52 永遠のようでほんの一瞬
このまま"目覚めないかもしれない"そう思ったのは出会って間もないのに早くもこれで二度目……
呼吸をする微かな音を聞き逃すまいと少しだけ顔色が良くなったその顔を見つめた。確認の為に耳を寄せれば心臓の鼓動も確かに聞こえた。だけどその瞳が開くまで、声を聞くまで、まるで臓腑が握り締められているかのように息が上手く出来ない。
上手く言い表す事が出来ないが多分それは一目惚れだったのだと思う。最初は心配そうに覗き込むその姿に見とれ、そして次にくるくると目まぐるしく変わるその表情に目を奪われた。打算など無くただ純粋に差し伸べられた救いの手。その対価さえ求める事の無い高潔さ。このまま道を違えたら二度と交わる事の無いだろう未来に、対価をこちらから押し付けた。
もともと媚び諂うことなく傍にいてくれる存在は極僅かで、血縁者と言えども気を許せる者は数少ない、そんな俺にとって君はとても眩しくてどうしても目が離せなかった。
きっと何者であってもその態度は変わる事は無いだろうと思いつつも聞かれない事を良しとして己の出自を口にしないのは、万が一にでも忌避されたり距離をとられる事が怖くて仕方ないから。
エレノワールの森の湖で野営の前に妖精のエルとこっそり水浴びしてたり、コバルトの街への街道沿いにある小川でも水浴びしようとしてウィルに止められたり、魔法の基本的な使い方が分からずその使い方が変だったり、エレノワールの森にいたのに移動には欠かせない野営をした事がなかったり、お金の価値や使い方をまったく知らなかったり、まるで人の世に慣れていない精霊か妖精のようで、いつか忽然と消えてしまうのでは無いかといつも不安になる。俺としては、たとえ精霊や妖精でも婚姻の儀の効力はあるから、レインが何者でも構わないけど。
離れ難くて、世慣れもそれこそ男慣れもしていないあどけなさに付け入りさもそれが常識なのだと、比喩ではなく懐に抱き入れた。小狡いと思われても構わない。ほんの束の間、コバルトの街で一緒に過ごす時間に姑息にも自分以外の選択肢を潰そうとした。
そうして漸く近づけたと思ったのに、あっさりとこの腕からすり抜けていく。神がいるのであればまるで俺の手になど入らないと取りあげるかのように……
姑息な手を使ったから、狡をしたから、これはその罰なのか?
あれからどのくらい時間が経ったのだろうか……もう永遠のようでいて多分それはほんの一瞬。神妙な面持ちのウィルが部屋に入って来た。
「……飯くらい食えよ」
「いらない」
「飯食ってねぇと起きたらレインが気にすんだろ」
その言い方に、ああ、ウィルらしいなと……その心遣いに、後悔と苛立ちとでささくれ立った心が少し和らぐ。取り出したのは屋台で買ったのだろう串焼きに薄いパンのような生地に具材を挟んだもの。
「ほれ、これもな」
「……それは遠慮しておく」
「せっかくギルドマスターからそこそこ上物を強だ……貰ってきたのに」
今絶対貰ってきたの前に強奪って言いかけたと思う。確かにそこそこ上物のワインだけどこれは食前酒にするには向かないし、レインが目覚めていないのに気を抜くにはまだ早くて、詰まるところ酔っ払うまではいかなくても瞬時に正常な判断を下せるように、今は酒気を帯びるわけにはいかない。
「一杯くらいで酔わないだろ」
「でも今はそんな気分にはなれない。それに……」
「お前も顔色悪いから気付けにって思ったんだけど、昔っから堅いんだよな」
「そう、か?」
「そう、だ」
「まぁ、これは快気祝いにとっておくさ。とりあえずそれ食っちまえって、それとこっちな」
あの女が来てから何でもかんでもレインのアイテムボックスから出すわけにもいかず、魔力を充填した魔導冷蔵庫で冷やしてあったお茶を手渡された。……これは少し温いか?
「こんな時はあったかい方が良いだろ」
多分俺なんかよりウィルのような男の方がレインを幸せに出来るだろう。そう分かっているのに、どうしても想いを断ち切り諦めるなんて出来なくて、ウィルにも託したくもないし他の誰にも渡したくもないし、触れさせたくもないし、見せたくもないのだから俺は自分勝手なのだ。
それにレインのような錬金術士にとってシルフォード帝国よりアルケミニア王国の方が暮らしやすいのも分かってる。分かっているのに彼女の幸せを望むよりも傍にいたい傍にいて欲しいと自分の望みを優先させる俺はやはり狡い。それに誰よりも君を幸せにするとは断言出来ないのだからやはり始末が悪い。
「あんまり考え過ぎるとうちの親父みたく禿げるぞ。流石にシオンが禿散らかすのは見たくねぇし」
美丈夫だが厳つめのアルケミニア国王と宰相をしている王弟を思い浮かべると、確かにウィルの父の頭は歳を追うごとに薄くなっている。ウィルの父には俺の父も苦労を掛けているから何とも言えないが……。
「多分大丈夫」
基本的に俺は自分と数少ない大切な人の利を取り他は捨て置く利己主義だ。ウィルの父みたいに兄はアルケミニア王国国王で自分は宰相、妹はシルフォード帝国皇妃と、方々の兼ね合いを考えたりしないから、あんな気苦労は無い。
「どうせ交代はいらねぇんだろ」
「ああ」
「俺は庭で鍛錬でもしてからどっか食堂に夕飯五人前くらい頼んでくるわ」
「一人分はあっさり目か消化に良さそうなものにしておいた方が良いと思う」
「了解」
食堂に頼んでくると言った夕食に注文をつけると、ウィルはそれを了承して部屋を出て行く。
半日は様子を見よう……そうは思っているのに落ち着かない。怪我をしたのは俺たちがギルドに出掛けた後だから午前中の早い時間。発見したのは詰め所の騎士を呼んだ茶番の後でお昼前。様子を見ると決めた半日をどこからにするかでまず悩んでいる。
やはり半日は長すぎる気がする……舌の根の乾かないうちに様子見しようと決めた半日すら長く感じて撤回しようとする。
前回も半日は意識がなかったのだからせめて夜の鐘……六時までは待とう。
……レインが起きたら普通のキスをしよう。一度魔導馬車の中で二人きりの時に雰囲気で押してキスに持ち込んでからは、なし崩しというか隙あらば口づけているが、レインはなかなか慣れてくれない。髪の毛に口づけても恥ずかしがるし、キスだけであんな顔をされると偶に理性が飛びそうになる。
それに、手に、頬に、唇に、髪にと、レインに口づける度に魔力を流し込み魔力が同調して纏う魔力に気付いた俺以外の男が寄らないように、将来子を成しやすいようにと、お試しと言われている今としては時期尚早な努力を勝手にしている。魔力が高いと父と母がそうだったように人もエルフのように子が出来にくい。……きっとキスをしてくれなくなるからこれは本人には言わないけど。
君が起きたらもう一度伝えたい事がある。紫水晶の瞳が俺を写すのを心待ちに、この永遠とも思える時間を身動ぎもせず横たわり眠るその姿を見つめて過ごす……
前話にて30,000PV↑となりました。ご覧いただきましてありがとうございます♪
御礼SSなどにつきましては近々活動報告にてお知らせ致します。
まだ前回、前々回のも書いて無いので30,000PV御礼は本編を今日と明日二日続けての更新にさせていただきます。現在、家庭の事情(冠婚葬祭)が重なっているのと仕事が滅茶苦茶忙しいのですみません(´◦ω◦`):




