旅におけるいくつかの必要事項
「えっと、じゃあ行ってきます」
ルナが王様に代表でそう挨拶した。
隊長がいなくなるというのにこの国の戦力は大丈夫なんだろうか。
「無事に帰ってきたらそれでいい。女の子として成長してきなさい」
「はい。ほら、リミュも」
「暑い……溶ける……私の周りだけ常に快適な温度になるような装置ちょうだい」
「そんなもんはない。お前は自分の力とルナに甘えすぎだ。少しぐらい体力つけて来い」
「うう……愛娘に対しての扱いではないと思う……」
「暑いのはみんな一緒なんだから、リミュだけ文句言ってても何も変わらないでしょ」
「うう……じゃあ、行ってくる……ちゃんと
ルナと帰ってくるから」
「体調には気をつけなさい」
「それはルナ次第……」
「はあ……ルナ、少しはこいつが自立するようにしてくれ」
「できる限りは……」
とはいえ、この調子だとずっと甘やかしてきたんだろうなあ。
いつか耐えきれなくなって癇癪起こしそうだけど大丈夫か?
……そのあたりはルナがコントロールしてくれるだろう。長年一緒にいるんだから。
「ああ、あとフレアくん」
「な、なんでしょうか」
急に呼ばれたためになんか少しどもってしまった。
そしてもう少し近くに寄れと言わんばかりに手招きをする。
そして、先にルナたちにはもういいと下がらせてから俺に耳打ちし始めた。
「……手出ししないようにな」
この国王は……。
「……その前に、仮に手出ししたとして、身ごもったら旅なんて出来ませんよ。旅を完遂するにあたって、そのあたりは鑑みるべきかと」
「帰らない可能性があるだろう」
「そんな薄情な子たちじゃないでしょう」
「ルナはともかく、リミュエールはな……」
確かに帰るの面倒とか言ってきそう。
あくまでイメージだけで語ってしまうのは良くないけど。まあ、怠惰ってわけじゃないんだろうけど、自分の興味のあること以外は何もしないみたいな感じだ。
「……まあ、自分も帰るって書き置きしてきてますから、お姫様が駄々こねても引きずってでも帰ってきますから」
「そう言ってもらえるのはありがたいが……」
いまいち歯切れが悪い。
「いや、まあそのあたりはルナが説明してくれるだろう。私よりよほどリミュエールのことを知ってる」
「……はあ。じゃあ、あと一つだけいいですか?」
「どうした?」
「情報に疎くて申し訳ないんですが、リミュエールの母親……王妃様は?」
「……体が弱いやつでな、リミュエールを産んで直にな。だから、ルナがリミュエールの姉貴分でもあり、母親代わりなんだ。女っ気があまりないこんなところだったから余計にかもな。……長々と引き留めてしまったな。リミュエールの気が変わらないうちに早いところ出て行った方がいい」
「そっすね」
俺は踵を返して、王宮に背を向けた。
別に何か大それた目標や目的があるわけでもない。
ただ、日常から少し離れてみたいなんて、そんな願望から始めるものだ。
今まで自分が何をしてきたのか。これから何をしたいのか。色々巡ってみて、見つけられたらと思う。
まあ、最終的にあの村でいいや、となるかもしれないけど、それも一つの選択だ。
「悪い、待たせたな」
「何話してたの?」
「まあ、ルナとリミュエールをよろしくって話だよ」
根本的にはそれで間違ってはないだろう。貴重な男手でもある。女の子だけでは、それはそれで積もる心配もあるだろうし。……まあ、男がいて別の心配もされているのだが。
「旅すがら鍛えながら行くか……」
「急にどうしたの」
「いきなりあれくれものが出ないとも限らんし、それをルナに頼り切ってしまうのも男の名が廃るってもんだ」
「元々、廃るほど高名なものでもないけど。いっそのこと限界まで廃らせてみたら楽になるんじゃない?」
「なんてこと言うんだ」
「ま、でも、女の子一人守れない、助けられないようじゃ男としてどうかと思うから、その心構えは買っておくよ」
「心構えじゃなくて、実践するから」
「ちょっといいかな?」
「なんだ?」
ルナが呼び止めるので、立ち止まってそちらへ向く。リミュエールが倒れそうとかか?と思ったが、別にそうでもないようだ。
「これから旅を始めるわけだけど、まあ、いくつか注意事項というか、覚えておいてっていうことを聞いておいてほしいかなって」
「……ここで話すのか?」
頭上には頭皮を焼き尽くすんじゃないかというほどじりじりと太陽が照っていた。近場に影となりそうなものもなく、俺たちもあつらえてもらった、服のフードを被ってそれを凌いでいるような状況だ。
「それもそうだね。とりあえず森の方で影がある程度あるところまで移動しよっか」
まあ、王宮周りなんて森で囲まれてるようなものなので、切り開いたところだけ無駄に日が当たるのだ。
道がわかりやすいようにするためだけど、いろんな意味で狙われたら大変じゃない?どういう条約結んでるのか知らんけども。
だから少し道をそれればすぐに木々の多い森の中だ。木の隙間から入ってくるとなれば木漏れ日なのでいうほど暑さを感じることはない。
「それでも、外気は暑いことに変わりはない……」
「暑いのはみんな一緒って言ってるでしょ。文句言わない」
「むぅ……」
お姫様は暑いことに対してご機嫌斜めな様子。だけど、ルナの言うことはちゃんと従うようだ。素直ないい子っていうのはまあ、ルナ視点なんだろうけど正しいんだろうな。
「じゃあ、話していこうか。まあ、今は時期柄暑いけど、だんだん涼しくなっていくと思うから我慢するしかないね」
「どれぐらいなんでしょうかねえ」
「北へ向かえばそりゃ涼しくなるだろうけど、ここの付近にいる限りじゃ、一ヶ月はまだ続くんじゃないかな」
「北へ行くか……」
「こらこら己は最初の目的地忘れたんかい」
「じゃあ、川に飛び込むか」
「言ってることだけ抜き取ると投身自殺でもするんじゃないかって疑われそう」
「フレアくんは川に飛び込むのが趣味なの?」
そんなけったいな趣味を持つやつは見たことない。
「川で溺れて美少女に助けられるまでがセットだって」
「溺れた挙句誰にも助けられなかったら笑い話にもなってないんだが」
「生きてるんだから笑い話でしょ」
本人結構な目にあってますけど。そう何度も川で溺れたくない。
「で、なんの話だっけ」
「自由だね君たち……」
「規律なんて気にしないように自由な旅に出たんだ。自由にやらせてもらう」
「それでも、ちゃんと守ってほしいことはあるの」
口を尖らせて少し不機嫌そうにルナが言うので、大人しく聞くことにした。
「まずひとつ、喧嘩をしないこと」
「俺たち仲良しこよし」
「ねー」
「……もしあった場合は二人で仲裁に入ること」
「傍観決めてそうな方はどうしますか」
「……その時はちゃんと動いてね?」
「善処……したりしなかったりたらりらぱっぱ」
やる気が感じられない。
「次いくね……」
一個言うだけでここまで疲弊してるのも見てて可哀想になってきたな。ちゃんと聞いてやろう。
「一人で勝手に別方向に行かないこと。どこかにいく時は誰かにちゃんと伝えてください」
「トイレはどうしますか」
「……伝えても恥ずかしくないようにしてください」
「女子はお花摘みに行くという隠語があるからそれで全てまかり通せばいいよ」
「あと、その場合覗きに来ないように」
「いや、俺そういうプレイに興味ないし」
「あの……」
「すまん。悪ふざけしすぎた。ちゃんと聞く」
「一人で行動したら迷子になったりしてみんなに迷惑かけるからね」
「せやな」
「語調が安定しないのはフレアくんもな気がしてきた」
「いや、まあ適当に相槌打った方がいいかなって」
「普通に頷いてくれればいいから。あと、こういう旅は助け合いが基本だよ。自分だけみたいなことはしないように」
「もらった水を一気飲みするとか?」
「長く歩くから、基本的には川沿い歩いて行った方がいいかもね。こっちの方が涼しいし。でも……」
「でも?」
「まあ、野生動物がいるからそういう意味ではあまりオススメできないなあって」
「ちなみに出会った場合の勝率は」
「逃げるだけだから勝率なんてないよ。人間が自然の脅威に立ち向かおうというのは愚策だからね」
「雨降ってきたらどうする?傘とかないぞ」
「えっと……リミュ、お願いできる?」
「今……やるの?」
「その時でいいから」
「しょうがないなあ……」
なんだ?雨避けとか雨を防ぐ魔法とかがあんのか?
「じゃあ、まとめるね。ひとつ、喧嘩しない、ふたつ、一人で勝手な行動しない、みっつ、協力をすること。困ったことがあったら随時聞くからね。もちろん、私も人間……うん、人間だから分からないことはあるからね」
自分が人間だと言い切れる存在なのか。確かに疑ってしまうのは仕方のない話なのかもしれないが、彼女は人間で女の子なのだ。俺たちがそう見てあげないと。
別にどっかの戦いに首を突っ込みに行くわけじゃない。
「じゃあ、もう少し歩いたらお昼にしようか」
「え〜……今じゃないの……」
「まだ王宮出てから1キロも歩いてないし……せめて、王宮が見えなくなってから。ちょっとは身体動かして疲れさせた方がご飯も美味しいよ?」
「働かないで食べるご飯が至高だと私は……」
「動かない子にはご飯あげません」
「む〜〜〜〜」
全力で抗議してるが、ルナの方が万里もある話なので、一緒に説得するか。
「リミュエール、今歳いくつだ?」
「歳……?14歳」
「今からそんなんじゃ、歩けなくなるのも時間の問題かもな〜」
「む……どういう意味」
「人間使わないとそこから衰えていくんだ。体動かさないからすぐに疲れた、休むなんて言うんだぜ」
「社畜の考え……」
「いつかルナがいなくなったらどうするんだ?いつまでもリミュエールの身の回りの世話を焼き続ける人がいるとも限らないぞ?」
「むぅ……」
「せっかく旅に出たんだ。自分ができることを増やすチャンスじゃねえか。まあ、本当に無理ってなったら担いでいくぐらいしてやるから。ちょっとは頑張ってみようぜ。な?歩くだけだろ?」
「……どうせなら早く着きたい」
「お」
「早くお昼も食べたい。早くいく」
少しばかりは心に響いてくれたのか、立ち上がってくれた。
そしてスタスタと王宮の方角へ……
「って、なんで見えてるのにそっちの方角へ行く!」
「む?」
「……とりあえず、私が手を引いて行くね」
さっきのいくつかの注意事項って全部リミュエールに対するものだったのではないだろうか。
かなりの方向音痴っぽい。
まあ、これじゃルナが世話を焼き続けるのも無理はない……のか?
「私たちも手繋いで行こっか?」
「遠慮しとくわ、こんなクソ暑いのに……」
「つれないなー」
かくして、隣の国を目指して、俺たちは歩き始めるのだった。