27 護りたいもの——シオンside——
その日一人で街に行くと言い張るレインを"次の鐘が鳴るまで帰って来なかったら迎えに行く"という約束で渋々送り出した。
「帰って、来ない」
「落ち着けって。さて、どうやって探すかな」
やっぱり一人で行かせて後悔していると、ウィルがどうやって探すかを考えはじめた。
「レインのブローチと髪飾りに俺の魔力を込めてあるから追跡できる」
「……そんなんやってるからお父さんみたいとか言われるんだろっ!」
俺の父は俺や妹に対してそんな事はしない。世の父親とはそういうものなのだろうか?
唯一思い当たるとすれば父が母を正妃に迎えて害意ある者から護る為、自分が離れている間は結界を四六時中張り続けている事、くらいか?俺が同じ事をしたら一時間持たずに限界がくるだろう。
「ウィル、反応が街を出てコバルト近くの森に向かっている」
「あー、コバルトは国境とか近いから確か人攫いとか普通にあるんだよな」
「ギルドで馬を借りて向かおう」
「一応詰め所には連絡してから動かねえとな」
ギルドに緊急で馬を借りて反応が向かっているコバルト近くの森——徒歩で二時間程度——に馬を全力疾走させた。
***
馬を全力疾走させて森に着くと一台の荷馬車とその周りにいる四人の男を見つけた。一人斬り捨てるとあとはウィルに任せて荷馬車に向かう。
騒ぎを聞きつけたのか荷馬車から降りてきた男のベルトが不自然に外れているのを見た瞬間、身体中の血液が凍るような感覚とどす黒い感情が同時に沸き上がる。
「なんだっ?!うわっ!!!」
「う゛ァああ゛ぁアッっ!」
剣を構え向かって来た男をそれを持つ手首ごと切り落とすと、拘束する時間が勿体ないので足止めに氷漬けにした。
「っ!」
荷馬車の中に踏み込むと、今朝着ていた紺色のワンピースを無惨に引き裂かれ縛られ転がされているレインが目に入る。それでもドロワーズには乱れがなく紙一重で無事な事に束の間安堵した。
目隠しと猿ぐつわをされ縛られている状況で、服を引き裂かれるのはどんなに怖かっただろう。そう思うものの千切れてかろうじて引っ掛かっている紺色の合間から覗く白い滑らかな肌に目を奪われる。年齢より幼いと思っていたのに確かにふっくらとした膨らみと女性らしいくびれもあり、新雪に踏み入れるかのようにそれに直に触れてみたいと不埒な考えが一瞬頭を過る。
そんな考えを振り切るように、まず縛られている手を解くと外套を取り出し身体を覆うように掛け、猿ぐつわを解いて、目隠しを解く。目が合うとレインは紫水晶の濡れた瞳を丸くして俺を見上げた。
「…………」
「…………」
一瞬だとしても先ほど不埒な考えが頭を過った所為か、視線が合わせられない。
「こっちは片付いたぞ、ってレイン無事?」
ウィルがひょこりと顔を出す。ああ、いつもこの親友に助けられる。
「だ、大丈夫。ちょっと色んなとこ触られたけど……」
「やっぱり殺す」
寧ろ俺が触りたいくらいだ、死んで償えると思うなよ。
「ちょっ、シオンそいつもう半分以上氷漬けだし」
「三回くらい死ねば良い」
切り刻んでゴブリンの餌にしてもまだ足りない。
「大丈夫、だか……ら」
「「レインっ!」」
外套を羽織りながら大丈夫だと俺達に青白い顔で微笑んだレインの身体が崩れ落ちた。それを既の所で受けとめると、詰め所の騎士やギルドへの報告をウィルに頼み、意識の無いレインを抱えてコバルトの街へ……家へと急いだ。
***
まだ目覚めない。部屋をぐるぐる回るのをやめて椅子を置くとベッドの横に陣取る。
暫くしてゆっくりとその目蓋が開くと、紫水晶の瞳が俺を捉えた。
「……シオン。あの、助けてくれてありがとう」
そう呟いたレインの頬にそっと触れるとその身体は強張り震える。
「どこまで」
「?」
「どこまで、された」
「…………色んなとこ触られただけ」
思い出したくも無いのだろうが少し苦しそうに眉を寄せるとポツリとそう零した。
「……俺も怖い?」
「怖く……あれ?」
怖くないと答えようとしたのだろうけど、頬に触れたままの手にはいまだ震えが読み取れた。
「すまない、レイン」
「なんで、」
戸惑う瞳が俺を捉えた。なんで謝るのか、それは内緒で魔力を込めたブローチと髪飾りを贈っていて、しかもそれがあるからと油断したから。
一人にしたら危険なのは分かっていたのだから、着いて行く事を却下された時点で——娘の門限を気にするお父さんみたいだと言われたのを気にせず——ずっと追跡しておけば良かったのだ。
「今度はそばにいて護るから、絶対間に合うように」
「間に合ったよ、だから大丈夫」
大丈夫だともう一度言うかわりなのか、ぎゅっと抱き締めてくれる。もっと触れたくてその温もりがどうしても手離せない。そうしているとレインのお腹が盛大に鳴った。
「…………」
「くっ、すまない。もう夕方だから」
悪いとは思いつつ笑いを堪えきれなかった。多分魔力を使いすぎたのだろうけど——クリーンでも掛けまくったとか——出会った時から何一つ変わらない姿に飢えて渇いた心が満たされる。
「では、キッチンまでご一緒していただけますか?」
そう言いながら抱き上げると、逃れようと身を捩りだした。
「ちょ、歩ける……から」
「本当は作って持って来てあげたいけど、食材がアイテムボックスの中なので」
本当ならゆっくり休ませてあげたいけどキッチンに来て貰わないと何も作れない。確かこの家の魔導冷蔵庫は魔力を充填すらしていなかった気がする……
俺も休息期間にオムレツまで作れるようになった。ただ、レインのように中にチーズを入れようとすると形が多少崩れる……料理は奥が深い。今まで出てくる物をただ取り入れていた作業が今は楽しくて仕方ないし、レインが作ってくれたものが食べたい。
「ん?腐らないから食材はほぼわたしのアイテムボックスの中……って事は」
「?」
「ウィルとシオンもご飯食べて無いってこと?」
「多分二日くらいなら食べなくても平気」
さっきエレノワールの森での事をレインが先に思い出させたのに、そう返すと目をまん丸にして口をぱくぱくさせるから可愛くて仕方ない。
俺の寒々しい世界にあの時色や温度を与えてくれたのは確かに君で、この愛おしいと思う気持ちはどうしたら伝わるのだろうか……お父さんみたいと言われるのだけは避けたいのだが。
そんな事を知る由も無い彼女は腕の中で使う食材を吟味しはじめるのだった……




