59 偶然か運命か
「……レインが見当たらない」
「流石に勝手には出掛けねぇだろ」
またまた妙な未視感……前にもあったが何かが違うつーか……そう、前と違って何の痕跡もねぇ。
「レインならここには居ないの~」
「「エル?!」」
「ここでのレインは何も分からない赤子のようなものなのに、在ろう事か間違った知識を与え、僕がいない間は守れと言ったけどそれも出来ていないんだから、偶然会った君たちなんかに任せるべきではなかった。君たちにはガッカリだよ。新たな保護者と引き合わせたからもう君たちに用はないかな」
この家からレインを連れ出したのがエルなら痕跡なんてあるわけがねぇ。ただ妖精がそんなに遠くまで人間を運べる筈が無いから、そこまで遠くまで連れ出したりはしていないはずだが……。
「レインを返せ」
「返せとは言葉は正しく使いなよ。いつ君のものになったんだい?偶然会った君たちではなく今度は嫌がるレインに無理強いしない人間をちゃんと選んだから心配しなくて良い」
「嫌がってなんか「本当に?」」
「まだ考えられないとは言われたけど、それに許可はとっているから、嫌がられたり無理強いなんてしていない……多分」
「ふ~ん。仮に君がレインを見つけられて、レインが戻っても良いと言えば僕も考えても良いよ。それじゃあね」
「ちょ、ちょっ待てエルっ!」
そう言いたい事だけ言うとエルの姿はこつ然と消え、それと同時に隣から乾いた笑いが聞こえる。
「……シオン?」
「変になりそうだ」
「とりあえず落ち着けよ?……探すんだろ、っていきなり髪の色戻すなよっ!それ染め直したばっかだろ!!!」
「兄妹扱いされてるから承諾して貰えないのかもしれない。こっちの方が好きだって言ってたし……」
言ってる事が離滅裂でようやく見つけた番を奪われたからなのか今のシオンに何言ってもダメだ。
「そんな事より探しに行こう、な?」
つってもどうやって探すかだな。方法を思案していると、シオンがいきなり魔力全開で高位魔法を空に向けて連発させる。歴代シルフォード一族のようにとち狂ったのか?死別じゃねぇのに早すぎだろ?……ああ、早くレインを見つけないと。
「……あっちの方向にいる。今枯渇寸前まで魔力を使ったからレインに馴染むようにキスで注いだ俺の魔力が凄い勢いで戻ってきている。その魔力残滓を辿れば其処にレインが居るはずだけど……それに細工をされていたら俺にも分からない」
「……とりあえずギルドで馬借りて行くか」
「ウィル、早くっ!」
飛び出すシオンに、しばらくはカチカチの保存食になりそうだと俺は小さくため息を吐き出し、その後を追った。
***
「シオンっ!いい加減休まないと馬が潰れるっ!」
「……分かってる」
分かってると言いつつシオンはなかなか休もうとしない。
「小川があるっ!ちょうど良いから休ませるぞ!」
「……っ、分かった」
渋々承諾すると馬を小川に寄せ、無言で木陰に寄りかかった。
「焦りすぎだっての」
「……戻らないって言われたらどうすれば良い」
「今まで三人で上手くやってきただろ?大丈夫だって……」
「そう、か……」
上手くいってると思ってたんだけどな俺は。
レインのシオンを見る眼差しには確かに好意が混ざっているし、シオンのレインを見る眼差しは周囲に憚ることなく甘ったるい。だからシオンの気持ちにレインがまったく気付かない方が不思議で仕方なかった。
この間の求婚の時発覚したシオンがレインに惚れたのが死にかけた時ってのから考えると、その辺のシオンの地位や財産に寄ってくる女共と違って何も持っていない、それこそ死にかけて普通なら厄介者にしか見えないシオンにほんの少しでも好意を寄せたんだから、相思相愛で上手くいくしか無いのに、どこでどうやったらここまで拗れる?シオンの好意はちょっと……否、かなり重いけど、レインがもう少し自分に自信を持ってくれたらあっさり解決するのに、それは自分に価値がないと思って生きてきたなら一朝一夕には無理な話か。
「ウィル、そろそろ出よう」
「ああ、この方向はメルトか……皮肉だな」
「何?」
「いや、何でもない」
エルの言うところの偶然会った俺たちでは無い、新たな保護者となったヤツとレインが上手くいっていたら戻る保証なんて一つも無い事は俺もシオンも気付いているけど、それを言葉にしたら現実になりそうで口に出来ないでいる。祈るしか無い、偶然が運命で在るように……。
馬を休ませながら野営はせず走り続ければ約一日半、メルトはもうすぐだ。




