02 白い空間
「結局ケーキまで買っちゃったよ」
絞りこむことが出来なくて、やけ食いする量どころか胸焼け必死な十個……だってどれも美味しそうで選べなかったなんて可愛らしい量じゃない。
お米に卵、ハムにベーコン、おやつに歯ブラシ調味料、なんやかんやエトセトラ。
ポイント十倍デーには買いだめしたくなるのが人情ってもん、多分きっと。
まず明日の朝食、下手をすると一両日は出てこないだろう——自業自得感がハンパないけど——食料品に非常食の栄養補助食品をしこたま買いだめする。
いつの間にか時間が経っていて高頻度で食いっぱぐれるから、菓子パンとか栄養補助食品は零にとって買いだめ必須アイテム。
「……花束じゃなく非常食とかだったら尚嬉しかったかも」
貰った花束はブルーローズでマスカットのような瑞々しい香りがする。
きっとこれすごく高かっただろうな~とか、ちょっと匂いが美味しそうとか的外れな感想しか出てこない。
ブロックされ続けた交友関係——主に異性——の所為か、鈍感を通り越して既に極めている。
「う、腕が千切れそう」
調子にのって買いすぎた感はある。
ポイント十倍に加えて消費税分割引のレシートクーポンがあったから。
カートを駐車場に持っていくのが面倒なので千切れそうな両手をぷるぷるさせながらスーパーを出ようとしたその時……
有り得ないスピードの車が少し前の中高生らしい子供たち目掛けて突っ込んでくる。
「危ないっ!」
あれだけ大声で警告したのにお喋りに夢中なのかまったく気づいていない。
瞬間、何を思ったのか普段の生活では俊敏とはとても言えない零が、無謀にも体当たりして女の子たちを安全圏に突き飛ばしていた。
(スローモーションみたい
痛くないと良いけど……あ、卵とケーキ無事かしら?)
相当なスピードのはずなのに、思ったよりゆっくりとそれでも確実に迫る車を横目にしながら、一瞬頭に浮かんだのはやっぱり的外れすぎる感想。
どうやら的外れなのはオプションではなく通常仕様だった。
「うわぁっ!!!」
そして気づくと、そこは異様に真っ白な空間だった……
***
「……病院?」
最初、真っ白な空間に病院かと思ったけど、ベッドもないし何より怪我もしていないから不思議で仕方無い。
研究のし過ぎか論文の疲れから夢でも見たのか、はたまた狐にでもつままれたのか……見渡す限り何もない空間。
「とりあえず助かった」
ここが夢なら目を覚ませば良いだけだから、大丈夫。
何が大丈夫なのか分からないけど、兎に角自信満々になんだ良かったと独り言を零す。
「あ、お目覚めですか?」
「うひゃ!」
急に後ろから声を掛けられ、どこから出たのか奇っ怪な声が出る。
「驚かせてしまいすみません」
「いえ、大丈夫です」
この夢はまだまだ続くようだ。
それならそれで、出来るだけ早く終わらせて起きてしまえば良いと零は会話を続ける。
「雨宮零さん、貴女は手違いで死んでしまいました」
「……そうですか」
(続きだから仕方無いにしても悪趣味な夢だなぁ)
「手違いとはいえ身体が壊れてしまった為生き返らす事が出来ません」
さも残念そうに当たり前の事をその女性は口にする。
「人間は死んでしまったら何をしたって生き返ったりできませんよ?」
この女性は一体何を言っているのだとばかりに、零は訝しげな表情をする。
救いたくても救えなかった生命、救いようさえもなかった生命、両手で砂浜の砂をすくい上げた時の様に、どう頑張ってもまるで救おうとする零を嘲笑うかの様に、指の隙間からはらはらと零れ落ちる。
あともう少し早く治療できていたら……これまでそんな経験を嫌と言う程してきた。
だから全力で救おうとするし、救えた時は心の底から安堵する。
それが零にとっての日常。
「なので地球で新しい身体を用意して貴女を引き取る事になりました」
「?」
「たくさんの命を救った魂を地球は歓迎します」
(なんか壮大な夢だなぁ……どっちかっていったら中二病寄りなのが難だけど)
所謂中二病を拗らせた患者さんだっているから慣れたもの。もちろん子供なら致し方ないにしても、大人になってまでは勘弁して欲しい。
只、これが自分の見ている夢なのは正直頭が痛い所だ。
痛すぎて言葉が出てこない。
「新薬の開発に手を貸しこれから先も多くを救うのですから当たり前です」
この二年、新しい治療法とその治療法にあった効果的な新薬の開発から治験まで、それこそ寝る暇すら惜しんで、漸く実用に漕ぎ着けた。
雨宮博士のお嬢さんという七光りの所為で要らぬ苦労だってかなりあった。もちろん使えるコネは何だって使ったけれど。
通常何年もそれこそ十年単位でかかるものが二年で実用に漕ぎ着けたのは、そもそも基盤となる父の研究と薬があり、それの改良の過程からまったく新しい効果的なものを生み出したから。
(心の奥底では褒めて欲しかったのかしら?)
父あっての成果と謗られこそすれ、おべっか以外の心の底から賞賛とは程遠い。
夢で褒めちぎられるなんて、そうは思ってなくても賞賛されたいと思っているからなのかもしれないと、自分を呑気に分析する。
噛み合っている様でまったく噛み合っていない二人の会話は白い世界に響いて続く。