旅立ち
冷房器具の壊れたウチのアホみたいな暑さとは違い、王宮の中はとても涼しく快適に過ごさせていただきました。しかし、それも今日までの話だ。明日からはあの手この手で灼熱地獄に耐えていかないといけない。
そういや、自宅の方はどうなってるのか。さすがに直しただろうけど。これで直してなかったら親がどうやってこの夏の暑さを切り抜けたのか逆に聞きたい。
……もしかしたら俺の部屋だけ直してないとかそんなオチないよな?書き置きして出て行ったから「あ、いないんだ。じゃあ、直さなくていいか。修理代浮いてラッキー」とか思ってそう。ネタとかじゃなくて、ガチでありそうだから困る。
しばらく帰るつもりはないからいいけどさ。
そんなわけで快適な王宮にいたはずなのだが、なんだか暑苦しい感じがして、目が覚めてしまった。
「……こいつは何してんだ」
ベッドが二つあるって理由で許可したはずなのに。アリーのやつが俺の方のベッドへ侵入していた。
寝相でこんなんになるわけないから確信犯だろう。
暑いから蹴落そう。
「っだ!」
とても女の子の声とは思えぬ声が聞こえたけどまあ、気にしないことにしよう。
「つ〜〜起こすならもっと優しく起こしてよ!」
「やかましいわ。人のベッドに入り込んで安眠の邪魔しやがって」
「人肌恋しいかなって」
「恋しくねえよ。どんだけ孤独に生きてきたやつなんだ俺は。そんなことしてるといつ襲われても文句言えないぞ」
「フレアならいいって言ってるじゃない」
「…………はぁ」
「そこ!『ダメだこいつ……』みたいな顔して頭抱えない!」
「ダメだこいつ……」
「口に出して言わんでよろしい!このやろー、あんまりそういう態度だとこっちだって強攻策に出るぞ!」
「……どうするんだよ」
「ED!素人童貞!不能野郎!って言いふらしながら旅する」
「……もう、置いてくか」
「ごめんなさい!言い過ぎました!見捨てないで〜」
「だ〜!朝からテンション高いし暑苦しい!離れろ!」
「構って構って〜」
「あ、おい!あんま押すな……だっ!」
バランス崩して押し倒された。
「あの〜起きてる?」
そして最悪のタイミングで扉が開いた。
「……あ、お取り込み中だったかな。邪魔してゴメンね。一時間したらまた呼びに来るから……」
「待て!ルナ!誤解だ!助けろ!いや、助けてください!俺が襲われる!」
「ふへへ。坊ちゃん。いい体してるでヤンスね」
お前も乗っかるな。二重の意味で。
「はいはい。王宮で不埒なことしないでください」
「お堅いな〜隊長さん」
「もうお役御免だって」
「処女ですか」
「そんな話今してない!」
かなり顔真っ赤に否定してるの見るとその通りみたいだけど、俺は何も聞かなかったことにしよう。
「まあ、私は言わずもがなな訳だから、こうしてフレアを適当にその気にさせようとしてみてるわけだけど、こいつEDらしいから」
「そのネタ引っ張るな!下ネタ言うようなら強制送還するぞ!」
「すいませんでした。これからはフレアの前だけで言うようにします」
「俺の前でも言うな!思っても自分の心の中だけでしまっとけ!」
「フレア」
「なんだ」
「女の子は生来おしゃべりなわけです」
「はあ」
「脳と口が直結してるようなものなので、思ったことはすぐに出てきます」
「帰れ」
「すいませんでした!でも、フレアも悪いと思う」
「俺に非は一切ない。……俺だけじゃラチがあかないからルナからも何か言ってやってくれ」
「あ、あの!」
「お、おう……なんだよ、急に声あげて」
「…………ですか?」
前半がごにょごにょしてて聞き取れない。
「だ、だから………ですか?」
言い直しても聞きたい部分が聞き取れないんですけど。
「む〜〜女の子にあまり恥ずかしいこと言わせないでください!」
なんで怒られてるの俺?
そしてルナから耳を貸せというジェスチャーを取られた。
「……こ、この歳で、しょ、処女って恥ずかしくないですか?」
「……それ、男の俺に聞くのか」
「だ、だって……」
「いや、別に恥ずかしかないだろ……男なんて30超えて経験のないやつがゴロゴロしてるぞ」
「フレアは経験ないから大丈夫だよ」
「お前はもう引っ込んでろ!お前のせいで会話が不健全だ!」
「男女間での下ネタの会話は成立しないようだね」
「いつの時代も同性だろうが異性だろうがあまり成立して欲しくない……」
「これだからチェリーボーイは」
「ヴァージンに言われたかないわ!」
「も、もうこの話止めにしよ?そ、その聞いてるこっちが……」
「…………」
「フレア、やっぱりこういう純情な子のほうがいいでしょ」
「ぶちまけられるよか余程いいわ。お前は逆に見習え」
「人間ね、抑え込むより解放しちゃったほうが楽なの」
解放しすぎだ。迷惑を被る人間がいることを考えてから発言しろ。
いや、考えたらそれがそのまま発言されるのか。面倒すぎる。
「あ、朝ご飯、あるから、一緒に行こうか」
「ああ……そうだな……朝から疲れた」
「どことなく卑猥な匂いが……」
「全部お前のせいだろうが!次あったら知らない道のど真ん中だろうが置いてくからな!」
「つれないな〜器を大きく持とうよ」
昨日も王様から言われたけど俺、器小さいのかな。
でも、朝っぱらからこんなハイテンションなやつに関わってたら身がもたない。あと3割ぐらいその元気を削ってくれ。
なんで、旅立つ前からこんなに体力を消耗しないといけないのだ。出る前にもう一度体休めたいぐらいだ。
「そういやリミュエールは」
「あの子自室で食べるから、私が後で持っていくの。私以外だと起きない……っていうか、誰も起こせないし」
そもそもたどり着けないらしいですね。どうなってるんだろう。
「リミュ自身以外だと私しか入れないみたいだから。まあ、どちらにせよリミュエールは連れてかざるを得なかったんだけどね。私が心配だから」
気苦労が絶えないね。
こちらのオープンバカにも気遣いという心を是非とも持っていただきたい所存でございます。
「フレアも女の子焦らしちゃダメだよー」
「焦らしとらん。遠回しに諦めさせようとしてたんだ」
「……じゃあ、なんで一?に行くこと許可したの?」
「危険だからダメだって聞くようやつじゃないだろお前」
「……まあ、人間いつ心変わりするかわからないし、王宮出の人ばかり近くにいてもそれこそ”気苦労”しそうですし?庶民の私が一緒にいてあげるのですよ」
「……はいはい。ありがとさん」
「にしし」
へこたれないなこいつは。まあ、実際いたほうが助かるのも確かな話だけど。
そもそもルナとリミュエールがついてくるという話は後の話なので、一人旅なら一人旅でもなんら問題はなかったような……まあ、いいか。
「なんだよルナ。こっち見てニヤニヤして」
「そ、そんな笑い方してない!でも、仲良いなあって思って」
「……まあ、嫌いじゃないからな」
「あ、フレアがデレた」
「金輪際お前に肯定的な意見はやらない」
「待ってください!フレア様!」
「あ、あの〜。朝食はこっちです〜」
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「楽しそうで何よりだね……」
朝食をリミュエールの部屋まで届けに来たが、なんとなく御立腹のようです。
君も一緒にこればよかったんじゃないかな。
「リミュも外に出ればなにか変わるかもよ?」
「何が変わるの……基本ぼっちで根暗マンサーなんて呼ばれてるの知ってるんだから」
「もう……友達作ろうってこと。一人じゃできることに限界があるでしょ。私だっていつもお手伝いできるわけじゃないんだから」
「むう……外は苦手」
「……クレトに似てんな」
「何してるかしらあいつ」
「どちら様?」
「人間」
「誰もそんな返答期待してないわよ。私たちと同い年の友達。昨日会ったけど、役に立たなかったから置いてきた」
「お前の説明も大概じゃねえか」
「だいたいあってるでしょ?」
あってるけど、クレト、アリーはお前に脈はなさそうだぞ。これだけは言っておこう。
「別に引きこもりじゃないが、情報収集が趣味のやつで変なマシンを使ってサイバールームを作ってる」
「リミュちゃんとはそういう意味だと逆っぽいね……」
あっちは理論武装でガチガチの論理思考で説明出来るけど、こっちは自然現象というか不可思議というか、人力じゃまず説明出来なさそうなことやってるしな。実際目の当たりにしたわけじゃないけど。
「で、リミュエールは外に出て大丈夫なのか?」
「……どういう意味?」
「一応、この国の姫だ。護衛はルナ一人と考えてもいい。あと、基本歩くような旅だし、体力持つか……」
「別に……歩けないほど軟弱じゃない……それにルナは強いもん」
「歩けるかどうかはともかく、リミュ自身もその辺の……って言ったら失礼だけど一般人とは違うって言ったよね?あと、身隠しのローブ被せておくし……って、まあそもそもリミュ自身あまり存在知られてないんだけどね」
「なんで」
「私の方が王様の娘みたいな扱いにされてるから」
「そういや、俺たちもリミュエールのこと知らなかったな」
「なんならルナの方が有名なぐらいだし。このアホちんは知らなかったけど」
「情報に疎くて悪かったですね」
「まあまあ、喧嘩しないで。リミュにも自己防衛できる技があるから。……私としては、あなたたちに迷惑かけるんじゃないかって思うんだけど……」
「やる前から迷惑だなんだ考えてたら何も出来ないだろ。俺たちから誘ったんだ。ついてくるのも自由だし、途中で抜けるのも別に構いやしないさ」
「……ううん。最後まで一緒に行くよ」
「しかし、何をもってこの旅終わりにするの?」
「…………旅の途中で考えよう。最終的に村を出てここに永住したいとかそういうことでもいいし」
「じゃあ、最初の目的ぐらい考えておかない?何も考えずに適当にフラフラしてても意味がないでしょ」
「それもそうだな」
「……なら、行きたいところがある」
珍しくリミュエールが自発的に提案をしてきた。
その声に耳を傾けることにする。
「隣の国。……ここに、不思議な力が集うというスポットがあるっていう話。条件が揃わないと行けないみたいだけど、ここに行きたい」
不思議な力の集うスポット……パワースポットとかそう呼ばれるやつか?
仮に普通の俺たちみたいなやつが行ったところでなんとなく気を感じる〜とかそんなもんでしかないが、リミュエールが行くのであれば、何か力が覚醒しそう。何それちょっと見たい。
「まあ、俺たちも特に行き先決めてないし、そこに行こうか。どれぐらい掛かりそうだ?」
「えっと……ここなら、そうだね……たぶん、一週間歩き続ければ着く計算だけど、さすがにそれは無理だと思うし、10日ぐらいが目処かな?」
「と、10日……」
何も考えてなかったけど、徒歩で行くっていうのはそういうことなんだよな。なるべく、お金に頼らず、自分たちの力だけで旅をする。
「10日って言っても、行く道すがらに街はいくつもあるし、寝床に困ることはないと思うよ」
「先駆者の話は説得力が違うな」
「その先駆者がいなかったらあんたはどうするつもりだったのよ」
「俺が先駆者になる」
「どっかで行き倒れてそうですね〜」
ぐうの音も出ない正論。仕方ないね。
まず、この炎天下の中歩かないと行けないという事実に挫けそうだけど。
「あ、そうだ。さっき王様から連絡あって、用意が整ったから取りに来てくれって。ほら、リミュも行くよ」
「ルナ取って来て」
「これぐらいもやらないんじゃ一緒に来なくていいです」
「むぅ、ルナの意地悪……」
ぶつくさ言いながらも彼女の体に合うようなサイズのリュックを背負っていた。
昨日の間にルナと用意したのだろう。
「じゃあ、また私が案内するね。リミュは忘れ物ない?」
「昨日、ルナが再三確認した」
「じゃあ、しばらくこの部屋離れるけど、何かやっておくことない?」
「……自動的にホコリが積もらないようにする装置が欲しい」
「普通に使用人の人に掃除してもらうって頭はないの……?」
「基本的にルナ以外入れたくないし、勝手にものいじられたくない」
「……帰って来たらちゃんと一緒に掃除しようね」
「うん……」
ルナがもうお姉さんとかいうよりお母さんだよなこれ。
見てないけど、王様の奥さん、いわゆる王妃はどこにいるのだろうか。
あまり聞くのも野暮か。
俺たちは、再び玉座の間へと赴き、旅の用意を受け取って、ルナとリミュエールを任せられるのだった。
さて、ようやく旅の始まりだ。