至福の一時
「たっだいまー」
そう玄関先から声を掛けるが、返答はない。
当たり前だ、私は一人暮らしなんだから。
このマンションの一室で私は密かに暮らしている。
暗殺の力がどの暗殺神よりも強い私は、皆から敬遠された。
まぁそりゃあそうか、あんなことがあっちゃなぁ…
そういう訳で、私は一人暮らし。
だから勿論返答はn
「…おかえり」
…ん?
んん?
待て待ておかしい。
ん?今おかえりって聴こえたよ?
あ、ちょっと疲れてんのかな私。
うん、そうだきっとそう。
「…HAHAHAー、私ってばどんだけ力を使ったんだろうナー」
靴を脱いで廊下を真っ直ぐ進む。
1LDKの主な生活場所に着く。
「おかえり」
……目の前にいるこれは私の彼氏ですか?
「…ないないないない。私の彼氏って動かない動かない。彼女の部屋にわざわざアポ無しで出向く奴ではないないないない」
「ねぇw僕の印象悪くね?w」
_ゴンッ!
壁に向かって思い切り頭突きをかます。
「おわぁ!?サキアちゃん!?」
鈍い音に、頭に走る激痛。
「…夢じゃ、ない…?」
「夢じゃないよ!w…まったくもう」
荷物を下ろし、頭を擦りながら首を傾げると、ふわり、とあっくんの腕に包み込まれた。
「あっ!?」
「…本物だよー、信じてくれる?」
「…本物ってこんなことするっけ…?」
「僕何やってもダメなの!?w」
その言葉に思わず吹き出す。
「ははっw冗談冗談wなんで私の家に居んの?」
「前に貰った合鍵使った」
「…いや手段じゃなくてね?そのくらい私分かってるからね?」
そう言うとあっくんは顔を上げて、私の首元に腕を回して答える。
「ちゃんと帰ってくるかなーって」
「…アレもしかして私の浮気を疑ってます?」
ぎこちない笑顔で訊くと、あっくんは少し顔を赤らめて視線を逸らした。
図星。
「いやいやないない。きっくんだよ?アイツにはチェイスいるし。というか疑われるべきはあっくんだよねー、浮気野郎め」
「だーかーら、浮気なんてしたことないってw」
「知ってる」
真顔で返すと、あっくんは面食らったようで、少し静止した後に、私をソファに座らせた。
隣にあっくんも座る。
「?何の儀式が始まるのかな?」
すると、あっくんの頭が私の肩にのる。
…え!?
「ちょ、あっくん!?」
「…僕には、サキアちゃんだけだから」
これは…デレ期到来中かな…?
あっくんは顔を上げて、真っ直ぐに私の瞳を見据えた。
「サキアは?」
…んだよコイツ。いきなり肉食系になりやがって。
返答なんて、分かりきってるくせに。
私はさっきとは逆にあっくんの肩に自分の額を押し付けて言う。
「…いっちばん大好きだよ、アレス」
するとあっくんは安心したようにほっ、と息を吐き出した。
「…もしかして嫉妬してたんですか」
首を傾けてあっくんの方を向くと、あっくんは赤いまま少しふてくされたようにぶっきらぼうに呟いた。
「しちゃ悪いですか」
思わずふはっ、と笑ってしまう。
「いーえ、嬉しい限りです」
そうして、あっくんを力いっぱい抱きしめた。




