非日常を望んだ少年と日常を望んだ少女(5)
「あっ……ここ……」
川の流れる音が聞こえて足を止めた。
おそらく、先ほど俺が流されてきて介抱されていたところだろう。
一先ず、腰を落ち着けることにした。
「まあ……色々と言いたいことはあるけど、もう一度自己紹介しとこうか。俺はフレア」
「アリーです」
「あ、はい……私、ルナです」
こうして見てもやはり近衛兵隊隊長をやってるような人には見えない。
人は見かけによらずとは言ったものの、これではただのか弱そうな女の子だ。
「えっと、ルナ……って呼び捨ててでいいのかな」
「別に気にしないからいいよ。歳も変わらないぐらいだと思うし」
「俺は今年17だ。こいつも同い年」
「いわゆる幼馴染でヤンス」
「お前のキャラが安定しないのが幼馴染として不安なところなんだけど」
「親しみを持ってもらおうと思って」
「あ、そうなんだ。てっきりお付き合いしてるものだと」
「私じゃ欲情しないんだって」
「付き合う付き合わないの判断基準をそれにするのはやめてくれない?」
「ルナちゃんにこいつは一目惚れだって」
「ち、ちがっ!そういうわけじゃ……」
「そうやって焦って否定するところが怪しいな~この~」
うざい。この幼馴染うざい。置いて来たほうがよかったような気がしてきた。
「こいつの与太話はいいんだよ。もう一度さ、ちゃんとお礼をしたいと思って。そしたら、号外で君が行方不明扱いになってんたんだよ」
「こんな早く見つかるとは思わなかったけどね」
「……ちょっと、君がちゃんと帰れるか気になって」
「……まあ、俺たちについて来たのはいいんだけどさ、号外になってるぐらいなんだから、何日か王宮に戻ってないんだろ?」
「うん……まあ、ね」
「よかったら理由聞くけど」
「……うん。新聞見たってことは私があの王宮の近衛兵隊隊長やってることは知ってるよね?私ね、10歳の頃からずっとそうやって戦ってきたんだ。15になる時に近衛兵隊に選ばれて今年、隊長に選ばれた。でも、選ばれたら私はまた何年も戦い続けなきゃいけないの。……それがこの国のためだって分かってる。けど、私は普通の女の子でいたかったの。普通に学校に行って、友達とお喋りして、ショッピングに行ったりして、オシャレして……恋もして。私は戦うことが第一にされてきたからそんなこと、許されるわけがなかったの。だから、逃げ出してきちゃった」
「…………逃げても、いつか捕まるし、そうなれば本当にまた戦いに身を投じることになるぞ。辛いこと言うようだけどさ。正直、俺たちは君たちに守られて今まで、こうやってのうのうと生きてきた。……住む世界が違うんだと思う」
「……そうすることが私の運命なんだって、分かってるよ。でも……遠征したりしてね、女の子がさ、色々と物色して買い物してたり、付き合ってる男の子と並んで歩いてたりしてるの見たら、私はなんでこんなことしてるんだろ、って。どうしてもその意識は拭えなくて」
「拒否とかはできなかったの?」
「……私が隊長までになれる要因を見せた方がいいかな」
彼女は短刀を手に取った。
剣技でも見せるのだろうか?
「じゃあ、いくよ」
彼女は振りかぶった。
そして、その剣先は彼女の胸へと一直線へ……
「って、待て!何やってんだ!」
俺の制止も聞かず、短刀は突き刺さっていた。
そして、彼女は何事もなかったかのようにその剣を胸から引き抜いた。
思いっきり刺さっていたはずなのに、そこからは血が流れてる様子も見られない。
「ダミー刀?」
「ううん。本物だよ」
近くの木に向かって投擲をした。短剣は見事にそこに刺さっていた。
いったい、どういうカラクリなんだ?
「私、死なないんだよ。心臓をどこかに保管されてる」
「どうやって動いてんだよ。血を供給するのは心臓だぞ」
「ゾンビやアンデッドが動いてる理由を求める人がいる?」
「いや、ルナはこうやって生きてるし」
「人じゃない何かかもしれないよ?」
「……いや、なんだっていいさ。俺たちから見たらただの女の子なんだ。それで、ルナはこれからどうしたいんだ。逃げてきて、ハイ終わりじゃないだろ」
「うん……何も考えてなかったんだ。別にどこか泊まる場所があるわけじゃないし、サバイバルには慣れてるけど」
「……ルナは自分の心臓の在処って知ってるのか?」
「……知ってるよ。でも、それは絶対に取りに行けない場所。それでもって、私が取り返したところでどうしようもないもの。きっと、それを潰されたら私は死ぬんだと思う」
「……どこにあるんだ?」
「王宮の一人娘、リュミエールのところよ」
「なら……」
「ダメよ。行くのは。彼女もまた私よりさらにタチが悪い生き物かもしれない。……素は普通にいい子なんだけどね。私の唯一友達だった。彼女もまた、私以外に懐こうとはしなかった。だから、すぐに私をどうこうはしないと思う」
「でも、このまま放置するわけにも……」
「うん。だから、君たちがあわよくば王宮には入れそうならそのまま隠れて一緒に入ろうと思って」
「はあ……」
「た、ためいきつかないでよ」
「いや、作戦指揮官だとか近衛兵隊隊長だとか大それた役職を冠してたらしいからどんなもんかと思えばって」
「ふむ~しからばしからば」
「急になんだアリー」
「いやはや、ルナちゃんは要するに自由になりたいということだけど、このままだとどうなるか分からない恐怖と戦わなきゃいけないわけだ。そこで導き出すのは一つだね」
「……とりあえず言ってみろよ」
「姫君拉致してきましょ」
殴っておいた。なんだかお約束のような気がしたから。
「痛い!結構本気で殴ったでしょ!」
「お前は大罪人になる気か!」
「フレアの言ってた刺激ある日常が送れると思うわ」
「罪人として日陰で暮らす生活は嫌だ……」
「かと言って、なんのトレーニングもしてないフレアが戦力になるかってなるわけないし。ルナちゃんの代わりが務まるわけでもないでしょうに」
「……それだ」
「ん?どったの」
「俺がルナの代わりとして行けばいい」
「暑さで頭がやられたか」
「もう一度殴られたいか」
「もう痛いのは勘弁だよ。言いつけてやるからな」
誰にだと思ったが俺の両親にだろう。こうしてついて来てるのにいつ言いつけに行くんだ。行く頃には絶対忘れてるだろう。
「志願すれば見てもらうことぐらいはしてもらえるだろ。仮にもこの国の人だ。横柄に突っぱねるのは意に反するだろ」
「すぐにお払い箱かもよ?」
「そうなるように行くんだよ」
「……時間稼ぎ?」
「なるかも分からんけどなあ」
「でもバレたら真っ先に疑われると思うけど」
「うーん。さっきあそこでルナのこと聞いたのがミスだなあ。それで姫君拉致ったら絶対繋がりがあるってバレるだろうし」
「そもそも王が許さないよ。リュミエールが直接言いに行くならともかく」
「手詰まりか……」
「……しばらくはセント村に戻れそうもないし、別の拠点探さない?日銭はこいつがなんとか稼ぐってことで」
「三人分養うような日銭は稼げねえぞ」
「まあまあ、私も働くから」
「えっと……二人はどうして、外に出ようと?」
「……暑さで頭がやられたからってことでいいよ。君に礼を言うのはその一つだったから。……ホントは手土産の一つでも持って来たかったんだけど」
「まあ、王宮務めのお嬢様に何あげたら喜ぶかって考えててね。先に接触したのも中には入れないかな~って、浅はかな考えよ」
「忘れて欲しいって言ったのに……」
「いや~ルナちゃん可愛いから男はほっとかなないよ~。あ、余計な虫つかないように私が一緒にいる」
「あはは。リュミエールもそんな感じだった」
「私、ルナちゃんをもってして人ならざるもの扱いされる子と同類?」
「いや、別に見た目の話じゃないだろ。中身の本質的な部分じゃねえのか」
「そうね……彼女は、奇術師、魔術師、錬金術師……通常人ができないようなことを一人でやってのけちゃうから。私の心臓もその一つなのかもね」
「……そのリュミエールって子は外に出たがったりはしないのか?」
「どうだろ。彼女がやる行為のほとんどは家の中でいることで成立することだから、逆に出にくいと思う」
「魔法陣とか結界とかそんなんかな」
「確かに床によくわからない模様を描いては消してを繰り返してたかなあ」
「じゃあ、説得するしかないか。ルナがこのまま戻るも言えば少し小言言われるぐらいで済むだろうな。でも、自由になりたいって言うなら、そのリュミエール?を一緒に連れてくぐらいしか現状案はないだろ」
「このまま逃げてどこかで隠居するって言うなら話は別だけどな。顔も知られない、誰にも気づかれない、そういう生活を送るなら、って話だけど。……でも、ルナはそんなの望んでないだろ?誰かと一緒に喋って、遊んで、オシャレして、買物行って……そんな普通の日常を過ごしたいんだろ?」
「うん……」
「でも、それは同時に君の今の生活を捨てることになる。危険を伴う仕事を与えられてるってことは、王宮でもそれなりの待遇があったはずだ。今の地位を捨てるってことはそれと同義だ。このまま王宮で働くなら今の生活が保障されるだろう。……まあ、これから俺たちは旅をしようと思う。それに一緒について来て、どっちがいいかって決めるのもいいかもしれない。おおよそ、戦いから逸れた生活は過ごせると思う」
「……君達は学校に行かないの?」
「まあ、俺たちも逃亡者みたいなもんだ。書き置きはして来たけどな。アリーはともかく、男の俺なんてちょっとは外に出てこいって言われるぐらいで、大した心配されないさ」
「まあ、うちも多分フレアがいるならって感じだよ。うちの親はフレアのこと気に入ってるから」
「それはどういう意味なんですかね?」
「さあ?どうとでも」
帰ったら嫌な予感がするんだが。
「……いやいや、フレアさんよ。ちょっと待ちたまえ」
「なんだよ」
「君は女の子ばかり旅の仲間に加えるつもりかい」
「……クレトやっぱり連れて来るか?」
「あいつはサブで活躍するタイプだからメインに置くと役立たずでしかないと思う」
クレト、お前も大概な評価下されてるぞ。いわゆる参謀役だからな、あいつ。現場状況の把握できなさそうだけど。
「よーするにお前はバランス悪いから男を一人入れろとそう言いたいわけか」
「……逆に考えればフレアさえ制御出来ればいいから、ただ世界を放浪するだけの旅なら、別にいいか。あんたも目の保養になっていいでしょ」
「やかましいわ。お前は目の保養じゃなくて毒にされそうだ」
「はいどーん!」
また殴られた。お返しか?さっきのお返しか?お前の方が二発殴ってるから俺より回数多いぞ。一発には一発の精神でいくぞチクショー。
「クスッ。仲いいんだね」
「あたぼうよ!親友です!」
「こんな手荒い親友ヤダ……もっとお淑やかなフラグ立ちそうな美少女がいい」
「女の子の幼馴染がいる時点で貴様は勝ち組なんじゃ!そのありがたみを感じるがいい‼︎」
「じゃあ、手料理施すなり、俺に尽くしてくれるなりしてくれ」
「そんな義理はない」
なんやねんこの幼馴染。
「あ、今日も遅いから、私が料理作ります。お口に合えばいいけど……」
「こいつが作るよりマシだからお願いします」
「なんだとー⁉︎じゃあ、吠え面かかせてやるから胡座かいて待ってろ!」
「それより材料あるのか?」
「じゃあ、魚とって来てください」
「……ワッツ?」
「そこの川にたくさん泳いでますよ?」
「……行かせていただきます」
作ってもらうんだもんな。多少の労力はやむを得ないよな。
しかし、釣り道具も手元にない状態では、素潜りして、手掴みで引っ捕まえていくというなんとも原始的な方法を取らざるを得なかった。
人数分捕まえる頃には俺の息はほとんど引き取っていて、しばらく天に召されてましたとさ。