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50 契約と制約

 シオンが忌々しげに何かを取り出すとその怜悧な顔で酷薄に笑った……無表情を通り越して笑うとか、これ相当ヤバイな。


「そうだ、この契約書に誓って答えて貰っても良いか?」


「それって私を疑っているんですか?!そんなのレインちゃんが勝手に居なくなったのにおかしいじゃないですか!」


 その矢継ぎ早の言い逃れに最後通牒とばかりに取り出した契約書に魔力を流し込み効力を発揮させる。青白い光が契約書に魔法陣を浮かび上がらせコントラクトが発動すると、この不貞不貞しい女に聞きたくて仕方なかったそれをシオンは質問した。


「レインに何をした」


「知らな……うっ、がぁっあ゛ぁ!」


 その問いかけに偽証しようとした途端にのたうち回る女……馬鹿なのか?


「あのさ、お前契約書ちゃんと読んだのか?一応主人に危害を加えないとか窃盗に関してとか契約ってのはちゃんとしてるんだぜ」


 何のためにサインをして血まで用いて契約をするのか、この女は無知なのかその効力を分かっていなかったらしい。契約の範囲で何処までの自由が許されるのか制約でその枠が決められている。


「わ゛だしうぐぁっ!魔女を退治しただげぇ」


「っざけんな!レインは人を癒やすポーションを作ってる錬金術士だっ!」


 アルケミニア王国の誇る錬金術士を魔女だと?この女はどこをどう見たらそんな発想になるんだ?怒りが込み上げてくる。

 目の前の傷ついた人に見返りを求めず手を差し伸べる様は偶に気紛れのように奇跡を起こす女神より女神らしく、もうダメかもしれないと思ったあの時の俺には、(まご)うことなき癒やしの女神が使わされたのだ。登場の仕方は変な掛け声で魔法を発動しオークやゴブリンをぶっ飛ばしながらと、なかなかに破天荒だったがそれはそれでレインらしい。

 床を転がる女は醜悪そのもので、俺やシオンと同様にレインから平等に与えられた優しさを踏みにじった愚か者だ。

 俺やシオンだってレインにとって特別なんかじゃなく、目の前で傷ついていたからその手を差し伸べられた……助けられただけだと分かっている。

 きっと俺やシオンじゃなくても同じように助けただろうと分かっているからこそ、シオンは打算の無い真っ直ぐで色眼鏡なく自分を見てくれるレインにどうしようもなく惹かれ、唯一のその特別になりたくて今尚足掻いている。通じなさすぎて脈絡もなく求婚とか暴挙に出たばかりだが……

 あと求婚以降に偶にレインがシオンの魔力を帯びている時があるけど、どうやってもそれはマーキングにしか見えないから逃す気はなさそうだと言うことは嫌でも分かる。


「お゛うじさまを助げぇうァあ゛ぁ」


「レインはどこだ」


「な゛べ魔女はひぎゃっ、う゛ぅ」


 レインが入る大きさの鍋なんてエルが持ってきたあの錬金釜しか無い。その瞬間シオンはキッチンへ駆け出していた。


「レインに助けられて、ギルドで職に就くまでの間レインのおかげで衣食住が保証されて、部屋にクリーンかけるだけでお小遣い貰って何が不満なのか俺にはさっぱり分からねぇな」


 キッチンの方からレインの名前を必死に呼ぶシオンの声が聞こえた。何にも興味がないよりは従兄弟殿(アレクシオン)に大切なものが増える事には賛成だ。ただ、フェリシアの時のように感情を暴走させ離宮を凍らせるぐらいで済めば良いが、今レインに何かあれば従兄弟殿(アレクシオン)は間違いなく壊れる。コバルトの街くらい壊滅させかねない。


「悪ぃんだけど、こいつ連れて行って貰って良いか?」


「はい、主への危害と貴金属の窃盗で捕縛します」


 騎士たちに魔封じの腕輪をかける為に上体を起こされた女は、また無様に床に転がった。


「うぐぁっ!」


 てゆーか完璧悪役顔だし様になりすぎだろ、それ。ぐったりとした意識の無い血塗れのレインを両手で抱えながら犯人の女を足蹴にしている。寧ろ自然すぎてもともと足置きだったんじゃないかそれ、みたいな雰囲気だし。


「お前は何をした」


「それよりレイン生きてんのかっ?!」


 べっとりと髪の毛にも顔にもそれこそ首や腕、至る所についたおびただしい血。白いワンピースは上半身を中心に斑尾に赤く染まっている。あの感じだと確実に頭が割れてるだろうし、意識が無いと言う事は……最悪の事態が頭を過る。

 そのレインの悲惨な状態に詰め所から来ていた騎士たちが息を潜め、だらりと零れ落ちた生者らしからぬその手に一斉にゴクリと唾を飲み込んだ。


「幸いにもレインが着ていたのがスパイダーシルクのワンピースだったから辛うじて致命傷にはならなかったが、これが普通のワンピースだったら……」


 続くだろう言葉は現実にならないように飲み込んだのだろう。俺たちはレインのHPが100しか無いのを知っている。そして部屋の温度がぐんぐんと下がっていくのを感じた。シオンの抑えきれない感情はこうやって周囲の温度に出る。

 レインの事で揶揄うと涼しくなるし、よく物が凍る。喜怒哀楽が少ない従兄弟殿(アレクシオン)にしては良い傾向だと思ってよく揶揄っていたが、今回は怒り心頭に発していてかなり拙い状況だ。このまま放っておけば間違いなくこの家ごと凍る。


「これは危害とか窃盗とかぬるいもんじゃねぇな……尋問には効力があるから契約書使って貰って構わないし、シオンがブチ切れて殺してしまわない内に連れてってくれ」


 シオンが犯人を足蹴にして今にも殺しそうな勢いだからか騎士たちは急いで女を引き摺って行った。


「レインにポーション使って治さねぇと」


「ウィル、もうヒールは何度もかけた」


「あの女……とりあえずクリーンかけて横にしねぇと、確か血が足りない時はあの赤いポーションを使えば……」


 俺とシオンを助けたのはレインのヒールと赤いポーションだ。そう、それはレインが作ってレインが持っていて……詰んだか?






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