決着
濛々と舞い上がる土煙。
崩れ去った廃塔の跡には、灰色の瓦礫の山が出来上がっていた。
もはや原形など欠片も保たれていない。
がらり、と瓦礫が一角が揺れ動く。
緩慢な動きで這い出てきたのは、傷だらけの翼竜だった。
千切れかけた前肢に、醜く潰れた片目。
落下の衝撃が祟ったのか、損傷が酷くなっている。
出血が不自然に少ないのは、もはや流す血液も残っていないのだろう。
翼竜はふらついた足取りで瓦礫の山を離れる。
心なしか急いているようにも見えた。
そう、逃げていた。
重症を負った翼竜は、命惜しさに逃亡することを選んだのである。
通常ならばあり得ないことだろう。
この世界において竜種を脅かす存在など滅多にいない。
単身で撃退まで追い込んだとすれば、それは列記とした怪物だ。
言ってしまえば、竜種よりも性質が悪い。
いくら下級と言っても、翼竜の力は常軌を逸して強大だ。
勇み足で挑んだところで大損害を被るのが関の山。
得る物より失う物が多すぎて採算が合わず、故に忌避されるのであった。
本来ならよほどツキに見放されない限り、絶対強者でいられる存在。
そんな翼竜が今、誇りを捨てて無様に敗走を決め込んでいた。
一歩ずつ体力を削りながら、それでも懸命に進む。
飛膜がぼろぼろで飛行能力を失ったので地を這うしかなかった。
ともすれば倒れそうになるのを、気力を伴う踏ん張りで阻止する。
後肢にかかった負荷が筋肉断裂という結果をもたらす。
悲痛そうに呻きながら翼竜はそれでも前進した。
――ずっ……ずずっ……がたん。
翼竜の背後で物音がした。
ちょうど、瓦礫が擦れて転がり落ちたような音だ。
びくりと翼竜の肩が震える。
胸中に覚えたのは恐怖か驚愕か。
あるいは両方かもしれない。
翼竜は本当にゆっくりと、背後を振り返った。
乱雑に積み上がった瓦礫の山。
その頂上に、佐久間が立っていた。
少し遅れて瓦礫から脱出したところなのだろう。
彼の右手は赤黒いモノを持ち、それを口に運んでいる。
狼の魔物の臓物だ。
佐久間は瓦礫の中から見つけたそれを、ぶしょりぶしょりと咀嚼しているのである。
空いた左手は、縦二メートル横一メートル半ほどの黒い鉄扉を掴んでいた。
元は廃塔の入口だった代物である。
どうやら佐久間はそれを新たな武器として採用したらしい。
瓦礫の山を降りた佐久間は、真っ赤に染まった口で言う。
「おいおい、どこへ行くんだ。まだ戦いは終わっていないじゃないか」
爛々とした目が怯える翼竜を射抜く。
もはや勝負は決したも同然だが、負債勇者は妥協しない。
彼は高笑いを響かせながら翼竜に躍りかかった。
翼竜が体勢を低くし、長い尻尾を振るう。
苦し紛れにしては鋭い軌道だ。
人間程度なら容易に弾き飛ばせそうな勢いである。
それに対し、佐久間は真っ向から立ち向かった。
思い切り振り被った鉄扉を、ただただ力任せに叩き付ける。
凄まじい衝突音。
翼竜の尻尾の先端があり得ない角度に折れ、裂けた肉が血を噴出した。
「ハハッ! それでもドラゴンかよッ」
臓物を捨てた佐久間は、尻尾を引っ張って振り回す。
翼竜の身体が浮かび、次の瞬間には仰向けで地面に激突した。
一体、どれだけの膂力があれば可能な荒業なのか。
佐久間は無抵抗の翼竜の顔面に跳び乗ると、満面の笑みで鉄扉を掲げる。
瞳の中で渦巻く狂気は、偉大なる竜種の尊厳を全否定していた。
そして、鉄扉が打ち付けられる。
肉が潰れ骨の砕ける音がした。
翼竜の眉間が陥没する。
佐久間は遠慮せずに二撃目を放った。
鉄扉の角が残った片目に潜り込んで眼球を破壊する。
さらに三発目。
翼竜の額が裂けた。
続けて四発目。
翼竜の牙が折れる。
鼻歌混じりに五発目。
翼竜の顎が割れた。
陽気に笑って六発目。
翼竜がガクガクと痙攣し始める。
執拗に繰り返される殴打。
どれも致命的な破壊力を孕み、徹底して翼竜の命を削いだ。
佐久間は嬉々として鉄扉を叩き付けまくる。
心身共に疲弊し切った翼竜に抗う術はなかった。
こうして怪物同士の殺し合いは、負債勇者の一方的な蹂躙でフィナーレを迎える。
非道極まりない攻撃は、鉄扉が翼竜の脳を磨り潰した時点でようやく終了した。




