51 お前らの進展具合は?
「……持ってる」
「シオン?!」
「ポーションなら持ってる。レインがギルドで絶対買うなっていっぱいくれたから」
ああ、あの時……買い占めた事に対する説教だけじゃなく、森でオーク討伐前に作ったポーションをシオンに渡したのか。レインがシオンに直接渡したらシオンにとってそれはギルドで買うより特別なポーションになるから対応は間違ってない。でなければ誰にも使わせたくないとか言い出して間違いなくまた買い占めるに決まってる。なんせ寝顔を減るから見るなと言い出す、愛しいものを前にしたらかなり心が狭いのは一族特有か?
「だったらお前の時と同じで赤いポーションで失った血を回復できる……シオン、急げよ」
いくら防御力の高いスパイダーシルクのワンピースを着ていてもこの惨状を見るに残された時間は余り無いだろう。俺はそう言うとレインにクリーンをかけた。青白い顔、微かに息をしているのが分かるがそれはあまりにも弱い。
「分かっていたのに、護れなかった……」
ポーションを取り出したその手が震えていた。
確かにレインに向ける態度は多かれ少なかれ妬み嫉みがあった。だけどまさか短絡的に殴ると思うか?
その昔アレクシア様の暗殺未遂事件の時のギデオン様もこんな風だったのかもしれない。その後アレクシア様に四六時中結界を張り続けるという荒業を約二十年続けているギデオン様はうちの親父曰わくはっきり言って化け物だとか。しかも親父は今も両陛下に振り回されて苦労してるからか頭が薄くなってきている……
「レインだって世の中には良いヤツばかりじゃないって今回ばかしは分かるだろ?まずは助けろ。まだ取り返しはつく」
物理的にかなり痛い勉強になったしこれで懲りてくれると良いが、多分レインは変わらないだろう。不可侵の森に現れたからどこの国出身なのかも分からないしそもそも俺たちとは根本的に考え方が違う。もし俺がレインだったとして、厄介事をわざわざ助けようとするとは思えない。魔物を退治するくらいまでなら手を貸すが、やはりその後の治療とか飯とかになると話は別だ。
「っ、分かってる」
レインの上半身をポーションが入りやすい様に起こすと、顎に手を添えシオンは赤いポーションを口移しで無理矢理飲ませる。それを何度となく繰り返す。
「もうこんなのは嫌だ……起きているレインに普通にキスがしたい」
あの女を助ける為に魔法を使いMPの枯渇で倒れた時は半日目覚めなかった。その時はMPポーションを口移しで飲ませてたっけな。
零れた分を考えるとレインの飲んだポーションは約半分……もう一本だな。
「もう一本飲ませたら様子みるか……因みにお前らどこまで進んでんだ?」
こっちに帰って来てからも部屋で寝る支度をしているレインをかっ攫って自分の部屋に連れ込み抱えて寝ているのは知っている。そんなの他人に見られたら責任問題だが嬉々として責任を取りそうな所が怖い。俺がレインだったら最初から逃れる事の出来ない罠に嵌められたと思うけどな。シオンとしては逃す気が無いんだろうけど……今もレインがシオンの魔力を纏っているのはそう言う事で、遅かれ早かれあの手この手で頷かされるだろうな。
「キスだけ……少し触るくらいは許されるけどそれ以上は婚姻の儀とかがあるから出来ない」
「そういやシルフォード帝国の王族にはそんなんあったな……ってだからいきなり求婚したのか?!」
シオンってば腐っても第二皇子なんだよな。しかもシルフォード帝国は七面倒臭い儀式とか満載だし。婚姻の儀式があって床入りの儀式もあるだろ……うわっ、面倒……
だいたいは有力貴族の子供と婚約して結婚して……って、シルフォード帝国の王族って恋愛の要素がまるでないわ。唯一恋愛というかアレクシア様に一目惚れしたギデオン様だって十六歳の時にアルケミニア王国の第二王子の成人の祝いに皇帝の名代で来て十三歳のアレクシア様に求婚してその婚約者と決闘。アレクシア様の成人を待ってその二年後に結婚。シオンの感覚からして求婚は間違ってはいない……けど、いきなり求婚は一般的には間違いだからな。しかし一目惚れも一族特有か?
「レイン以外いらないし欲しくない。だから婚礼の儀から一連の儀式を受けて貰えたらとは思っている……出来たら来年の誕生日前まで」
「儀式なんてレインには馴染みが無いだろうし、お前と付き合うこと事態押し切られた感があるから正直どうだろうな」
「それにまだ俺たちの素性を話してない……」
「まぁレインなら聞いても驚くぐらいで態度は変わらねぇだろうけど……ってかユーリアナはどうするんだよ?自由なのは次の誕生日までだろ」
シルフォード帝国の王族の義務で初床は精通した十二、三あたりだったか?ギデオン様が宰相の娘を第二皇妃にしたように正妃または側室候補が初床の相手と決まっていて、十九の歳になるまでの間に正妃を決める。レインと出会わなければ多分シオンはユーリアナと偽装っぽい結婚をしていただろう。
ちなみに正妃になれると思っていた第二皇妃のイザベラ様なんてアレクシア様がシオンを産む前に自分の腹をかっ捌いて子供を取り出し王太子にする執念深さ……懐妊する為にギデオン様に薬を盛った噂すらあるからシルフォード帝国は恐ろしい。その点アルケミニア王国の平和な事。
「乳兄弟は相手が有力貴族の令嬢より自分の方が良いだろうと申し出てくれただけ。現当主はユーリアナの伯父で爵位は子爵だけど母方は伯爵家だから。それにユーリアナは俺よりフェリシアが好き」
確か今フェリシアが静養の為にほぼシオンの領地に引っ込んでいるからシオンの治めるべき領地の采配を乳兄弟がしているんだったな。性格は男前だが無類の可愛いもの好きでシオンの五歳下の妹フェリシアを溺愛してて……あー、あれも一種の変態だと思うが言わぬが花。
「俺シルフォード帝国の王族じゃなくて良かったってマジで思うわ」
アルケミニア王国は王位を継がなければ公爵家を継ぐか興す。国王はヘンリー叔父上で王弟ヨハネスは親父で現宰相、他の公爵家は現当主のみで跡継ぎがいない状況だ。基本的に側室を娶らないアルケミニア王国では国王には幼い王女しかいないがそのうち王配を選ぶだろう。うちは俺に双子の妹二人。うん、平和だ。
「顔色大分良くなってきたんじゃねぇ?」
「レインを寝かせてくる……」
青白かったレインの頬に赤味が差してきた。シオンの時も毒消ポーションと赤いポーションを身体に入れたら顔色が良くなったっけ。
様子を伺っているとちゃんとレインの部屋に運び込んでいるからとりあえずは良しとする。俺に言われたくないかもしれないが、無駄に賢いはずのシオンがかなり馬鹿になってるのを見ると愛とか恋は恐ろしい。
レインがレインらしくある限りこれから先も同様の事が起こり得る。共に有りたいのならシオンは万が一……その覚悟が必要だと思う。
「まぁ、わざわざ今言わなくても良いか……」
今回は妬み嫉みから多少意地悪されるだろうと分かってはいたがあそこまで短絡的というか、過激な行動に出るとは俺もシオンも思っていなかった。レインの怪我が酷かったのはHP100しかないからもあるだろうし……とりあえず早急にレインのレベル上げが必要だな。俺とシオンのレベルもオーク討伐で上がってるし竜種でも倒しに行くか?それとも近場のダンジョンでも良いな。レインがいたら飯に困らないからダンジョンを踏破するのも良さそうだ。
「"護れなかった"か……護らせてくれる気がねぇから多分無理だぞ、あれは」
この先も彼女に振り回され右往左往する従兄弟殿しか想像出来ない。何であれこれから先も退屈する事はなさそうだ。
「腹減ったんだけど、飯どうすっかな……それにギルドにも報告必要だよな」
暫く目覚めそうにないレインにその傍を離れないだろうシオン……面倒臭いが仕方ない。
誰に聞かれる事もないため息を小さくつくと屋台に寄り道をしつつギルドに向かう。
今回の顛末を報告をする為に……




