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40 人命救助はキスじゃない

「シオン、動けないから離れて」


 ああ、もうこの人……無けなしの自重を捨てた。自重っていうのは、自らを重んじるとか言動を慎むとかそういうのを全部。

 後ろから抱き締められていたら動けないどころか歩けない。イケメンをこんな例えすると怒られそうだけど、なんかこんな妖怪だかオバケみたいなのいなかったけ?


「ダメ?」


 肩口からそんな顔してこっちを見ても騙されないもん。わたしは出来れば知りたくなかった衝撃の事実をこんな所で知らされて、さっきのすごく疲れる問答でかなり無駄にした時間を取り戻さなくちゃいけないんだから。これじゃなんの為にレベルアップしたのか分からない。


「ダメ」


 なんで捨てられた犬みたいな顔をするのかな?イケメンにそんな顔させたらわたしが悪いみたい……う゛っ、絆されちゃダメ、絆されちゃ。


「これなら問題無い」


「問題あるからーっ!」


 なんか満面の笑顔で良いこと思いついたみたいにいきなり抱き上げられたら問題大有りだからっ!しかもシオンの進行方向とわたしは逆向きだから前見えないし。


『盛大にイチャつきすぎなの~』


「うん、流石の俺も外でここまでくると引くわ」


 うん、だったら止めてよ。頭ん中花畑になったみたいなこの人を……シオンの胸をペシペシ叩いて断固抗議する。


「そ、外ではダメっ!」


「……家に帰ったら、約束」


 ん?あっさり解放された所をみると、なんかわたし選択肢を間違えた?!


「じゃ、入るぞ」


 小屋の前のオークをアイテムボックスに入れて、なんとこのオークはオークロードで、ってシオン瞬殺してなかった?!ウィルは氷を溶かして肉を食べようってきっと言う。


「…………っ、」


「無理はしなくて良い」


 馬とか何かの魔物とかと一緒に何も身に着けていない虚ろといか焦点のあっていない女の子がいて……そうしている間にもそのお腹はみるみるうちに膨れていく。


「だって、これ、記憶がどうとかの問題じゃないよね……」


「っ、だから言ってただろ」


 ウィルもシオンもわたしが地図を確認する度にずっと"この黄色は生きているとは言えない"って何度も言っていたけど、わたしはその意味を本当に分かってなかったんだ……だからレベル上げの間エルも"魔物と遭遇した後は戦うにしろ逃げるにしろその生死は自己責任"って何度となくわたしに教えてくれていたんだね。


 どうしたら良いんだろう……どうしたら……ああ、そうか。それが合っているのかどうか分からないけど、途端に頭に浮かんだそれ。どうか、と願いを込めて女の子に触れてそれを唱える。


「……リワインド」


 そう呟くと全身から何かが、多分魔力がごっそり身体の芯から抜けていくのを感じた……目の前にはとても、とても眩い光……


 …………お願い。救える可能性があるのならほんの少しでも、せめてわたしの見える範囲だけでも良いから一つでも多くの命をすくい上げたいの……何も出来ずにこの手から零れ落ちてしまう前に。消えてしまう前に。

 わたしは、自身(わたし)の能力と判断に従って患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しないと、あの日誓ったのだから。


「「レインっ!!!」」



***



「レイン……、レイン……」


 不思議な柔らかい感触とだんだんと満たされる感覚……心地よくてゆっくりと水の中を漂うそんなカンジ。


「?……わたし……(れい)……だし」


 なんでアナタはそんな泣きそうな顔してるの?とても綺麗な青がわたしを見つめてる。


『レインとりあえず起きてポーション飲むの~!』


「…………エル?」


 ああそうだった……わたしもう雨宮零じゃないんだ……


「レイン……」


「シオン、そんなにギュッてされたらわたし潰れちゃう、から」


「半日も意識が無かった」


「MP……なくなっちゃったみたい」


 本当はなくなって0どころかマイナスだったみたいだけど——今のわたしのMPは1だし——ただ心配するだろうからこれは言えない。だってHPは0になったら死んじゃうから、今回みたいにマイナスなんて都合の良い事は絶対ない。それよりあんな顔したシオンにこんな事言ったら過保護だから家から一歩も外に出してくれなくなりそう。

 とりあえず渡されたMPポーションを飲む……って、つい鑑定するとシオンってばわたしの作ったMPポーションまで買ってるし。まさか買い占めてないよね?ちょっと怖いんですけど……

 一本、二本……そうやってMPポーションを飲めるだけ飲んでいるとウィルがひょっこり顔を出した。


「レイン、起きたのか!」


「……ウィル」


「無理とか無茶とかもうすんなよ?倒れたレインよりシオンの方が今にも死にそうな顔してるし、ずっとレインの傍から離れねぇからオークもアイテムボックスにいれてくんねぇし、そのなんだ……元気になったらで良いからオークジェネラルしまってくれ!」


 ああ、ウィルらしいや。せっかく倒したからお肉をしまって欲しいのね。


「ねぇ、あの子は……」


 MPポーションを飲みながら一番聞きたくて、そして聞きたくない事を聞く。


「ああ、あの子は服もねぇしとりあえず外套貸して、悪いんだけど説明が面……じゃなくて、睡眠ポーション使って眠ってもらってる。こっちも手一杯だしそれどころじゃなくてよ」


 今、確実に説明が面倒って言いかけたよ…………


「そっか……魔法合ってたんだ」


『レイン僕は怒ってるの~、あの魔法禁止~、MPも使いすぎると精神(こころ)が死んじゃうの~(本当に危なかったし)』


 時間を巻き戻す魔法は魔力をたくさん使うみたい。あれ?でもわたし半日で回復したんだよね?そんなわたしの疑問にエルが聞かなくても答えてくれた。


『シオンがMPポーション飲んで飲ませたの~』


「ん、飲んで飲ませ……?ひぇっ、ま、まさか……わ、わたしのファーストキスが…………」


「あれは人命救助。キスは起きているレインとするから、まだだから大丈夫」


 しれっと何言ってるんだろうこの人は…………そうだ、人命救助はキスじゃない。だってわたしはキスしてないしどうだったかも知らないもん。でもね、なんか唇の感触がね、ごにょごにょ。


「お腹たぷたぷなってきた……」


「レイン、そろそろ目ぇ覚めるだろうからなんか服貸してやってくれ」


「うん、あと出しとくね」


 馬や魔物は申し訳ないけどどうやら死にかけたみたいだし、何度もリワインドは使えないのでそのままだ。

 自身の能力と判断に従って……今のわたしには悔しいけど助ける能力は無いし、その判断は間違っていないのだと思う。エルが言う精神(こころ)が死ぬって言うのはさっきの女の子みたいになるって事だから、完全に自身の能力の範囲外になってしまう。わたしは何でも出来る神様じゃないから悔しいけど助けたくても全てを助けられるわけじゃない。あの後馬や魔物から大量に生まれたというか殖えたオークはウィルが魔法で即燃やしたらしい。


 もうすぐ起きるだろうからウィルから頼まれた女の子用の服をアイテムボックスから——選んでくれたシオンには申し訳ないけど——あまり着なさそうなピンク色のワンピースを取り出した。


「シオン、オークジェネラルしまってくるだけだから……」


「一緒に行く」


 過保護というかなんと言うか……早くもわたしは慣れたのか——多分この状態のシオンに対して説明というか説得したり諭したりという選択肢を綺麗さっぱり捨てたから——今は気にしない事にしている。

 手当たり次第にオークをアイテムボックスに収納していく。もちろんウィルが泣いちゃうからオークジェネラルもちゃんとしまう。

 すぐ後ろにはシオンがついてきている……例えると、カルガモの親子逆バージョンみたいなカンジ。


「そういえば、頭ヒリヒリしてないな」


 オークロードに掴まれて引っ張られたから頭皮がやられたのかあの時頭がヒリヒリ痛かったんだよね。シオンの爆弾発言で色々麻痺してたのか、あの後の膨れていく身体の衝撃とかで忘れてたけど。


「赤くなっていたから、ちゃんとレインの頭にポーションかけておいたから大丈夫」


「あ、ありがとう」


 足が痛くないのも、きっとシオンがポーション使ったんだ……もしかしてこの距離感が普通になったら、イケメンで気配り上手で強くて優しいし多分貴族という事は世間様で言うらしいスパダリなんじゃ……でもシオンのこの距離感は普通になりそうに無いんだけど。

 なんの事か分からなかったけど浜野さんがよく興奮して言っていた高身長、高収入、高学歴なパーフェクト攻は最の高でスパダリって言うらしい。スーパーダーリンの略だとか。連発していた尊みがやばいマジ無理しんどいの尊いって貴族とかなんかの階級の事だったのかも。あと最高の間になんで"の"が入るんだろうってずっと思ってたんだけど……その勢いにビックリしていたわたしに婦長が今流行りの婦女子だから放って置きなさいて教えてくれたけど、浜野さんは女の子だから言わずもがな婦女子だよね?


 閑話休題


「ウィル!こっちの方はレインが粗方回収したから燃やしてしまって大丈夫だ」


「じゃ、掘っ建て小屋とかこっちの方から燃やすわ」


「わたしはあと半分頑張って回収する」


「倒れたばかりだし無理はしなくて良い。回収しきれない分は燃やしてしまえば良いんだから」


 オークってゴブリンとかと比べると結構買取金額が高かったから出来るだけ回収したいんだよね……だってパーティー費から出てるとはいえ、家の代金もそうだけどうちの食費ってかなり高いんだもん。

 そんなこんなで庶民的なわたしはオークを回収しきった。






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