26 それはお約束?
「……着いて行く」
「買い物ぐらい一人で大丈夫だから絶対に着いてこないで」
「まぁ、過保護過ぎる気もするけど」
何を揉めているのかと言えば初めてのお使いならぬ二度目のお使い。こないだ二人してこっそり着いて来てたの知ってるんだから。確かに上手く隠れていたけど、女の人とか女の子の視線がそっちを向いているからわたしにだってバレバレだし。
せっかく雑貨屋の子と仲良くなったのに、これじゃおちおち立ち話とか街を案内してくれるって折角言ってくれたのに、その約束だって出来やしない。
「分かった、でも次の鐘が鳴るまで帰って来なかったら迎えに行く」
渋々一人で行く事を了承したシオン……なんとなく過保護が過ぎる。わたしの事迷子になる小学生くらいだと思っている、きっと。
「えー、もしクリスが暇だったら街を案内して貰おうと思ったのに」
「街ならウィルが案内出来る」
「レイン、とりあえず約束は次にしといたら良いんじゃね?」
「分かったよ。なんかシオンって娘の門限気にするお父さんみたい」
***
そんな会話をして買い物に出掛けたのがさっき……で、一体ここって何処なんだろう?
真っ暗で何も見えないし目隠しなんて必要ないくらい狭い。
声が出せないのは猿ぐつわされているからで、手が動かないのは縛られているからだ。
うん、これ誘拐かなんかだ。
ガタゴトと聞こえるのは多分馬車かなんかの音で、狭いから箱か何かの中。
攻撃魔法を使うにも人攫いが何人いるのかによるし、箱から出ない事には使えないかな。
身代金とか請求したんならまだ時間はあるかも知れないけど、どこかに売られるなら時間が無いし、どっちなんだろ。
「おいっ、良いとこのお嬢さんらしいからな。死んじまうと困るからそろそろ出しとけよ」
「こいつの兄貴には今頃手紙が届いてる頃だしな」
どうやら身代金目当ての誘拐らしい。でもなんで意識がなかったんだろう?
「お嬢ちゃん目覚めてたのかい?」
箱から出されたわたしは三人目の男の声を聞いた。どうやら誘拐犯は三人っぽい。
「しかし上玉だな、売っぱらうの勿体ねぇな」
「兄貴も綺麗な顔してるんだろ?金ぶんどって、まとめて売っぱらって一石二鳥どころか三鳥だな」
「なぁ、ちょっとだけなら良いよな」
「バレねぇようにな、値段が下がる」
「しかしそんなのよりもっと出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでる姉ちゃんの方が良いだろ」
「商売女よりこれくらいが良い」
「目隠しとそれ外すなよ」
そうだ、わたしよりそっちのプロのお姉さんにして欲しい。
服を引き裂かれたけど猿ぐつわのおかげで情け無い声は出さなくて済んだ。荒い息のかかる感触、這い回る手が不快で気持ち悪い。目隠しと猿ぐつわで顔なんて見えないから、平凡なほぼペタンコだろうが女だったら良いって手合いなんだろう。前世でも経験無いのにこんな所でなんて絶対イヤだ。それでも攻撃魔法を人に対して使うのにまだ抵抗があるわたしはチキンだ。
でも魔物に対するみたいに人に魔法を使う……人を殺める事に、手をかける事に、どうしても抵抗がある。母と同じ病で亡くなる人を少しでも減らしたくて医者になったし、それに母を助けたかった父の意志とその研究を引き継いだ。甘いのかもしれないけど、わたしの手は人を殺す為にあるわけじゃない……
「んぅ~、ん!」
身を捩って抵抗してみるも逃れられそうに無い。気持ち悪くて鳥肌が立つし、なんだか吐きそうだし……最後の砦に手をかけられる前に攻撃魔法を使うしかない。詠唱破棄で良かったと、人を魔法で攻撃する……当たりどころが良ければ怪我で済むけどもしかすると殺めてしまうかもしれない、そんな覚悟を決めた瞬間、外で男の悲鳴が聞こえた。
「なんだっ?!うわっ!!!」
「う゛ァああ゛ぁアッっ!」
這い回っていた手が消えて一際大きい叫び声の後、静寂が訪れる。ギシリと荷馬車の軋む音が聞こえるとビクリと身体が強張った。
「っ!」
錆びた鉄の臭いが鼻に届くと空気を伝わる怒気と忌々しげに息を飲む音がした。一体どうなったのかが分からない。攻撃すべきなのかそれとも助けられたのかが……
まず縛られている手を解かれるとふわりと何かを身体に掛けられる。その行動から多分助かったのだろうと予想できた。
猿ぐつわを解かれて、目隠しを……解かれると、目の前にはそこに居るはずの無いシオンがいた。
「…………」
「…………」
何故か視線を合わせようとしないし、沈黙が滅茶苦茶重い。さっき全開だったの見られているよね。まさかほぼペタンコが可哀想で声が掛けられないとか……トホホ。
「こっちは片付いたぞ、ってレイン無事?」
ウィルがひょこりと顔を出す。ああ、もうこの軽さ大好き。
「だ、大丈夫。ちょっと色んなとこ触られたけど……」
「やっぱり殺す」
そう言って長剣を抜きかけ荷馬車を降りようとしたシオンをウィルが止める。
「ちょっ、シオンそいつもう半分以上氷漬けだし」
「三回くらい死ねば良い」
助けてくれてありがとうとか色々言いたい事はあるんだけど、なんかもう……
「大丈夫、だか……ら」
「「レインっ!」」
二人のわたしを呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、不意に世界は真っ暗になって何も聞こえなくなった。
***
目が覚めるとそこは自分のベッドだった。全部夢だったと思いたいけど、ベッドの横に椅子で陣取ったシオンが座っているから夢じゃ無さそう。
「……シオン。あの、助けてくれてありがとう」
心配そうな顔にそれしか言えない。
そっと伸びた手がわたしの頬に触れると、違うのに、違うと分かっているのに身体が勝手に強張り震える。
「どこまで」
「?」
「どこまで、された」
「…………色んなとこ触られただけ」
思い出すと手の感触が気持ち悪くて吐きそうになるから、もう忘れてしまいたい。とりあえず自分にクリーンを追加で三回くらい掛けておく。
「……俺も怖い?」
「怖く……あれ?」
悲しそうな顔で怖いかと聞かれたら——怖くなんてないし寧ろその憂いを帯びた顔、ご馳走様ですなのに——頬に触れられたままの身体はさっきから冷や汗と動悸が収まりそうに無い。
「すまない、レイン」
「なんで、」
なんでシオンが謝るのか分からない。だって悪いのはわたし。元いた所と変わらず過ごしていたし、治安とかよく分かってなくて娘の門限に煩いお父さんみたいとか思って着いて来ないでって言ったのに、シオンに謝られたらわたしがごめんねって謝れない。
薬なのか魔法なのかは分からないけど街中で使われて、そのまま荷物として攫われるとか思いもしなかった。魔法世界怖い。
「今度はそばにいて護るから、絶対間に合うように」
「間に合ったよ、だから大丈夫」
ああ、この人はきっと一緒にいる間何があっても助けてくれる。そう思うと怖くなんてない。冷や汗も震えも治まって大丈夫だともう一度言うかわりにぎゅっとシオンを抱き締めると、それはもうお約束なのか、わたしのお腹が盛大に鳴った。
「…………」
「くっ、すまない。もう夕方だから」
笑いを堪えるイケメンの破壊力もハンパないです。はい。
(やっぱりこのパターンなのね……くぅ、恨めしい。自分のお腹が恨めしい。さっき、クリーン三回も追加で使って魔力消費した自分が悪いんだけど……)
「では、キッチンまでご一緒していただけますか?」
ふわりと身体が浮くとこれは巷で言うお姫様抱っこではないですか?!
「ちょ、歩ける……から」
「本当は作って持って来てあげたいけど、食材がアイテムボックスの中なので」
困り顔も絵になるとか、ほんとズルイ。
「ん?腐らないからほぼわたしのアイテムボックスの中……って事は」
「?」
「ウィルとシオンもご飯食べて無いってこと?」
「多分二日くらいなら食べなくても平気」
それってこの間ウィルとシオンが死にかけた時の話だよね?笑えないし冗談になってないからっ!
多分これはキッチンに着くまで降ろして貰えない。
とてつもなく迷惑をかけた二人にお詫びというか助けてくれたお礼に、何かとびきり美味しいものがないかわたしは食材を吟味しはじめるのだった……




