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負債の果てに

最終話です。

 ――五年後。


 佐久間は黒い部屋にいた。

 簡素な椅子に座り、書類の束に目を通している。


 執筆者の欄にはユアリアの名が記されていた。


 佐久間の傍らには、円柱状の巨大なガラスケースが鎮座していた。

 高い天井と接するような状態になっており、内部は薄緑色の液体で満たされている。


 液体の中に、人間が浮かんでいる。

 翼だ。


 かつて佐久間と共に異世界へ降り立った幼馴染は今、ガラスケースの中で眠っていた。


「……身体は取り返した。あとは魂だけだ」


 翼を一瞥した佐久間は、静かな口調でつぶやく。


 その時、部屋の扉が開いて、一人の女性が入室した。


 暗紅色の長髪にメイド服。

 ホムンクルスのマリーシェである。


 マリーシェは、音もなく佐久間のそばに歩み寄った。


「報告します。ニミレム共和国、ナリィ皇国、ベガリア自治領が旦那様を魔王と認定し、この国に宣戦布告をしました。対抗戦力として、古代の勇者召喚の魔術にも着手しているそうです」


「さっき連絡が来たよ。いやぁ、俺が魔王とは。一応、勇者なんだけどな」


 ひらひらと書類を振った佐久間は、冷ややかに嘲笑した。

 その目は、水底にも勝る仄暗さを秘めている。


 王となった佐久間は、周辺諸国の侵略と吸収を繰り返した。

 国のトップを潰し、中枢機関が従うまで暴力の限りを尽くしたのである。


 それでも従わない国もあったが、そういった場合は民衆に対してプロパガンダを行い、市井の支持を確保してから強硬手段を取った。


 一見すると残虐極まりない行為であるものの、支配下にある民衆からは好感を持たれている。

 以前よりも税が軽くなり、無理な徴兵をされることもなく、横暴を振るっていた貴族は容赦なく処刑されたからだ。


 佐久間は、腐敗した貴族を決して許さなかった。

 証拠を掴んだ時点で駆け付け、有無を言わさず殺した。


 あまりにも独断的なやり方だったが、それに異を唱えられる者はいない。

 むしろ民衆からは暮らしやすい国として崇められているものだから、皮肉な話である。


 無論、こういった無茶がまかり通ったのは、宰相グレゴリアスを始め佐久間を支える人間がいたからこそではあるのだが。


 そして現在。

 負債勇者の王国の躍進を危惧した各国が、彼を打倒せんと動き出していた。


 マリーシェは相変わらずの鉄仮面で尋ねる。


「二国と一領は東の国境付近の砦に集結しつつあるようです。王国騎士団を動かしますか」


「いや、カシフに任せよう。あいつの遊撃隊の方が足が速い。ユアリアに暗殺リストを作らせて、カシフに送るように伝えろ。まずは指揮系統を潰す」


「承知しました」


 そのまま退室しようとしてマリーシェを、佐久間は呼び止める。

 振り向いた彼女に、一つ問いかけた。


「世界には、どれくらいの価値があると思う?」


 マリーシェは即答した。


「分かりません」


 軽く笑った佐久間は朗々と語る。


「この前、とある沼と再会してね。そこであのガラスケースの中身も取り返してきたんだ。今の所持金では、魂までは取り返せなかったけどね」


 そこで一旦言葉を切り、佐久間はガラスケースを見た。

 目を瞑った翼は、穏やかな表情をしている。


「ただ、質に入れられたものの中で、面白いものを見つけたんだ。たぶん、俺が沼を使うずっと前に捨てられたんだろう……さて、世界の価値の話に戻ろうか」


 佐久間は開いた手のひらを上に向け、ゆっくりとマリーシェの前に差し出す。

 そこに載っているのは、数枚の粗末な硬貨であった。


「これが答え。所詮、この程度の価値らしい。せっかくだから貰ってきたよ」


 硬貨を握り締めた佐久間は、口笛を吹きながら部屋を去る。

 空虚な足音だけが延々と響いていた。







 世界を手にした者を神と定義するならば。


 異世界に堕ちて負債の地獄に苦しんだ勇者は、感慨浅くもその座に就いた。


 彼が何を望み、何を為していくのか。


 それは誰も知らない。

これにて本作は完結です。

終盤は駆け足気味でしたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。


また近いうちに新作を投稿できたらと考えておりますので、その際はよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんなくそったれなシステムの世界にまともな値の付くわけが無かった 結局召喚で得した存在なんてものはなく、仮想通貨が零何個ぶんかマイナスになっただけ 落ち込んで暗い破壊衝動を呼び起こしたい人…
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