56 酒は飲んでも飲まれるな
「ついに酒場デビューか~」
飯を終えた帰り道、わくわく顔のレインがコバルトの街の酒場の前でその看板を見上げ意気込んでいた。別に珍しいもんでもねぇのに、やっぱりお子様なんだよな。
「レイン飲めんの?」
「あんまり苦かったり辛くないのだったら」
「それ、どんな酒だよ」
俺とシオンはそこまで酔わねぇけど、レインに飲ませて大丈夫なのか心配になる。普段から見てると危なっかしいんだよな。
それにシオンはレインに滅法甘いというか弱い。これが惚れた弱味というヤツだろう。
「これはお家でも作れそう……屋台もそうだけど焼き物は多いけど揚げ物とかはないんだね」
頼んだ料理と睨めっこしてるレインは、まだ酒は頼んでいない。
「レイン、これも味見する?」
「良いのっ?じゃ、一口」
さっきからシオンが多分何種類か味見出来るようにとレインの為に頼んだ酒を一口飲んで色々試した後、結局葡萄の果汁を半分混ぜてかさ増しした安いワインを選んだ。確かに苦くも辛くもないが……それ酒っていうか?子供の飲み物だろ、それ。
レインがお試しした残りの酒はシオンが顔色一つ変えずに飲み終えているが、いくら弱い酒っつったって、いつもと比べて少しペースが早くねぇか?
「ね、シオンそれも一口」
「これはダメ」
「むぅ……シオン、ちょうだい」
漸く頼んだ自分用の酒はレインに飲ませる気はなさそうだけど、上目遣いでのお強請りとかなかなかやりおる。シオンの負けだな、これは。
……ただ、それは飲み慣れてないヤツはやめておいた方が良い酒なんだけど、俺は知らねぇぞ。
「飲んで後悔しないなら良い、けど……レインには勧めない」
「それ、不味いの?」
「美味しいとは思うけど、多分大人向けだと思う」
「そうやっていっつも子供扱いしてっ……ぶへぇ」
「レイン、それ高い酒だからな」
アルコールも値段も高いその酒は飲み慣れてないヤツには苦かったり不味く感じるだろう。だからやめておけと言うのにやっぱりレインはそれを聞かない。
好奇心旺盛と言えば聞こえは良いものの、普段からシオンの口数が少ないのもあるだろうが、多分レインを納得させる説明をしていない事に加えて、根本的な部分で信頼関係が築けていないのが原因だろう。……なんだこの既視感。
例えばアルコールの濃度が高いから勧めないとか、苦いからとか具体的に言えばいくらレインでも納得するだろうけど、シオンが野営ん時とかに丸め込んだというかしれっと騙してるから根っこの部分で信じてねぇんだよな。その距離を埋めるのが先決なのはシオンも分かってはいるだろうが……まぁ、具体的な改善点は後で伝えておこう。あの女の時みたいな失敗は繰り返さない為にも。
「だから言ったのに」
「らいじょぶ。おねぇさ~ん、こっちのあまいのもういっぱい」
ん?ちょい待て、なんか呂律おかしくないか?
「「レイン、もう飲まない方が良いと思う(ぞ)」」
「もうたのんらもん」
「絶対酔ってるだろ?!」
「へーき、へーき」
「レイン、これ以上は歩いて帰れなくなる」
「らいじょうぶ~、おねぇさ~ん!もういっぱい」
「ちょっ、やめとけって」
ここで三杯目……既に変に目が据わっている。これは酔っ払いなんて可愛らしいもんじゃねぇ。いくら強い酒を飲んだからって癖悪すぎだろ。
「わたしのほりぇがたべりゃれないのかーっ!」
「食べる、シオンが食べるからっ」
「ウィル?!」
「あ~ん」
「なんとかしろお前の婚約者だろっ!」
「ウィル、俺にはとめられそうに無い」
「俺だってムリだから」
それからもう一杯頼むという無謀さを発揮したレインは、今はシオンの腕の中というわけだ。さっさと帰って酒抜いてから寝かせねぇとな。
「レインはあんまり強くない酒なら二杯までだな」
「別に飲んでも良いけど……俺の居る時だけにして欲しい」
レインを抱えてなんだか嬉しそうだから何も言わねぇけどさ。甘やかしすぎじゃねぇか?
「なぁ、酔い醒ましか万能薬のポーション持ってるか?」
「俺は持ってないけどレインが持っているから、帰ったら起こして水を飲ませてポーションをアイテムボックスから出して飲んでもらうつもり」
「まぁ俺とシオンはいらねぇけど、レインは速攻飲ませろよ」
「……これだと状態異常軽減の装飾品が必要かも」
「毒に強くても酒に弱いヤツもいるし、念の為にダンジョン行く前に対策は少し考えてみっか」
「レインはHP100しかないから心配」
「つってもな、こればっかりは先天的と後天的があるだろ」
なんとなくレベルを上げてもレインの最強で最弱——魔力面と物理面で——は変わらなさそうなんだよな。
とりあえずは状態異常の程度を調べるとして、まずレインに教えるべきは自分の限界がどの程度かと"酒は飲んでも飲まれるな"だな。
まさか次の日、シオンとレインに揃ってそれを説教する事になるとは、ほろ酔いの今の俺は知らなかった……




