54 優しさだけじゃ救えない
「……あの、エリンちゃんはどうなるのかな?この後ウィルは魔法審問ってやつに行くんでしょ?」
次の日、朝食を終えると紅茶を飲みながらレインがそんな事を言い出した。ちなみに大事を取って今日の朝食はシオンが作ったんだけど、あいつ料理を作るレインに手伝い名目でぴったり引っ付いてただけあって飯作るの上手くなったよな……
「その辺はこの街の騎士や司法に任せているけど、アルケミニア王国の法と照らし合わせれば犯罪奴隷として鉱山あたりに送られるだろう」
「あー、殺しかけてるしロックフォードあたりだろうな」
「え゛っ?!犯罪奴隷……なにそれ……十四歳未満じゃないけどまだ十四歳なんだし少年法とかは?それに更正だってできると思うんだけど……」
レインはブツブツとなんか訳わかんねぇ事言ってるけど、あの女の性根じゃ更正なんてできっこねぇし、アルケミニア王国の法に照らし合わせてもこればっかは当人同士で何とかなるレベルの話じゃねぇ。そもそも犯罪は犯罪でそいつの年齢なんて関係ねぇし、シルフォード帝国だと死刑もあり得る。
レインは誰にでも優しいけど、多分優しさだけじゃ救えない事もある。
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レインは誰にでも優しいけど、多分優しさだけじゃ救えない事もある。俺はずっとそう思っていた。ただ優しいだけじゃ救えやしないと。……だけど、レインにもっと自分の為に生きて良いと、わがままになって良いと、長くてとても短いこの旅の中でそれを伝えられなかった事を心底後悔する事になるとは、この時の俺もシオンも知らなかった……
全世界を敵に回しても受け入れられねぇし、忘れたく無いもんがある。
たとえそれしか選べる道がなくても……
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ロックフォードはもともとダンジョンで魔法が使えないダンジョンという点を利用して作られた重犯罪者用の施設だ。一階層が街として作られていて、施設管理もダンジョンの中で魔物を倒すのも三ヶ月交代で軍から演習に来ている者達になる。ミスリルやオリハルコンなど様々な鉱石が採掘できるが魔物が出るし、魔法契約によりダンジョンの中から出ることが出来なくなるから犯罪者にとってのロックフォードは恐ろしい場所だ。
「故意に雇い主に危害を加えればそれ相応の罪と賠償が発生するし、相手が貴族なら尚の事だ。それにこれはその辺の平民同士の諍いともまた違う」
「ごめん、よく分からないけど……もう元気だし私が被害を訴えなければ良いとかじゃなく?それに賠償とかって大袈裟だし、わたしお金なんていらないよ」
「レイン、契約も法も守らなくてはいけない。それに安心して良い。魔法審問に嘘はつけないから正しく裁かれる……犯した罪の分、国の施設で賠償額分働けば条件付きで放免される」
「あ、ボランティアみたいな?鉱山でボランティア?」
放免ねぇ……あの女の場合、レインを殺しかけてるし賠償額が半端ない筈だからそれこそ一生出られないと思うんだけど、まぁ言葉は使いようってヤツか。
「それに作った側の貴族がおいそれと破る訳にはいかねぇし……って事で面倒くせぇけど証言は俺がしてくる。親父には連絡しといたからシオンはここで待機な」
「ああ、すまない」
「……えっと、二人ともやっぱり貴族ってことなんだよね?」
やっぱり薄々というか気づいてるよな、それは。シオンなんてどっからどう見ても貴族の子弟にしか見えないしな。
しっかし、今シオンにフルネーム名乗らせるのは時期尚早つーか……
『アレクシオン・C・フォン・シルフォード』
もろシルフォード帝国の名前入ってるし、間違いなく第二皇子って聞いた次の日というかその日のうち、下手したら聞いた瞬間レインが逃げだすのが目に見える。流石にフルネームはもっと距離を縮めて退路を絶ってからの方が良い。
「ヴィルヘルム・F・フォン・ルミナス。確かに実家はアルケミニア王国の貴族家だけど、まぁ、変わらずウィルって呼んでくれれば良いし。で、こいつは普段シルフォード帝国にいる従兄弟でアレクシオン」
「俺も今まで通りシオンって呼んでくれれば良い」
「わ、分かったから!近いよシオンっ!」
……セーフ。レイン、誤魔化してすまない。
レインには悪いけど、このまま丸め込まれてシオンの嫁さんにおさまってくれれば俺としても何も言うことは無い。そもそも逃げてもシオンなら涼しい顔で地の果てまで追い掛けそうだけど。レインは見てると平民っぽくねぇけど、まぁ平民だとしてもそれこそ爵位が低くてもルミナス家か他の公爵家で養女になってから嫁げば良いだけだし簡単だ。
「レイン、ウィルも俺も賠償金はいらないから、それをこの街の孤児院に入るようにすれば良い。そもそも孤児院がいつも定員以上なのが問題」
「確かにな、そしたらあの女を預からなくて済んだわけだし」
国境に近いからかコバルトの街は孤児院が年中満杯で、住み込みの仕事を見つけたり冒険者になって成人前に出て行く……正確には出て行かざる得ない場合が多いらしいし、王都と比べるとどうしても治安が悪い。
コバルトはウォール伯爵領だったか?最低限は援助してるみたいだし変に手出しするわけにもいかねぇんだよな。俺に出来る事なんてのは限られてるし、じき王都に向かうだろうから直接親父にそれとなーく話すしかねぇか。
「わたし、お金はいらないからウィルに任せるよ」
「おう、任せとけ」
「あと、出来るだけエリンちゃんの罪が軽くなるようにしてあげて欲しい」
「出来たらな」
まず、魔法審問だからそれは"出来ない"んだけど、レインは知らねぇみたいだし。
例えば俺が悪い事して……具体的に言ったら冷蔵庫のプリンを昨日三つ食べちまった事を隠してるとする。それを魔法審問にかけられたら、洗いざらい話してその罪を認めちまうんだからな。まず逃れようがねぇ。帰ってきたらプリンを三つ食っちまってすまないとレインに謝らなきゃなんねぇ……だってシオンの奴、ごゆっくりし過ぎなんだよ。
「そうだ、もう少ししたらダンジョン行ったり討伐行ったりしねぇか?レインのレベルはもう少し上げておいた方が良いと思うんだよな」
「確かに致命傷を避けるにはレベルを上げておいた方が良い」
「ダンジョンは行った事ないからちょっとだけ行ってみたいかな」
そうこなくっちゃ、これは楽しくなりそうだな。
「それと、この家の契約が切れる三週間後にコバルトの街から次の街に行かねぇか?」
「確かに事件続きだし、この街もそろそろ潮時」
「あっ、ウィルもシオンも身を隠してる最中だったのに……この街で目立っちゃったよね」
レインが申し訳無さそうに俺とシオンを交互に見る。コバルトの次はネオン、ネオンの次はセレン、そうやって王都に向かえば良い。
「そうと決まれば出発まではレベル上げして、三週間後にはここよりは王都に近いネオンに移動で良いか?」
「それは良いが……ウィル、そろそろ家を出ないと遅れる」
「じゃ、レインと色々相談しといてくれ」
「ウィルの言う色々ってご飯の相談でしょ?」
「飯、大事だろ!」
なんだかんだでこの二人との生活や旅が楽しくて仕方ないから、シオンの想いが伝わる事を願う一方で、このまま過ごしたいと思う俺がいる。
そして気を引き締めると貴族の居住区の奥、魔法審問が行われるウォール伯爵の城に向かうのだった……。




