30 理不尽なその理由
『在るところに一人の少女がいた。
少女の父親は偉大な研究者でとても美しく聡明だった。そして優しく可愛らしい妻を深く愛していた。少女は母親ではなく父親にとても良く似ていてやはり美しく聡明であった。
ある日その妻が病で亡くなると父親はその棺の前で親友に、妻の忘れ形見である少女が妻に少しも似ていないことを嘆いた。それを幼い少女は聞いていたのだ。
ところがそれは誤解で、嘆いたのではなく妻に似ていなくて良かった。もし似ていたら身代わりかのように妻の面影ばかり追い掛けて少女を娘として見てやる事などできないだろう。本当はそう言ったのだ。だが娘は、母と似ても似つかぬ自分が父親に疎まれていると思い、自分はひとひらの価値もないのだと心を捕らわれたまま育った。
年月を経て、美しく聡明な少女に恋する男が現れる。男は少女に相応しくなるよう努力する一方で、その恋を偏った愛に変貌させた。少女のそばから片時も離れず、好意を持ち近づくものを遠ざけた。一人憂う少女に手を差し伸べあたかも自分は味方なのだと甘言を吐き、自分以外の男が近づかぬように暗に排除した。そして、』
「ちょっ、エル!」
『まだ途中なの~』
「後半の殆ど……バリバリの未視感、別の男だよな?……シオンじゃねぇよな?」
鳥肌をさすりこの話から従兄弟殿が仄かな恋からヤバい方に片足突っ込んでいる事に気づくとは実は聡いね、ウィル。誰も手に入れていない"美しく香り甘美な蜜を湛える花"を見つけたとして、それを独占したくなるのは仕方ない。多分最初は仄かな恋心と小さな独占欲なんだろうが、行き過ぎればアレクシアを今なお溺愛するギデオンになる。なんとなく血筋といえば血筋か……
『例えばの話と言ったのだから最後まで聞け愚か者、お前は馬鹿なのか?否、愚問だな。別人の話だ』
「その男はどうしたんだ」
僅かに嫌悪感を抱いたような顔をしても根本的に同族嫌悪だと思うのだが。
『結局、決定的な機会を逃した(まぁ、機会が無くなったのは地球の女神が紡いだ運命の糸を掛け間違え戻し間違え相当やらかした所為だがな)』
「そう、か」
本来なら父親の親友から本当はとても愛されていた事を知らされ残された日記から積年の誤解が解け、幼い頃の呪縛が解けた事により自信を取り戻し、生涯人を助ける為の研究をし死して尚もその研究成果が人々を救い続ける筈だったが、その機会はもう訪れる事はない。
輝きを取り戻したその姿に他を排除する事を辞め心を入れ替え猛アタックする男も居はしないのだ。
「それにしたって理不尽じゃねぇのか?」
『そもそもが難しいんだよ、あとこれは他言無用だ。ふぅ、僕はもう寝るの~』
ああ、もう疲れた。なんでこの二人にこんな話をしなくてはいけないのか。とりあえずウィルとシオンには暫く頑張って貰ってダメそうなら、レインをどこか別の国に連れて行こう。僕にはそれが出来るから。




