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負債勇者。 ~最強のスキルを質に入れた俺が最凶の化け物になるまで~  作者: 結城 からく


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32/39

飛躍

「商会を乗っ取る……なかなか良いアイデアだと思うけど、そんなことできるの? これだけ大きな組織を運営するのは結構な手間のはずよ? 不満を持った人間から反発があるでしょうし」


 佐久間の意見に感心しつつも、ユアリアは冷静に意見する。


 クレイン商会を乗っ取る。

 口では簡単に言えても、実際はとてつもなく困難な行為だ。


 得意気な表情の佐久間は平然と説明を始める。


「別にそれほど複雑な話じゃない。要は俺がこいつらの上前を撥ねるだけだ。組織の体制には一切手を加えず、これまで通りに金を稼がせる。こいつらが贅沢するための分を少し貰うだけだから、商会に実質的な影響はないだろう」


「それ、本気で言ってるの……?」


「商会が従わないのなら従うまで殺す。最悪、組織を潰してしまってもいい。それでも当初の目的は達成できるからな」


 傲慢かつ滅茶苦茶な言い分ではあるが、今の佐久間にはそれを実行できるだけの力があった。


「膨大な負債を返すには相応の稼ぎが必要だ。奪ってばかりではなく、安定した収入システムを作っておいて損はない。今回はその第一歩というわけだ」


 佐久間は積み上げられた幹部に近付いて笑った。

 濁り切った目が無力な彼らを見下ろす。


「協力してくれるかな? お前たちとは違って貧しく哀れな負債勇者に恵んでほしいんだ」


 底冷えするような恐ろしい声音。

 猿轡を噛まされた幹部たちは、顔面蒼白で一様に頷いた。


 嘆願や交渉とすら呼べないただの脅迫だが、断ればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 死にたくなければ同意するしかあるまい。

 幹部の反応に満足した佐久間は部屋のソファに座り、ユアリアと今後の予定について話そうとする。


 その時、部屋の出入り口にひょっこりと一人の男が現れた。


 革のベストを羽織った細身の身体。

 背中には矢筒を吊っている。

 整った顔立ちは軽薄そうな笑みを浮かべていた。


 佐久間は露骨に顔を顰める。

 見覚えのある顔だ。

 それどころか先ほどまで殺し合った仲である。


「いやぁ、随分とあっけない決着じゃないか。もうちょっと長引くかと思ったんだがね」


 その人物――弓の男はへらへらとした態度で室内に入ると、佐久間の向かいのソファにどっかりと腰を下ろした。


「何の用だ」


 冷淡に問いながら、佐久間は両者の間にあるテーブルの脚を掴む。

 返答次第では容赦なく殺しにかかるつもりだろう。


 弓の男は両手を挙げて口を尖らせる。


「おいおい、落ち着きなって。別に再戦を挑みに来たわけじゃない。むしろその逆さ」


「逆?」


 佐久間がオウム返しに問い返すと、弓の男は自信満々に首肯する。


「あぁ、そうさ。雇い主が脅しに屈した挙句、俺自身も契約違反なのに逃げちまった。こんな調子じゃマズいだろう? 要するに俺を雇ってみないかって話だ」


 これにはさすがの佐久間も呆れ果てた。


 親しげに話しかけてくるどころか、雇ってほしいなどと頼んでくるとは。

 目の前の男は相当に図太い神経の持ち主らしい。


 ただ、無碍にできない話でもある。


 弓の男の実力は佐久間がよく知っていた。

 卓越した戦闘技術はそうそうお目にかかれるものではない。


 少なくとも今まで殺してきた犯罪者や騎士とは比べ物にならないレベルだ。

 もし仲間に引き入れることができれば、かなりのアドバンテージとなり得る。


 そこまで考えたところで、佐久間は淡々と言った。


「お前を信頼するに足る要素がない。単に俺に復讐したいだけという可能性だってある。裏切りはごめんだ」


 弓の男は飄々とした態度で言葉を返す。


「アンタを攻撃したのは、俺がここの用心棒だったからさ。契約に則って動いたまでだから、契約が切れればもう敵じゃない。利益の無い復讐やら裏切りなんざ、こっちから願い下げだよ」


 懐から革袋を取り出した弓の男は、その中身を机の上にぶちまけた。

 甲高い音を連続で立てて金貨が転がり出てくる。


 弓の男は人差し指を左右に振りながら、大層得意気に話を続けた。


「大事なのはな、金なんだ。この世界は金さえあれば何でもできる。金で信頼を築くことだって可能だ……あっ、死にそうだったら逃げるかもしれないが、そこは勘弁してほしいね」


 弓の男は頭を掻いて苦笑した。


 金さえ払えば従う。

 弓の男は言外にそう主張しているのだ。


「アタシは名案だと思うわよ? なかなか使えそうな男じゃないの」


 やり取りを傍観していたユアリアが面白そうに発言する。


 それを聞いた弓の男は上機嫌そうに顔を向けた。


「おー、侵入者のお姉さんも良いこと言うね! そっちのメイド服のお嬢さんはどうかな?」


 弓の男はさらにマリーシェに意見を求める。

 このまま話のペースを掴んで強引に雇われようという魂胆らしい。


 部屋の入口で棒立ちするマリーシェは、表情を一切変えずに答えた。


「私はよく分かりません。旦那様にお任せします」


「ふーん……まあ、いいさ。それでアンタはどうするんだ?」


 早々とマリーシェに興味を失った弓の男は、前のめりになって佐久間に尋ねる。


「…………」


 向けられる視線を堂々と受けながら、佐久間はじっと考え込む。


 弓の男を雇い入れることによるメリットとデメリット。

 本当に金で信頼を築くことはできるのか。


 口ではいくらでも綺麗事を言える。

 後々の裏切りの考えれば、ここで殺してしまう方が良いのではないか。


 佐久間はあらゆる可能性や現在の事情を加味して悩む。

 正面に座る弓の男は、ひたすら黙って答えを待ち続けた。


 室内に訪れる固い沈黙。

 数分後、顔を上げた佐久間は静かに言う。


「――分かった。お前を、雇うことにしよう」


 ぎこちなく差し出された血塗れの手。

 弓の男はしっかりと握り返す。


「俺の名はカシフ・ラニービート。アンタとは楽しい仕事ができそうだ。よろしく頼むよ」




 ◆




 三日後、クレイン商会と冒険者ギルドの間で協力関係が約束された。


 これまでは原則的に不干渉を貫いていた両組織だが、突如として商会の方から話が持ちかけられたのである。

 ギルドの特殊執行職員であり、新たに商会の”特別顧問”となった佐久間が原因だ。

 彼が双方に連絡を取って話し合いの場を設けたのであった。


 協力関係と言っても大層なものではない。


 互いの活動に関して、ほんの少しだけ”融通”を利かせるだけだ。

 表面上はさして変化しない。

 もっとも、暗い世界に生きる一部の人間にとっては迷惑極まりない協力関係かもしれないが。


 油断ならないギルド長と深く結託することができた。

 王都一の犯罪組織も乗っ取ることができた。


 単純な暴力だけではなく、揺るぎなき地位も獲得したのだ。

 何の後ろ盾もなく、ただただ蔑まれ罵られた召喚当初とは違う。


 負債勇者は、着々と影響力を高めていくのであった。

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