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囚人の記憶

「ほあっ?」


 瞬間移動、というのだろうか。

 瞬きするうちに自分の部屋から見知らぬ独房の中に翔太は移動していた。


(な、何が起きたのかな? さっきまでは部屋にいたのに)


 周りを確認すると鉄格子のある正面以外は壁に塞がれている。

 恐らく牢獄の中なのだろう。

 その広さは畳半畳程で、息が詰まりそうになるほど狭い。

 恐る恐る立ち上がった翔太は、鉄格子の隙間から外を窺う。


(暗くてよく見えないな)


 牢屋に沿って一本の通路が左右に伸びているようだ。

 遠くから頼りない明かりが届いているが、視界はあまり良くない。


 一応、翔太の他にも人はいるようで、右の方から二人の男の声が聞こえてくる。

 壁が死角になって姿は見えないが、距離としては数メートルといったところか。

 一人は激高し、もう一人は淡々と話している。


「ここから出しやがれ!」

「……使用できる武器を言え」

「出せっつってんだろ!」

「使用できる武器を言え」

「知るか! クソやろう!」


 突然、グシャッ! と音がした後、隣から一切の音が途絶えた。


 何がおこったのか。

 不吉な予感しかしない。

 ふと視線を下げると、通路の溝を流れる赤い液体が目に映る。

 

(え、あれって血だよね?)


 血の匂いに吐きそうになり、とっさに顔を上げた翔太は、さらなる驚きで声を失った。

 いつのまにか、すぐ目の前、鉄格子の向こう側に一人の男が立っていたのだ。


「使用できる武器を言え」


 軍人のような格好をした男が翔太に向かって言う。


(使用できる武器? ぼ、僕はただの一般市民なんだけど……しかもいじめられて部屋に閉じこもったニート……)


「使用できる武器を言え」

「……うぅ」


(どうしよう、ここで何も使えないと言ったら、多分……グシャッとなってあの世往きだよね……はわ、はわわ〜、嫌だ、こんな訳のわからない所で死にたくない……でも武器なんて使えないし……そ、そうだ)


「剣を……」


(使ったことがある……一応……ゲームの中で)


「ほう、流派は?」


(りゅ、流派? そんな突っ込んで聞かないでほしい)


「……は、覇天滅殺流」

「聞かん名だな」


(僕がゲームの中で作った流派ですから……)


 顔面から流れ出る汗が止まらない。


「……」

「まあいい。剣が使えるなら戦力として期待できよう。出ろ」


 突然、鉄格子が消えたのでよろりと前に踏み出す。

 それが明けることのない戦場への一歩だと、この時の翔太は知る由もなかった。



 ■



 どうしてこうなってしまったのか。

 軽く過去を思い返す。

 いまでもトラウマなので詳細は省くけど、僕はいじめが原因で高校を中退し、ニートになった。

 そして典型的な駄目ニートらしく引きこもりを始め、現実から逃れるようにゲームにハマり込んだ。

 巷ではVRMMOと呼ばれるジャンルのゲームが大流行している。

 この時代、サイバーマウントを装着すれば誰でも家にいながら仮想空間を闊歩できた。

 ファンタジーRPGから、SF、西部劇、なんでもありだ。

 僕はそれらを片っ端から試した後、サムライ・オンラインというゲームに入り浸るようになった。

 そのゲームは剣などを使ったリアルな接近戦闘が売りで、強くなると自分の流派を作って道場を開いたりできる。

 ただ、あまりにリアルというか、面倒くさい方向にリアルなため人気は全然ない。

 強くなるには現実世界と同じように筋トレをしたり剣を振ったりする必要があるのだけど、筋力パラメーターの成長速度が現実世界と全く同じに設定されており、少しやったくらいでは疲れるだけでほとんど強くなれない。

 派手な魔法など存在せず、できることも現実と変わらず、ひたすらストイックに地味なのだ。

 だけど、僕はそのリアルさに惹かれた。

 もしこの世界で強くなれたなら、現実世界の弱い自分も少しは頑張れるのではと思ったのだ。

 ゲームにログインすると、僕は一人、いつもの修行場所へ向かう。

 戦い方を知らない初心者はどこかの道場に弟子入りするのが上達への近道なのだけど、人と交わるのが苦手な僕は、誰も来ない山奥で孤独に修行していた。

 剣を振る。無心に振る。

 腕が上がらなくなると少し休憩し、足腰を鍛えるため山の中を駆ける。

 それだけを繰り返した。

 自分が強くなっているのか良くわからない。

 剣の型も何も知らないので無駄なことをやっているのかもしれない。

 ただ、何千回、何万回と剣を振っていると、時々、目の覚めるような一振りが出ることがある。

 その一振りをいつでも出せるようにするのが、ひとまずの目標だった。


 ゲームの中で目標ができると僕の生活も少し変化した。

 サムライ・オンラインは現実の体力がステータスに影響する。

 すなわちリアルで筋力がある人間はゲーム世界でも有利になるのだ。

 僕はゲーム世界のキャラクターのパラメータを上げるために、現実世界でも筋トレを始めた。

 暗い部屋の中で、腕立て、腹筋、スクワットをひたすら行う。


「お兄い、何してるの?」


 いつものように筋トレに励んでいると、妹が部屋に顔をのぞかせた。

 妹は僕と二つ違いの十六歳、高校一年生だ。

 僕が中退してニートになったことはご近所にも知れ渡っているので、彼女はさぞかし肩身の狭い思いをしているに違いない。


「……ごめんね」

「え? 何で謝るの?」

「いや……」


 まともに妹と目を合わすこともできない。

 情けない兄だと思う。


「何してたの?」

「筋トレ」

「ふーん……」

「……うるさかった?」

「ううん。でもギシギシ音が聞こえるから気になって。エッチなことでもしてるのかなあって」


 ーーしてないよ!


 思わず突っ込みを入れそうになって顔を上げると、妹がいたずらっぽく笑っていた。

 彼女なりの気遣いなのだろう。

 僕がひきこもりになってからも妹はちょくちょく顔をのぞかせコミュニケーションを取ろうとした。

 冗談を交えつつ学校やバイト先であったエピソードを披露してくれる。

 そんな話をきく度に、僕は自分が失ったものを実感して心を掻き乱されるのだけど、表面上は笑顔で話を聞いた。

 暗い思いは決して表に出さないようにした。

 それをやれば、兄としての最後の尊厳を失い、二度と彼女と話せなくなってしまう気がしたのだ。


「にひひ、じゃあ、ほどほどにね」


 妹がいなくなると部屋に静寂が戻る。

 とたんに寂しさと情けなさと自己嫌悪の混じった自分でもよくわからない感情が胸に沸き、僕は急いで、ゲームのサイバーマウントを手に取った。


 剣を振ろう。

 剣を振っていれば辛いことを考えずに済む。



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