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贖罪

 王都門前の通り。

 血みどろのその場所で、負債勇者と宰相が対峙していた。


「国の重鎮がこんな所で騎士を率いているとはな。暇な身分でもないはずだろう?」


 負債勇者・佐久間は冷ややかな嘲笑を乗せて言う。

 リラックスした調子にも見えるが、その双眸は片時も油断していなかった。

 場合によっては即座に死体を増やすつもりなのだろう。

 向けられる視線を一身に受け、宰相グレゴリアスは慎重に返答する。


「……此の度はサクマ殿とお話するために参りました」


「俺はお前に用はないが」


「時間は取りません。少しだけでいいのです」


 丁寧な動作で頭を下げるグレゴリアス。

 他意を感じさせない、誠実で真剣な態度だった。

 その対応に何かを想ったのか、佐久間は脱力して溜め息を吐く。


「話が長引くようならすぐに立ち去る。俺も忙しいんだ」


「ありがとうございます。感謝します」


 グレゴリアスは再び感謝した後、ふと佐久間の背後を見た。

 指示待ちのマリーシェが微動だにせずに立っている。

 その視線に気付いたらしく、佐久間が振り返って声をかけた。


「お前は話が終わるまでそのまま待機しておけ」


「承知しました」


 一言だけ発したマリーシェは、それっきり動かなくなる。

 瞬きや呼吸すら止めているように見えるのは気のせいだろうか。

 それには触れず、佐久間はグレゴリアスに向き直る。


「で、何の話だ」


「実は国王から貴方を説得するように言われたのですが、それが無理だということは分かっております。それとは別にいくつかお聞きしたいことがあるのです」


 佐久間はすぅっと目を細める。

 相手の嘘を許さない殺意の眼差し。


「それは、命令されたから聞きたいのか?」


「違います。私個人の意思で貴方に尋ねたいのです」


 数秒の沈黙。

 両者の視線が交錯し、互いの真意を探る。

 先に口を開いたのは佐久間だった。


「それなら構わない。何が知りたいんだ」


 ほっと息を吐いて安堵したグレゴリアス。

 彼は額から落ちる汗を拭い、控えめに切り出す。


「まず貴方の力についてです。ご存知の通り、私は【鑑定眼】で他者のスキル等を確認できますが、現在の貴方がどのような状態か見当も付きません。召喚当初に有していたスキルもほとんど無くなっています。あの三日間で何があったのでしょうか」


 グレゴリアスの抱える最も大きな疑問がそれだった。

 彼は宰相の身でありながら、宮廷魔術師も務めている。

 故に様々な秘術や呪法にも通ずるのだが、佐久間のような症例など聞いたことがなかったのだ。

 強力なスキル群のほとんどを失い、多額の負債だけが上乗せされている。

 そこだけ切り出すとデメリットしかないように思えるものの、実際の佐久間は怪物の如き能力を有していた。

 この世界に来たばかりの人間が、如何なる方法に辿り着いたのか。


 それに対する佐久間の答えはそっけないものだった。


「別に。沼ですべてを捨てただけだ」


「沼、ですか……もしかして」


 グレゴリアスが神妙な顔になる。

 何か思い至ることでもあったのか。


「アレを知っているのか?」


「知っているというほどではありません。ただ、ふとお伽噺にたびたび登場する沼を思い出したのです。主に死や絶望の暗示として出てくるのですが、それがサクマ殿のおっしゃる沼と関係するのかは不明です。何しろお伽噺ですから、実在するかも怪しいもので……」


 グレゴリアスの話を聞き、佐久間はある種の確信を抱いた。

 自分は沼に引き寄せられたのだ、と。

 あれには何らかの明確な意志があった。

 どういった目的かは分からないが、佐久間に負債勇者として生存する道を提示したのである。


「沼に捨てたというのは、どういうことなのでしょうか……」 


「そこまで答える義理はない。知りたければ、同じ状況になってみればいい。この質問はもう終わりだ」


 グレゴリアスの疑問を強引に一蹴し、佐久間は両手を広げてみせる。

 彼とて自分の身に起こった現象を完璧に把握しているわけではない上、丁寧に説明するのも癪だった。

 そうやって軽々しく話せるような経験でもないのだから。

 あまり無遠慮に踏み込まれると、拒絶したくなってしまう。

 佐久間の心情を察したグレゴリアスは、慌てて次の質問に移った。


「ゆ、勇者ツバサはどこにおられるのでしょうか。謁見の間を去ってから姿を見かけないのですが……」


「――翼は自分を沼に捨てた。以上だ」


 これ以上の追及は許さない、と言外にそう語っていた。

 さすがに命を危険を感じたのか、グレゴリアスは一歩だけ後ろにたじろぐ。

 いくら彼が優秀な魔術師だろうとも、目の前の怪物には敵わない。


 ぴりぴりとした空気が続くが、佐久間は結局何もしなかった。

 瞳の奥に僅かな感情の揺れが走っただけだ。

 ひとまず争いが避けられたことに胸を撫で下ろし、グレゴリアスは言う。


「答え辛い質問ばかり申し訳ありません。次が最後の質問です。よろしいでしょうか」


「早くしろ」


 グレゴリアスは一旦頭を下げ、緊張の面持ちで息を呑んだ。

 それだけ重大な疑問なのかもしれない。

 彼はゆっくりと、一語一句を噛み締めるように尋ねる。


「負債勇者となった貴方は、これから何をするつもりなのでしょう」


「その質問に対する答えは簡単だ」


 佐久間は気だるげに呟くと、いきなり壮絶な笑みを浮かべた。

 人間の醜さと不条理、そして破壊と殺戮の愉悦を知った顔。

 足元の肉塊を踏み潰しながら、彼は宣告する。


「近々、この国の王を殺す。敵対する騎士も血祭りに上げてやる。生首を通りに並べてやるのもいい。この国は、自分たちの勝手な都合で俺たちを壊した。だから今度は、俺が勝手な都合でこの国を壊す。因果応報というわけだな。ハハッ」


 薄氷一枚で隠されていた狂気が露わになった。

 瞳孔が過度に散大し、じわりと血の涙が流れ出す。

 地団駄に耐え切れなくなった石畳が割れ、蜘蛛の巣状に亀裂が走った。

 そのまま暴れるのかと思われた刹那、佐久間は急に落ち着きを取り戻す。

 肩の力を抜き、昏い目でグレゴリアスを見た。


「あと、負債を完済するつもりだ。そのためにさっきギルドで依頼を受けてきたよ。お金を稼ぐのは大変だね」


「…………」


 グレゴリアスは、何も言えなかった。

 自分にも責任の一端があると理解していたからだ。

 下手な慰めを口にしたところで、火に油を注ぐことになる。

 止めるように説得するのも絶対に不可能だろう。


(これが我々の犯した罪であり災厄なのか……)


 自ずと悟ってしまったのも仕方のない話である。

 グレゴリアスもこのような状況を望んでいなかった。

 純粋な善意で召喚魔術の解析を進めたのだ。

 しかし、結果は悲惨極まりない。

 誰一人として救われない悪夢の始まりであった。


 グレゴリアスは俯き、そっと踵を返す。

 まるで自分の罪から逃れるように。

 佐久間も引き止めるような真似はしなかった。

 去り際、グレゴリアスは小さな声で言う。


「――国王は最高クラスの防御系スキルを保持しております。いくら貴方と言えど傷付けることはできないでしょう」


「そうか。貴重な助言をありがとう。お前はこの世界の数少ない良心だ。そのまま腐らずにいてくれることを祈るよ」


 グレゴリアスは一瞬だけ歩みを止めたが、すぐに建物の陰へと消えていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >責任の一端があると 神が認めなかった罪は罪になるんでしょうかね、矛盾に溢れてますが
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