも、一番はわたしのバカーっ!!!
二人に会って気が緩んだのか、それとも色々と精神的に限界だったのか、張りつめた糸が切れるようにわたしの意識は途絶えた……。




