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15 精霊——シオンside——

 目覚めると目の前にはいつも通り精霊がいた。少し珍しい黒曜石の髪を耳に掻き上げ紫水晶(アメジスト)の瞳に俺を映しながら覗き込んでいる。

 一瞬目を丸くし驚いた顔をするとその紫水晶(アメジスト)が零れ落ちてしまうのではないかと心配したが、次の瞬間には顔を綻ばせた。


「……良かった」


 胸を撫で下ろす精霊に何が良かったのか聞こうと考えていると見慣れた鮮やかな赤が割り込む。


「シオンっ!」


 それは紛れもなくヴィルヘルムことウィル。アルケミニア王国からの迎えとして騎龍に乗って訪れた親友。


(ああ、そうだ……)


 背後から幾重にも突き刺された感触と、身体からとめどなく流れていく血の感覚。


「あっ、点滴下にしちゃダメ、逆流しちゃう」


 精霊は慌ててウィルの持つ何かに触れると淡い光を纏いながら回復魔法(ヒール)を使った。


「これ、もう一本飲んでおいて」


 靄がかかったかの様に頭が回らない。これはまだ夢なのか?

 透き通った赤い見たことの無いポーション——何のポーションだろうか——を渡してくる……そういえばいつもいるセルシウスの姿が見えない。目覚めれば冷え冷えとする蒼が広がるはずなのに……


「君は……」


「レインって言って助けてくれたんだ」


 よくよく見れば精霊では無い。直接名前を聞こうとしたのにウィルが横から割って入る。

 メドウラノス山脈中腹で背後からシルフォード帝国近衛兵の襲撃を受け騎龍から落ちた俺を既の所(すんでのところ)で拾い、ウィルの傷ついた騎龍でなんとかエレノワールの森まで辿り着いた。

 騎龍のダメージが大きくこれ以上進める状況ではなくなり、俺を担いでエレノワールの森を進むも体力の限界が近づく中、二十匹近いのオークとゴブリンに囲まれた。

 デタラメな魔法——どんな魔法だ?——とポーションでレインという少女が助けてくれたと、俺の所為でウィルも死にかけたのに終始おどけて話す。

 親友とは得難く有り難いものだとシオンは実感する。しかしもう一人の親友と言っても過言では無いセルシウスはどうしたのだろうか?


「ありがとう」


「ど、どういたしまして」


 言葉なんかでは言い表す事が出来ないが命の恩人に対して自然と感謝の言葉が口から零れた。そして、そんなタイミングで目の前の少女のお腹が盛大に鳴った。


「…………」


『レイン~魔力使いすぎたの~腹ペコ~』


「そうだよな、オークとゴブリンに魔法ぶっ放して回復しまくったもんな。俺、携帯食料しかねぇけど」


 慌ててアイテムボックスからなにやら取り出すウィル。それは多分古い(・・)から止めておいた方が良い。きっとアイテムボックスに入れっぱなしだろうそれ、ウィルは大丈夫でも小さな女の子が食べたらお腹を壊すどころでは済まない。


「さ、さっき作ったのがあるから」


 慌てて止めようとしたが手持ちの食料があるようで安心する。ウィルの出した干し肉っぽい何か……は、得体が知れない。()く言う俺も一度ひどい目にあっている。ウィルは毒などの耐性が人より強いから——美味しいか美味しくないかは置いておいて——きっとそこいらの草とか土を食べても平気だろう。


「椅子は三つで良いか」


 そんな独り言と共に六人掛けくらいの細工のこんだ白い光沢のあるテーブルと座り心地の良さそうな椅子が次々と森の一角に用意される。


「……レインお前……家財道具全部収納してんのか?」


「ん、ベッドとか色々入ってる」


 俺もそこそこ大きい——ウィルと去年討伐した水龍一匹分くらいの——アイテムボックスだが、流石に家財道具一式は入らない。アイテムボックスは魔力もしくは潜在魔力に容量が比例するからだ。


「それはあまり他の人に言わない方が良い」


 小さく可愛らしい女の子が大容量のアイテムボックス持ちと露見すれば、群がる羽虫が後を絶たないという事態にもなりうる。それがどれだけ稀有で誰もが喉から手が出るほど欲しがるものかを知らないからか、そう言うと一瞬きょとんとした後あたふたし出す。


「う、うん。とりあえずご飯普通に食べられそうなら二人にも出すけど……」


「俺は普通に食えそうだけど、シオンは」


 渡されたポーションを飲み渇きが癒え気怠さがひいてくると確かに腹は減っているような気はするが、未だ身体に違和感がある。


「……ウィル、あれからどの位経った?」


「二日ってところだな」


「ふ、二日絶食で普通にご飯食べられるわけないでしょ!ウィルってバカなの?」


 少女の言う通り、流石にあの怪我で二日何も食べて無いのに普通に食事をしては身体が参ってしまうだろうし、またポーションのお世話になるのは避けたい。因みに親友だから庇う訳ではないが、ウィルはバカではなく人一倍いや十倍くらい丈夫(・・)なのだ。常識は当てはまらない。


「とりあえずお昼はこれ食べて、」


「オートミール?これっぽっちじゃ足んねぇって」


「それは俺が頂くので差し支えなければウィルには普通に出してくれると有り難い……多分その辺の雑草を食べてもお腹は壊さないから」


「まぁ十八年生きてきて腹を壊した事は一度もねぇな」


 アイテムボックスの中でほんのり酸味を帯びたモウモウのミルクを飲んで腹を壊さないのだから、その辺の雑草だって食べられる筈だ。


「じゃあ、シオンさんは卵粥で、「シオン」」


「へ?」


「シオンで良い、俺もレインと呼ぶ」


「それは……」


 レインが少し困った顔をするが、出会ったばかりなのは一緒の筈なのにウィルは呼び捨てで何故俺だけさん付けなのか納得がいかない。


「ウィルはお米食べられる?パンが良いならパン出すけど」


 ほかほかと湯気を立てた料理がアイテムボックスから出される。レインのアイテムボックスは時空停止、つまりは国に片手もいれば栄華を極められるとされる時空魔法持ちと言う事になる。彼女には教えなくてはいけない事がたくさんありそうだ。


「両方」


「…………」


 ウィル、お前は人様の貴重な食料を根こそぎ食べるつもりなのか?どうやら後でじっくり話し合い(・・・・)が必要そうだ。


「美味い!」


 そう言って頬張る親友を横目に、剣術や魔術も大切だが親友として(・・・・・)マナーも大切だとルミナス公爵に進言せねばと思った。







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