暇つぶし
私の最終アドバイスを受け、一生懸命論文を書き上げているあっくんを横目に、私は席を立ってベランダに出た。
微かな雨の香りがして、思わず眉をひそめる。
雨は嫌いだ。
湿気が高くてベタつくし、通学中に濡れると最悪だし。
…それに、いい思い出も無いし、嫌なこと思い出すし。
空を見上げれば、まだ曇り空なだけで、雨粒は降っていない。
このまま私が帰るまで耐えろよ、空さんや。
そうぼんやり考えながら手すりに肘をついて頬杖をつく。
少し冷たい風が髪を微かに揺らした。
「…お、暗殺神じゃん」
どこからか声をかけられ、ぱっと辺りを見回すと、隣のベランダにある男がいた。
「…なんだ、土星のぼっち野郎か」
笑いながら言うと、彼は納得いかないような曖昧な頷きをした。
彼は次代土星統治者である打壊神のウキヨ。
壊、という文字が付いているが、破壊神とは親戚でもなんでもないそうな。
次代土星統治者は彼一人と聞いている。
結構異例のことらしい。
まぁ此奴はしっかりしてるしぼっちも慣れてるし、大丈夫だろう。
何しろ今までずっとぼっちだったんだからな。
たまたま親の繋がりがあって私とつるんでるけど、私がいなかったら完全なぼっちだよ、本当。
「…で、何?」
「いや別に。いたから」
「何だそれ」
そう、少し笑い混じりに返すと、同じ様な笑いで返してきた。
「…論文は?」
景色に視線を戻しながら呟くような声で訊く。
「もうちょい」
「あっそ」
「お前は?」
「添削待ち」
「はやっ」
それから少しの沈黙があり、それを私が破る。
手すりから身を離し、んーっ、と伸びをして教室を振り返った。
「添削待ちじゃなく、彼氏待ちだったわ」
そう口角を上げながら言った途端、ドアが開いて、あっくんが顔を出した。
「終わったよ_って、ごめん、取り込み中だった?」
ウキヨと私を見比べてそう言うあっくんに、いいや、と首を振ってからあっくんが開けたままのドアの縁に手をかけ、ウキヨを振り返る。
「リア充は忙しいんで。じゃーな」
ひら、と手を上げて教室内に戻った。
「なんでリア充って言ったの?」
あっくんの純粋無垢な目に、笑顔で答える。
「あいつが非リアで童貞だからさ」




