マリ―シェの遺体
瓦礫の積もった廃塔跡。
翼竜の死骸に腰かけた佐久間は、呑気に生肉を貪っていた。
言わずもがな、翼竜の肉だ。
骨に密着した筋の部分を歯で引き剥がし、口元を血で汚しながら噛み切る。
時折混ざるコリコリとした食感は軟骨だろうか。
佐久間は無言でひたすら食い続ける。
「血生臭いし、硬くてまずい……」
文句を零しつつも、佐久間の手と口は止まらない。
味はお世辞にも良いとは言えない翼竜肉だが、彼の肉体はそれを激しく欲していた。
深紅の血液を啜るたびに傷の治りは速まり、噛み応えのある肉を嚥下すれば全身の筋肉が歓喜する。
翼竜肉を食らうことで、佐久間の肉体はメキメキと強化されていた。
底なしに高まるすべての身体機能。
成長というより、ある種の進化かもしれない。
常人ならば、翼竜肉を食ったところでこんなことにはならなかった。
多少の肉体強化は起きるだろうが、種としての限界が存在するからである。
しかし、佐久間の場合はその限界を沼に捨てていた。
故にどこまでも強くなれる。
ひとまずの満腹感を得た佐久間は、死骸に座ったまま今後の予定に思考を移した。
まず、冒険者ギルドに依頼の達成を報告しに行かなくてはならない。
依頼を受けたマリーシェは死亡したが、彼女の冒険者カードを持参すればなんとかなるだろう、と佐久間は考えている。
それが駄目だった時は、ギルドを壊滅させて金を強奪するという手もあった。
持ち帰った翼竜の死骸を別のどこかで売ればさらに儲かる。
そこで佐久間はふと瓦礫の山に目を向けた。
「まさか、こんなにあっけなく死ぬとは……」
マリーシェに対する呟きだろうか。
佐久間は何とも言えない表情だった。
悲しいかと問われれば、否と答えるに違いない。
異世界に来てから様々な目に遭い過ぎて、佐久間は死生観が歪んでいた。
他人が死のうが大きく心が動かされなくなったのである。
それに彼自身、既に数多の命を奪ってきた。
今更、涙が流れることもない。
負債勇者は、心身共にどうしようもなく壊れている。
小休憩を終えた佐久間は瓦礫の山を崩し始めた。
割れた石レンガを次々と持ち上げて脇にどかしていく。
マリーシェの冒険者カードを回収するためであった。
彼女が首から吊り下げていたのを覚えていたのだ。
ついでにマリーシェの死体も掘り出して埋葬するつもりだった。
佐久間には怪力があるので、作業はスムーズに進行する。
やがて瓦礫の隙間に埋まるメイド服を発見した。
潰れないよう慎重に動かして引きずり出す。
手足と首の無い胴体は、土と砂埃に塗れていた。
そこで佐久間は違和感を覚える。
「何だ、この身体……」
翼竜の爪で殺されたマリーシェの胴体。
手足と首の断面を覗くと、内部がぽっかりと空洞になっているのだ。
目を凝らせば発光する複雑な紋様がいくつも確認できた。
どうやら肉体の内面に直接刻み込まれているらしい。
明らかに人間の体内とは異なる。
よくよく観察すると胴体は出血しておらず、衣服に赤い汚れは見られなかった。
佐久間は怪訝な顔つきになって胴体を足元に置くと、他のパーツも探しだす。
マリーシェのパーツは、だいたい同じ場所に固まっていたのですぐに集まった。
ばらばら死体というより、組み立て前のマネキンのようだ。
佐久間はすぐに手足の状態を確かめ、空洞状の中身と紋様をチェックする。
そして、残る頭部のパーツを顔の前まで持ち上げた。
「普通の人間だと、思っていたんだがな」
マリーシェの生首は穏やかな表情で目を瞑っている。
断面はやはり空洞だ。
死人の感じがしないのは、内部構造に無機質な印象を受けるせいか。
生首と顔を突き合わせながら、佐久間は溜め息を吐く。
「……まあ、試してみる価値はあるか」
佐久間は意を決して話しかけた。
「おい、起きろ」
数秒の沈黙。
反応は返ってこない。
やはり駄目かと佐久間が諦めかけた時、マリーシェの瞼が薄く開いた。
彼女は視線を左右させた後、形の良い唇を動かす。
「おはようございます、旦那様。ところで申し訳ないのですが、私の身体を直してもらえないでしょうか」