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「大分冷えてきたな」
送られてきた絵葉書の仕分けをするために、今夜は店に残っていた須藤は、そう言いながら立ち上がって、ファンヒーターのスイッチを入れた。時計は九時を回っている。
その時玄関のドアが開いて、和服姿の女性が入ってきた。女性はたたきのところで、履物をぬいだほうがよいのかと迷っていようだ。
「どうぞ、構いませんからそのままおあがりください」
須藤が声をかけると、女性は会釈をして部屋に入ってきた。そして須藤が勧めた椅子に腰を下ろしながら、軽く着物の裾を直した。
「ここは、ずいぶん昔に病院だったのは覚えていますけど、中に入ったのは初めてです。地下室もあるんですね」
「ええ、地下室は、戦時中は防空壕に使われていたのかもしれません。うちっ放しのコンクリートではあまり殺風景なので、ペンキを塗って、にぎやかしに陶磁器なんぞを並べています」
女性はめずらしそうに、古い絵葉書で埋まっている部屋の中を見回した。美弥子がお茶を淹れようと腰を浮かしたが、いち早く須藤が、ポットの湯を急須に注ぎ始めた。
「ところで、どんなご用件でしょう」
「失礼しました。私は、この先の三味線屋さんの二階で、踊りを教えている松永佳つ江と申します」
綺麗に結い上げた髷には、幾筋か白いものが混じっているが、渋い色合いの紬の着こなしにも、さりげない所作にも若い頃はさぞかしと思わせる、垢ぬけた色香が漂っている。
「お店の表に、女性の写真が飾ってありますよね」
通りに面した出窓に、珍しい絵葉書の拡大コピーが何枚か飾ってある。その中に、明治時代の美人絵葉書があった。
「白黒の写真に、ところどころとても美しい色がついていて。あんな写真は初めて見ました」
「あれは、まだカラー印刷がなかった時代に、職人さんが、モノクロの絵葉書に一枚づつ手作業で色をつけたもので手彩色絵葉書と呼ばれています」
須藤は説明しながら、手元にあったファイルから、手彩色の風景の絵葉書や、ウィンドウに飾っている美人絵葉書を抜いて、佳つ江の前に並べた。
「まあ」
佳つ江は嘆声を上げ、一枚づつ手に取ってしげしげと眺めた。
「私この道を通るたびに、つい立ち止まってあの絵葉書を眺めていたんですよ。そしたら」