最後というわけでもない晩餐
その日の夜、死体だらけの洋館で佐久間たちは食事を始めた。
マリーシェの手によって清掃されたダイニングルーム。
料理の数々を前に、三人はそれぞれ席に座っている。
佐久間は無言で肉を咀嚼し、乾いたパンを口に放り込み、野菜のスープを飲み干した。
どこまでも事務的な動作。
事実、彼は食事を楽しんでいる訳ではない。
今宵の殺戮に備えて栄養補給を行っているだけだ。
人間であることを捨てた佐久間は、常軌を逸した能力を手にした。
魔物を凌駕する凄まじい怪力。
致命傷となるようなダメージを受けても瞬く間に再生する肉体。
残虐な行為を実行できる異常精神。
この通り規格外とも言える負債勇者だが、決して無敵の存在ではない。
回復の隙もなく損傷し続ければ、いつかは再生力が追いつかなくなるかもしれない。
空腹を覚えるので、餓死する可能性だってある。
首を刎ね飛ばされたり全身をミンチにされた場合、果たしてその状態で生存できるのか。
佐久間としては率先して試すつもりはないものの不安は残る。
故に油断や慢心はしない。
事前に万全な準備を済ませて事に挑むつもりだった。
黙々とエネルギーを蓄える佐久間の向かい側では、ユアリアがマリーシェの奇行に悪戦苦闘している。
食事が始まって既に五分ほど経過しているはずだが二人の前の料理はほとんど減っていない。
ユアリアがぎこちない苦笑を見せながらマリーシェを諭した。
「えーっと、マリーシェちゃん? 何度も言うけど肉は丸呑みしちゃダメよ? ちゃんと噛まないと」
「どれだけ噛めばいいのでしょうか。回数を指定されなければ分かりません。それに旦那様は何も言っていません。命令権限は旦那様にあります」
マリーシェは口の周りをソースでべたべたにして応じる。
そして逆手で持ったフォークで一切れの肉を刺すと、押し込むようにして口に入れた。
噛むことなく嚥下された肉が彼女の喉を膨らませながら体内へ下りていく。
まるで蛇の捕食のようだ。
その間、マリーシェはやはり涼しい顔のままであった。
隣に座るユアリアが頭を抱えそうになっている。
先ほどからずっとこの調子だ。
ことあるごとにマリーシェの壊滅的な食事姿が露呈し、ユアリアがやんわりと注意している。
ただし、改善の余地は欠片も見られない。
肉やパンなどの固形物は噛まずに丸呑みし、スープ等の液体は上手く飲めずに零しまくっていた。
おかげでマリーシェのメイド服とテーブル周りは夕食で汚れ切っている。
ホムンクルスであるマリーシェは、今まで普通の食事したことがなかった。
佐久間に同行するまでは魔力回復薬等のの摂取でエネルギーの補給を済ませ、彼に付いてくるようになってからも主に液体しか飲んでいない。
彼女自身が何かを食べたいと言わなかったので、佐久間も特に気にしていなかったのである。
そんな事情も知らず、ユアリアはめげずに教育を施そうとしていた。
無視して食事をするという手もあるのに、彼女は決してそれをしない。
さすがに見過ごせないと考えたのか。
それとも何か想うことでもあったのか。
ユアリアの内心は不明だが、マリーシェの世話に手を焼いているのは事実だった。
「うーん、何か手伝ってくれると嬉しいんだけどなぁー。旦那様って君のことでしょ?」
大きめのパンを丸ごと嚥下し始めたマリーシェに水を飲ませつつ、ユアリアは佐久間に視線を向ける。
眼前のやり取りをよそに、佐久間は淡々と食事を進めていた。
もう自分の分を食べ終わりそうだ。
マリーシェの奇行には慣れているので、彼はこれといったリアクションを示さない。
いや、嘲りの混ざった目がユアリアを見返している。
妙な企みを目論んだ彼女に対する、ちょっとした意趣返しなのだろう。
「別に、本人が大丈夫なんだから放っておけばいいじゃないか」
「これはそういう問題じゃないでしょ……って、マリーシェちゃん! お皿は食べ物じゃないから――」
奇妙な縁で集う三人の夕食は、夜更け直後まで続くのであった。