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「通報したのは、塚本家にヘルパーに来ている女性でした。警察が駆け付けた時には、あの家は、完全に密室の状態。部屋には豪華なおせち料理が散乱し、四人は、鋭利な刃物で喉を切られていて、室内は血の海でした。まるで横溝正史の推理小説を地でいくような異様な状況だったのです」
須藤はうなずいた。
「しかも、あの屋敷には、殺された四人の他に、もう一つ死体がありました。庭に建てられた土蔵の二階で、賢一氏の母親の、晶子さんが亡くなっていたのです。ヘルパーの女性は、晶子さんの様子を見に来て、家族が殺されているのを発見しました。警固の塚本邸は、もともとは、あなたのおうちでしたよね。中の様子を覚えておられますか」
「借金のかたに、家を明け渡さなければいけなくなったのは、私が小学校に上がった年でした。でも庭に土蔵があったのは覚えています」
「その土蔵の二階は、階段に柵がしてあって、勝手に降りることはできないようになっていました。そして、解剖の結果、晶子さんの死因は餓死であると判明しました」
「餓死……ですか」
須藤は、眉をひそめた。
井上というヘルパーの女性の話によれば、年末年始は、暮れの三十日から三日まで、介護サービスがキャンセルになっていた。それで、心配になって、様子を見にいったのだという。「何が心配だったのか」と坂井が問うと、井上は少し口ごもってから、塚本家の内情を話し始めた。
「あのおばあさんは認知症でね。もう家族の顔も分からなくて、出歩くと危ないということで、土蔵の階段には柵がしてありました。あたしは一日おきにサービスに行ってたんですけど、食事を作って置いておくと汚れた食器やたべかすが、次に行った時に散らかっていて、いくら年寄りで食が細いからって、ヘルパーが来ない日は、食事を与えてないみたいだったんです。おしめを当てていたんですけど、それを交換してある様子もなくて、自分で汚れたおしめをはずしてしまって、夏なんか蒸し風呂みたいだし、すごい悪臭だし、土蔵の中から呼んでも母屋には聞こえません。どうやら、家族は誰もあのおばあさんの世話をしてないようだったんです」
井上は、そんな状態で、五日間も介護サービスがキャンセルされていることに、不審と不安を感じて、様子を見に行って、事件に遭遇した。
「玄関は閉まっていて、庭に回ると、座敷の障子が破れて、血だらけの手が飛び出していて」
井上は、そう言うと体を震わせた。
「刑事さんに、ご家族が亡くなったと聞かされた時も、不謹慎でしょうけど、気の毒というのと同時に、やっぱりという思いがありました。私、ずっとずいぶんお金持ちみたいだから、お母さんの世話をしたくないのなら、ちゃんとした施設に預けたらいいのにと思っていたんです。そのお金も惜しかったんでしょうかね。でもあれでは虐待ですよ。まともな家庭ではありえません。ですから、どんなに裕福でも、あのお家には、普通にはない、何ともいえない陰惨な雰囲気があったんです」
井上の証言で、老女が餓死したいきさつはわかったが、密室で4人が殺された事件については、解決の糸口さえ見つからなかった。
「私は、警察を退職する直前に、塚本邸の近くに住む住民から奇妙な話を聞きました。それは、あの屋敷に、あなたのお父さんの幽霊が出るという噂です。前の持ち主は、あの屋敷の蔵の中で首を吊ったという人もいました。その人たちは、言外に、塚本家の家族を殺したのは、その幽霊の仕業なのではないかと思っているようでした」