41 それは馬車?
女の子の名前はエリンちゃん。十四歳でわたしより年下なのに年上に見える……むぅ、わたしちゃんと育つのかな?
「あの、助けてくださってありがとうございます。それからワンピースも貸してくださって……」
「俺に言われても困る。助けたのはレインだし、ワンピースを貸したのもレイン」
あっ、なんかちょっとだけ分かった……今まで他の子と話している姿なんて見たことなかったけど、この女の子に対するシオンの顔って表情が無いから能面みたいだ。もちろん見てる分には綺麗な顔なんだけど、端正な作りだけにちょっと怖い。
「ワンピースは貸すんじゃなくてあげるよ。ピンク色あんまり着ないし……シオンあげちゃって良いよね?」
わたしのワンピースだけど一応選んで買ってくれたのがシオンだから——この世界で買ったワンピースはいつの間にか、多分試着してる間にお金を払っちゃってるから全部シオンが買ってくれたものだけど——紺色のワンピースが誘拐された時に着れなくなっちゃって、その後何着か買いに行ったんだよね……その時お店で上から下までくまなく採寸された苦い思い出が甦る。シオンがなんか防御力の高いワンピースがあるって——そのワンピースを作っているのが他の街らしくて——オーダーしてくれたんだけど、あんなに隅々まで測らなくても良いと思う。
「レインが良いなら良い」
ん、やっぱりいつものシオンだ。微笑みが通常仕様だと思っていたけど、ウィルの言う通りわたし限定だったらしい。知る機会もなかったし今までまったく気が付かなかったよ。
「ね、エリンちゃんって呼ぶからわたしもレインって呼んでね」
「レインちゃん?」
「えっと、エリンちゃん」
なんか名前も似てるし、同年代の女の子の友達とか出来そうでちょっと嬉しい。エリンとか、エレンとか多いみたいでやっぱりエレオノーラ様の名前からとってるのかな?
「レイン、愛してるっ!」
「抱きつくのは禁止」
オークを回収して収納しきったわたしに掘っ建て小屋を粗方燃やして戻ってきたウィルは性懲りもなく愛の告白をする。正確にはわたしがアイテムボックスにしまったお肉に対して愛の告白をしてるんだけど。
抱きつかんばかりの勢いだったので、シオンがわたしをひょいっと抱えて移動する。その心配は絶対無いから……ウィルの愛してるのはわたしじゃなくお肉だよ?
「シオン酷くね?」
「俺のだから」
俺のではないと思うんだけど……お試しとはいえ一応付き合う事になったんだっけ?
「ね、とりあえず今日は野営?少しだけポーションの材料集めたいかも……シオン一緒に行ってくれる?」
なんだか気まずいけど一応採取もウィルよりシオンに頼んだ方が良いんだよね?何を話せば良いのか分からないし、どっちかって言ったらウィルに頼みたい気はするけど……
「レインが疲れてなければ良い」
「じゃ、森の入り口近くで待ってるから座るヤツだけ置いて行ってくれ。日暮れ前に帰ってこいよ?俺腹減ったし」
さっき軽く食べたのにウィルはもうお腹空いたみたい。わたしなんてMPポーションでお腹たぷたぷなのに。
さっきからエルは隠れて出て来ないしどうしたんだろう?
***
『あの子嫌いなの~』
「エル、お父さんが死んじゃって一人になった子にそれは酷いよ」
さっき聞いた話では荷馬車が襲われてエリンちゃん以外は……
『妖精は好き嫌いが激しいの~、でも良い子は好きなの~』
「会ったばかりなんだから、まだどんな子か分からないでしょ?」
『妖精は直感で生きてるの~、だいたい当たるの~(僕たちは何があったかを妖精や精霊に伝え聞きできるから嘘吐きは嫌いなんだよ、レイン)』
森でポーションの材料を採取しているとエルがそんな事を言い出す。
あっ、シエル草にルーン草がたくさんある。あと、エルベリーとロビの葉も欲しいな。
オークとの戦いの前にたくさんポーションを作ったけど、あの後シオンにわたしの作ったポーションは絶対ギルドで買わないでって渡したから残りはあまり多く無い。
それに万が一の時に備えてポーションをギルドで売って生活していくお金も稼いでおきたいから、出来れば材料はたくさん集めておきたい。
『シオン、僕は出掛けなきゃだからレインを護るの~』
「ああ、命を懸けて護る」
……うっ、シオンの好きって護るのに命懸けちゃうの?!重い、重いよ……それはちょっと遠慮したいし流石に命は懸けないで欲しい。ああ、こっちを見て微笑む顔は目が眩みそうなくらい良い顔だし、良い声だし、天は二物を与えずとか言う諺があるのに、天が二物も三物も与えているよ……
それにしてもなんでいきなり結婚なんだろう?ウィルが遠い目をしながら結婚相手の顔を見るのが結婚式ってのもあるにはあるって言ってたけど、一体どんな世界なの?普通お付き合いして順調にいけば結婚だと思うんだけど……わたし一ヶ月後に本気で夜逃げが必要かも。
「あのね、二人に相談なんだけど。キャンピングカーって使っても大丈夫かな?」
以前、婦長——なんと旦那さんは医局長で恋愛結婚——の夫婦の趣味、輸入車のキャンピングカーに乗せて貰ってキャンプに行った事があったんだけど、乗車と就寝定員が五人でリビングからキッチン、冷蔵庫、トイレ、エアコン、寝る場所まであって快適だったんだよね。
電気はないから外充電は出来ないけどソーラーパネルとかついてたし創造しても大丈夫そうだったら、便利なんだけど。ディーゼルエンジンだから軽油を満タンに創造したら走れるし……しかも雨宮零はちゃんと車の免許を持っていたから運転が出来る。
つまり三日も歩かなくて済む!わたしせっかくレベルが上がっても結局体力ないんだよね……なんか悲しくなってきたよ。
『多分創造するとこっちの仕様に変更されると思うの~』
「そうなの?」
じゃあ、ディーゼルエンジンじゃないのかな?軽油創造する気満々だったのにな。電気も無いから冷蔵庫とかエアコンは無しかな?お水とかのタンクは魔法で入れるとかになりそうだけど。
「すまない、そのキャンピングカーが何か分からない」
「えーと、中が広い馬のいらない馬車?みたいな」
「魔導馬車の事か?」
魔導馬車とは魔石を導入していてそれに魔力を充填して走る馬のいらない馬車らしい。つまり車?
たくさん魔石を使っているから高いし、なにより魔石にたくさん魔力を充填しないといけないから維持費もかかるんだとか。
魔道具との違いは充填が必要か否か。魔術に用いるまたは一度作成したら壊れるまで使えるのが魔道具……錬金術に使う釜も魔道具。でも一般的には全部魔道具で細かく分類すると実は違うらしい。うん、難しい。
『レインが欲しければ創造するの~、でも目立つから街の手前で降りてアイテムボックスにしまう方が良いの~』
エルが大丈夫って言うならきっと大丈夫。よし創造しよう。
「創造」
うっ、せっかく回復したMPが根こそぎ奪われる感覚……でも寝る場所が欲しい。告白というか求婚された状態でシオンに抱き締められて寝るのは出来ればというか本気で遠慮したい。
眩い光と共に思ったより大きくない普通の車みたいな物が創造された。タイヤとかは車っぽいけど外装はこの世界の魔導馬車っぽくなってるみたい。魔導馬車を見たことないから分からないけど。
そして中は……リビングの内装は変わらないみたいだけど、カセットボンベのコンロが魔導コンロになっているし、冷蔵庫も魔石を利用したものになっている。お水も魔石を使うから給水タンクも無いし、トイレもやっぱり魔石を使った浄化システムで汚水タンクも無い。エアコンも魔石の冷温切り替えっぽい送風装置になっている。だからかソーラーパネルも無い。
ハンドルとアクセルやブレーキは車とだいたい一緒だけど、メーターの所には速度と魔力残量、カーナビもないけど地図と連動できるとかこっちのほうが便利なんじゃ……
そして、ベッドは普通にある!やったぁー!!!
「かなり豪華な魔導馬車だな」
「これなら(寝る時に)困らないね」
シオンがソファーとか奥の内装に釘付けの間にエルがわたしを引っ張ってシオンに聞こえないようにコソコソ話す。
『レイン、自動修復がエンチャントされてるの~、あと防御システムは地図を連動させているその下に水晶があるから魔法を充填するの~』
「もしかしてエレオノーラ様?」
『(僕がしたんだけど)そうなの~』
「お礼言わないとだね」?これ
『レインの気持ちはちゃんと伝わってるの~、見えるものがすべてじゃないしレインは素直すぎなの~、僕は出掛けるからくれぐれも気をつけるの~』
「うん、ありがとうエル」
見えるものがすべてじゃないってどういう意味なんだろう……まぁいっか。
このキャンピングカーというか魔導馬車にわたしが魔力を充填するのは明日になりそう。今の創造で魔力が0になっちゃったよ……でもウィルの所に戻ればコンロに魔力を充填して貰えるし、アイテムボックスがあるからいらないかもだけど冷蔵庫はシオンにお願いしよう。それに一番嬉しいのは気を使わずにトイレに行ける事だよ!いくら魔物が出てくる森でもお花つみにイケメンに付いてこられるのだけは本気で本当に遠慮したい。それこそエルと二人で全力でダッシュしたけど……いつの間にか近くにいるんだもん。そこそこ距離はとってくれてたけどこれは本気で泣きたい。
「シオン、そろそろウィルたちの所に戻ろか」
「もう少しだけレインと二人でいたい」
「な、何言って……」
「ダメ?」
「ダメ……じゃ、ないけど……」
ああ、この顔に弱いなんて、わたしって面食いだったのかな?スキンシップが激しいのは相変わらずで、ソファーがあるのにわたしが座るのはシオンの膝の上だし、告白というか求婚する前と後でも、ほんとブレないやこの人。
そしてわたしのファーストキスは——人命救助はノーカンで——この魔導馬車で。シオンの雰囲気に流されたというか負けたというか、僅かに残っていた唇の感触が頭の隅に陣取ってて、ため息が出そうなくらい端正な顔が迫ってきて少しも逃げなかった時点できっとわたしはそれを確かめたかったんだと思う。
ファーストキスはレモン味とか言った人誰?最初は幾度となく軽く触れるだけだったのに、甘くて蕩けそうで激しいし、息つく暇もなくてすごく苦しかったよ……




