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16 求)イケメン耐性薬

「レインおいで」


「一人で寝られる、から」


『観念してさっさと寝るの~』


 これは新手の嫌がらせ……否、拷問か何かなのかも知れない。ダメージがハンパない。キラキラのイケメンに後ろから抱き(すく)められて、寝るとか。


(ポーションってイケメン耐性薬はないのかな?)


 羞恥を通り越してレインは変な思考に走り始めていた。


 なにせ雨宮零の時(レインになる前)から大の苦手なのだ。幼なじみというか腐れ縁の佐藤亮平(ヤツ)は爽やかイケメンだった。あんなキラキラしたのが隣にいたら地味な零の存在なんて霞むというか引き立て役にしかならない。

 絶世の美女とは言わないからせめてもう少し自信の持てる容姿だったら良かったのにと何度思った事か。しかも零の保護者気取りなのかずっと、それこそどこに行くにも一緒。稀に男子に誘われてもやっぱり何かの罰ゲームだったのか"あいつ用事が出来たらしい"なんてかわりに登場する事も幾度か。一部の女子からは幼なじみで腐れ縁なだけなのに嫉妬されるは、嫌がらせされるは……ああ、もう思い出したくもない。

 世間で言う爽やかイケメンという優良物件とは関わるべきでは無いのだ。


閑話休題


 抵抗するも敢え無く撃沈。ものの数秒でレインは捕まる。


「おやすみ」


「っ、おやすみ、なさい」


『おやすみなの~』


 事の起こりはそう、野営で木を背になんとか寝ていたら大きく船を漕いだ勢いででんぐり返しみたいに転がって——だってこの身体思ったより軽くて頭が重かった——勢い良く転がった先に石があってたんこぶを作っただけなのだが、それ以来すっぽりとシオンに抱き竦められて寝ていた。


「レインってば寝るの早いな」


「疲れているとおやすみ三秒だと言っていた」


 抱き竦められてシオンの羽織った外套に包まれたレインは無防備にすやすやと寝息を立てている。エルはレインに縫いぐるみよろしく抱っこされて寝ている。身体の小さいレインは二人に比べ体力が無く歩く速度がやはり遅い。本来ならコバルトまで二日の距離は三日になりそうだ。


「どころでアレクシオン殿下、」


「…………」


 茶化す気満々のウィルに無視を決め込むシオン。


「うわ~、氷の殿下が幼女を懐に囲って「ウィル煩いレインが起きる。それに幼女じゃない」」


 シルフォード帝国もアルケミニア王国も成人年齢は十五歳、そう見えなくともレインは立派な大人である。


「だって女性に冷たい氷の殿下が見た目幼女を構い倒してるレアな状況楽しまなきゃ損だろ、絶対」


 氷の殿下の由来は女性に冷たいだけではなく、笑うどころか微笑みすらしない事と——あの殺伐とした環境では笑うに笑えないだろう——精霊セルシウスに愛されていて、セルシウスがシオンに加護を与えている事からきている。いつもシオンにくっついているセルシウスがあの暗殺未遂(・・・・・・)直前から一向に姿を見せないのは何か焦臭い裏があるに違いない。


 粗野な様でいてウィルは(れっき)としたルミナス公爵家、アルケミニア王国王弟ヨハネス・ルミナス公爵が第一子である。そして、元アルケミニア王国第一王女、現シルフォード帝国皇妃アレクシアを伯母に持つシオンにとっては数少ない心許せる血縁者(従兄弟)であり親友なのだ。


「一人で寝かせたら危ないから」


 さもそれが正当であり義務のように澄まして返す。


「じゃあ明日は俺がレインを抱っこして寝「ウィルじゃ潰しかねないから却下」」


(妹枠なのか、シオンなら精霊枠も有り得るが、まさかの遅い春が来たとかか?!)


 ウィルは面白くてしょうがない。この従兄弟殿が、精霊に愛された氷の殿下が女の子を構い倒しているのだから。


「……ウィル、本当にお前まで黒にするのか?」


「なんならシオンが変えれば良いんじゃねぇの」


 コバルトの街に入るのにあたって、レインの用意したヘアカラーなるもので髪色を変えるのだが、ウィルとシオンはレインと同じ黒を選んだのだ。なにやら色々な色を想定していたレインが——黒だと髪色戻しかな、と——うなだれていたが、黒ならレインと兄妹に見えるだろうから一緒にいても違和感がない。


「ウィルと俺は似ていないから兄妹で通すのには無理がある」


「そういえばお前とレイン、精霊とか妖精に好かれるだけあって雰囲気似てるか」


 精霊にも妖精にもそれぞれ好みがある。魔力が高い者だったり、美しい者だったり、お菓子を焼くのが得意だったり、演奏や歌が上手いなどの特技がある者だったり、それは精霊や妖精でそれぞれ違う。


「だけど、コバルトの街で一緒にいるなら兄妹か恋人の設定が一番楽だし簡単なんだよな」


「どうやっても見えないから却下、異母兄妹で良い」


「まだ何も言ってないっつーの!」


 その様子に暗殺未遂が幕開けだったにしてはなかなか意義のある遊学になりそうだとウィルは思う。刺激的なのは最初からだ。


「連絡はしたのか?」


「ああ、親父にな」


 連絡用の魔道具を使い既に遊学先のアルケミニア王国に近況——ウィルとシオンの無事を——知らせている。暫くそこいらの街に身を隠す旨も。


 エレノワールの森で偶然レインと出会い、命を助けられたのだから今度はこちらが彼女の助けになる番だと二人は思っていた。

 それよりも一緒に行動していたら面白そうだとウィルの直感が告げるのだが。


「……奇跡だと思う」


「?」


「セルシウスがいないのに助かったのは、ウィルとレインがいたからだ」


「感謝とか礼とか特にいらないぞ。俺もエレノワールの森で既に限界だったからな。あとレインは精霊の使いとか言い出すなよ?」


「否、護るべき女性(ひと)だと思う。それに教えてあげないといけない事がたくさんありそうだ」


「……シオンてさ、鈍感だったんだな」


「ウィルに言われる程鈍感ではないと思う」


「まぁ良いけどさ~」


 親友の中に微かに芽生えたそれは人生初の出来事ではないだろうかとウィルはシオンをまじまじと眺めた。

 だけどおっかない保護者が近くで睨みを利かせているからその望みは限り無く薄い。シオンとして一時的なら兎も角、アレクシオンとして共にいる事は出来ない。何故なら脅迫紛いのお願いは"レインを危険に巻き込まない事"だからだ。

 護って世間の事を教えて、敢えてその先を考えようとしていない。困難なその先を考えてしまったら進めないから、敢えて気付かない振りをしているのかもしれないが。

 賢いのか愚かなのか、わざとなのか天然なのか、"鈍感"は言葉の選択を少し誤ったようだ。

 それなら自分もレインを構い倒してその僅かな時間だけでも楽しく過ごそうとウィルは思う。



 あどけない寝顔は僅かな月明かりに照らされ、夜はゆっくりと更けていく……







NEXT→コバルトの街


※次回より日曜日と木曜日の更新予定となります

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